第120話

 


「快人?そんなに警戒する必要あるの?」


 壁に小さな穴を作り、外を覗く彼にキララが尋ねる。


(見ていれば奴の能力のヒントが分かると思ったけど、皆目見当がつかない。

 奴は僕の能力に気付いている節があった。僕と同じ部類と見るのが妥当か?

 じゃあ、あの黒いのは何だ?クソっ)


「快人?」


「あ、あぁ。ごめん」


 心配気な彼女に、無理矢理笑顔を作る。


「もし何かしてきたらぶっ飛ばしちゃえばいいじゃん!」


 言い切るキララは、彼の強さを疑っていない。

 そんな健気な姿に、快人の笑みが引き攣る。


 快人は気付いているのだ。あの得体の知れない何かが、自分より格上だという事実に。


 黒い男だけではない。魔力量で言ったら、女の方がずば抜けて高い。


 肌を伝う冷や汗と鳥肌は、初めてモンスターに襲われたあの時を思い出させる。





 大学の帰り、彼はいつも通りネカフェで漫画を読んでいると、突如叫び声が聞こえモンスターが雪崩れ込んできた。


 店内を必死に逃げるが、追いつかれ、傷を負わされてしまう。


 目前に迫る鋭い牙。目を見開く自分。逃げたくても動かない身体。


 瞬間、恐怖に付随する、死にたくないという叫びにに呼応したのか、床が盛り上がりモンスターを天井に打ち上げた。


 固まる彼だが、ふ、と気付く。


 店内にいるモンスターの位置が分かるのだ。一匹一匹、鮮明に。


 彼はそれから個室に隠れ、近づいてくるモンスターを察知して圧殺しまくった。


 掃討する頃には、彼を慕う仲間もでき、外から避難民もやってきた。


 皆が彼を頼り、彼に畏怖していた。


 ……順調だったのだ。全てが順調だった。


 友達もできず、毎日を一人で過ごし、気力もなく生きていた自分が、遂に主役になれる時がきたのだ。


 それだというのに、いきなり来た奴らが自分の領域を犯そうとしている。


 邪魔するものは敵、皆敵だ。


 ……いざとなったら……、


「……僕よりは弱い。うん。僕よりは弱い。……行こうキララ」


「うんっ。次は何のゲームする?」


「好きなので良いよ」


 ただただ、彼は自分の城を取られたくないだけだったのだ。


 人を見下し、顎で使うことに快感を覚え、異を唱える者は切り捨てる。


 さながらそれは、自らを王と錯覚した、愚者の様であった。







「まささん、有難うございました」


「「「ごちそうさまでしたっ」」」


大勢の者に頭を下げられる東条は、尻を払って立ち上がる。


「おそまつさん。腹いっぱいになったんなら何よりだ」


「だ」


洗濯機を持ち上げ、ノルマ達成、と出口に向かう。

途中、


「まささん。リーダーからです」


「あぁはい(直接言いに来いってんだよ)」


中年に渡される携帯を受け取ろうとし、……目が合う。


「まささん、お願いします(ボソッ)」


「へ?……(あっべ、忘れてた)言うだけ言ってみます」


そういえば、自分にはまだ仕事が残っていたのを思い出す。

コンビニでの約束をすっかり忘れていた。


ノエルと集団から離れた東条は、携帯を耳に当てる。


「はいはい」


「差し入れは感謝す「もっと飯食わせてやったらどうだ?」


……彼等には貴重な食料を分けてあげているんだ。守る者の少ない君には分から「お前が外行って取って来りゃいいじゃん」


……僕はここを守らなければいけないんだ。部外者が適当言わな「そりゃそうだ」――


通話を切った東条は、何食わぬ顔で引き返す。


適当言うなと言われてしまえば、適当言ってるこっちに反論の余地などない。


神妙な面持ちの中年に携帯を返した。

今度こそさよならだ。


「俺にできることはしました。何事も最後は行動次第です。頑張ってください。

……あともし待遇悪くなったらあいつを恨んで下さい。全部あいつが悪いんで」


「ははっ。少し怖いですが、分かりました。それと改めて、この度は本当に有難うございました」


「喜んでもらえて何よりですよ」


再度頭を下げる彼等に背を向け、出口へと向かう。


「……また、いらしてくれるのでしょうか?」


東条のヒーローとしての側面しか見ていない彼等が抱くには、当然すぎる疑問。


次に期待するな、という方が無理な話である。


背中に投げかけられるそんな質問に、彼は迷わず答える。



「機会があれば」



曖昧な返答を好意的に受け取った彼等は、手を取り合い喜んだ。

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