第118話
「……あのおっさん達無事かな」
「……」
ネットカフェの外、バリケードの内側。
軽食を食み、休憩をする四人の若者達がいた。
彼等の表情は一様にして暗く、充満する空気もどことなく重い。
「強く言い過ぎたかな」
「そんなことねぇよ。あっちも俺らを売ろうとしたんだ。
……どっちが間違ってたとかじゃねぇんだよ。俺もあっちの立場なら同じことをした」
あまり話す間柄ではないといえ、こき使われる者同士今まで生き残ってきた仲だ。
なんだかんだ互いに共感し、心配し合っているのも事実だった。
だからと言って何かできるという訳でもないのだが……。
「……俺達なら、四人でも特区出れんじゃないかな?」
いつも話題に上がる脱出計画。しかし出る答えも、いつもと同じ。
「常に張り詰めて、夜もぐっすり眠れない中、いつ来るかも分からない襲撃に怯えるんだ。お前耐えれんのか?」
「……」
全員が黙り込んでしまう。その沈黙が彼等の意思を代弁している。
「……それに見たろ。リーダーが戦ってたホブってやつ。あんなのに勝てると思う程、俺は自惚れてねぇよ」
一度だけ見た事のある、快人の戦闘。
その時に戦っていた相手は、自分達では到底届かないレベルの敵であった。
そして快人は、そんな敵を圧倒していた。
策も無く出たら確実に死ぬ。非情な現実を、彼等はあの場で実感したのだ。
「たまに出てはレベル上げ、持ってきたもんは全部自分とあの女の物。
そもそも何だよあのクソギャルっ、体で媚び売りやがって、余裕あんならガリガリに痩せたあいつらに分けてやれよっ「おい、……落ち着け」
感情的になる一人を、もう一人が冷静に宥める。
「聞かれたら即追放だぞ。聞かれなくても不味い。その状態であいつの前に出るなよ?」
「……分かってるよ。わりぃ」
――雑談も区切りがつき、鍛錬に戻ろうと立ち上がった。矢先、
「――おいっ、何が来た!」
「え?」
ドアを開け、快人とキララが飛び出してきた。
初めて見る快人の焦燥に、隣にいる彼女も焦っている。
「チッ、速く外を確認しろっ。何かいる」
命令を受けた四人は、慌てて土で造られた高台に上り、恐る恐るバリケードの外を眺める。
「……んだよ、おっさんじゃねぇか。と、誰だあれ?」
β隊の後ろには、見たことのない顔が二つ並んでいた。
「もしもしリーダー、今帰ったので開けて下さい」
『後ろにいるのは誰だ?人間か?』
電話越しに聞こえる声は、明らかに此方を警戒している。
東条は、今しがた高台に現れた男に目を窄めた。
「まぁまぁ」
「ミノさんには負けるかな」
品定めの結果、脅威にはならないと判断。
しかし使えるのが魔法だけとは限らない。
問題がある人間ということも分かっている。
一応警戒はしておこうと決めた。
「あの、まささん、リーダーが変われと」
渡された携帯のスピーカーをオンにする。
『何者だ?何処から来た?何をしに来た?』
(何だこいつ、初対面の相手に敬語も使えないのか?)
パンピーの分際で随分と大仰な態度だ。東条は今の一言で快人を見限った。
「まさ。池袋。施し」
相手に敬意が無いのなら、こちらからくれてやる程自分は人ができていない。
目には目を、歯には歯を、だ。
それで世界が盲目になるなら勝手になってろ。
『施し?何を』
「飯」
『……その黒いの、魔法か?何の能力だ?』
能力?
「……じゃあ此方も聞くが、お前のそれはなんだ?」
『っ……』
携帯の奥から一瞬狼狽えたような感情が伝わってくる。そこで東条は確信を得た。
正直言って、それ、に意味はない。只のブラフだ。
事実自分は魔力以外何も感知出来ていないのだから。
しかし奴は、魔法以外の力を知っているような口ぶりであった。
揺さぶりをかけてみたところ、あっけなくボロを出したというところだ。
返事を待っていると、
『……お前を中に入れることはできない』
「あ?」
「え⁉」
返ってきたのは拒絶の意思。中年が驚きの声を上げる。
『僕が匿っている人達に危害が及ぶかもしれない。承諾しかねる』
「そんなっ、彼等はいい人です!私達も助けられましたっ」
『なぜそれに裏があると疑わないんだ?浅はかな妄信でここにいる全員を危険に晒すかもしれないのに、君にその責任がとれるのか?』
「っ……」
『分かったら悪いが去ってくれ。食料をくれるというのなら有難く受け取らせてもらうが、生憎お返し出来るような物はない』
リーダーの指示も一理あるのだ。申し訳なさそうな、悔しそうな顔で俯く四人。
このまま去っても構わないのだが、……
「あんた土魔法使えんだろ?匿ってる人をネカフェの外に出してから、新しく分断するのはどうだ?
俺はあんたには近寄れないし、苦しんでる人に、自分の手で食べ物を配ってあげたいんだ」
東条は嘘の笑顔を張り付け、思ってもない事をペラペラと語る。
まるで、自分の心が善意の塊であるかの様に。
『……なるほど…………。とんだお人好しだな。
…………分かった。少し待っててくれ』
一方的に切られる通話に、四人がキョトンとする。
中年に携帯を返し、東条はひくつく肩を必死に抑える。が、
「……ぷっ」
沈黙を破ったのは、ノエルが噴き出した音。
「あはははは、滑稽、滑稽」
「ふひひひひっ、笑ってやるなって。そりゃ誰だって自分は大事さ。ひひっ」
「まさも笑ってる」
「これが笑わずにいられるか。俺だってもう少し考える頭あるぜ?」
「ない。すかすか」
「はははっ。ぶっ殺すぞお前」
楽し気にどつき合う二人。突如笑い出した彼等に、四人は茫然とするしかなかった。
二人が声を上げて笑う理由は明白。
東条の提案は、快人が自分自身で言った『匿っている人達の危害』を一切無視した提案に他ならないからだ。
結局のところ、自分の身が危険に晒されるのが嫌なだけというのが、彼の言葉で分かってしまった。
何より数秒前の自分との矛盾に気付いていない彼自身が、滑稽で滑稽で、仕方がないのだ。
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