第117話

 

 ――彼の宣言通り、簡単に目的地についてしまったことに驚きを隠せない四人だが、すぐに気を取り直してバッグに食料を詰め込み始めた。


 中年は思う。黒い顔の彼はああ言っているが、自分達に染みついた恐怖が簡単に薄れるわけではない。


 嗅ぎつけたモンスターが、今にもこの場所に来るかもしれない。


 その前に食料を取っておかなければ。

 それに、ノルマを果たさないと……。


「冬のアイスってうめぇよな」


「分かる」


 我が物顔で冷凍庫を漁る二人が、彼等には少し羨ましく見えた。





 ――「皆さん何も食べないんですか?」


 一旦仕事を終わらせた四人に、カウンターの上に座る東条が尋ねる。


 まだまだ食い物はあるというのに、彼等は何故か手を付けようとしない。


「……はい。その、勝手に食料に手を付けたことがリーダーにバレると……」


「……」


 リーダーという言葉を聞いた数人が、俯きながら顔を顰める。


 東条はそれに気づかないふりをして、洗濯機を漆黒で手元に引き寄せた。


 ミノタウロスとの戦闘で裸のまま振り回された可哀想な電化製品は、外装がべこべこになってる以外は問題なく動く。


「でしたらこれどうぞ」


 蓋を開けると、中には大量の保存食が詰め込まれていた。


「い、いいのですか?」


「これ人に配る用なんで」


 一人一人に三つずつ渡していく。


「こ、こんなに」


「食わなきゃ元気は出ませんからね」


 彼等からすると、一か月ぶりに見たまともな量の食事。今何よりも欲しいものであった。


「……ありがとうございます」


「有難うっ」


「ありがとうございます」


「感謝します」


 降って湧いた天からの贈り物を、彼等は感謝と共に嚥下した。





 ――撮影の許可を得たノエルだが、変化のない黙々とした食事風景に飽きていた。


 そこで、彼女はさっきから聞きたくて仕方が無かった疑問を四人にぶつける。


「リーダー。問題ある人?」


「おいっ」


「ん?」


 東条は心の中で頭を抱えた。


 彼等が何人規模の集団に属しているのかは不明だが、少なからず問題を抱えていることは察しが付く。


 下手につついて関りを持たないよう気を付けていたのに……こいつは。


 どうせネタになりそうだからとか下らない理由だろうに。


「ネタになりそうだから」


 ほれ見た事か。


 ノエルの質問に全員が食事の手を止め、代表して中年が恐る恐る口を開く。


「……実はですね」


「話したくない事も多いでしょうから、無理しなくても」


「私達は三十人ほどで集まり、ネットカフェに籠城しているのです」


「はい分かりました。ですから」


「皆リーダー、快人さんに助けられて今の拠点に入りました。初めはもの静かな人でしたが、段々と周りの者に厳しくなり、今では一人を除いて扱いが酷くなりました」


(何この人めっちゃ喋る)


「魔力、でしたかな。その扱い方を教えてくれた事には感謝していますが、戦えるレベルの人間は漏れなく食料調達を命じられました。……今まで何人もの人が、行ったっきり帰ってきませんでした」


「……」


 東条も諦め姿勢を崩した。


「魔法を扱えない方々は食料を減らされ、皆痩せ細ってます」


「反抗したりしないの?」


「した者もいました。しかし返り討ちにあい、追放されました。……快人さんは厳しいですが、あの人の下にいれば安全は保障されます。


 ……私達が一番怖いのは、この世界に身一つで放り出されることです」


 沈痛な面持ちで俯く四人から、その快人とやらがどれだけ嫌われているのかが分かる。


「……そっすか。まぁ大変なことも多いと思いますけど、頑張ってください」


 ……そう言ったはいいが、此方を見る瞳に、嫌なものを感じ取る。


「……お願いがあるのですが」


「……なんすか」


 気怠げな瞳で見つめ返す。


「お二方ほどお強い方の言う事なら、快人さんも聞いてくれるかもしれません。

 直接、忠言してはくれませんでしょうか。……お願いします」


 頭を下げる中年に従い、三人もそれに倣った。


 頭を上げようとしない彼等に、今度こそ嘆息が漏れる。


「……ノエル」


「ん?あわわわわ」


 ほっぺたを高速でこねくり回し、面倒事に巻き込んだ罰とする。


 彼等のコロニーに食料を届けるのは別に構わない。それが当面の目的でもあるのだから。


 そこで起きている人間関係に首を突っ込むのが嫌なのだ。


 加え今の流れからして、断ると自分達が悪者に見えかねない。

 動画のターゲットを、企業から企業と一般人にした以上、好感度何てクソくらえとは言っていられない。


 ……実際クソくらえでしかないが、視聴回数が上がるごとに喜ぶノエルの顔は、なるべく曇らせたくはない。


「……分かりました。あなた方の拠点には行くつもりでしたので、一応話してはみます。ただ期待はしないでくださいね」


「っありがとうございます」


 光を見たようなその目に、東条は居心地の悪さを覚えた。





 ――「俺ならこのコンビニの食料全部運べますけど、どうします?」


「そ、そんなことが……」


 一考した後、中年は申し訳なさそうな顔になる。


「……もしここの食料が無くなれば、また私達が別の場所に食料を探しに行かされます。酷い言い分ですが……」


 まぁそうだろうな、と納得する。

 これも彼等の処世術の一つであり、自分がとやかく言う筋合いなどない。


「俺がその立場なら同じことしますよ」


「……ありがとうございます」


(慰めたつもりはないんだけど……まいっか)


 彼等に案内されるまま、東条とノエルは問題のネットカフェへと足を進めるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る