第110話

 


 水族館からそう遠くないコンビニ内、二つの寝袋がもぞもぞと動く。


「ふぁ~……おやよ」


「おやよ」


 テントの設営が面倒くさくなった二人は、手近な建物に入って夜を明かしていた。


 頭ボサボサの寝惚け眼で寝袋を片付けるノエルが、アザラシと触れ合い海水臭くなった身体を気にする。


「……シャワー浴びたい」


「……あぁ、確かになぁ」


 一日でも風呂のお預けをくらうと、どうにも身体がむず痒くなってしまうのが日本人の性。


 考えてみれば、今は高級ホテル、高級施設が使い放題なのだ。野宿する必要とか無かったかもしれない。


 東条はスマホを取り出し、近場のスーパー銭湯を検索した。


「お、近くにいいとこあんじゃん」


「お風呂?」


「おう。いろんな種類の風呂がある銭湯」


「お~」


 水浴びとシャワーしか体験したことのないノエルの瞳が輝く。


「んじゃ行くか」


「よしゃ」


 適当に缶詰をパクって食いながら、彼等は呑気な入店音を背にコンビニを出た。





 ――温かい光で照らされた木々が生える美しいフロントは、ホテルと言っても何ら遜色ない。


 昨今のスーパー銭湯は、値段も手ごろでホテル以上にリラックスできる場所も多い。

 風呂好きからすると嬉しい楽しい万々歳。


「早く行こっ」


「あぁ」


 東条は待ち切れないとばかりに走るノエルを、速足で追いながら落ち着けと宥めた。




「……お前風呂にまでカメラ持ってくつもり?」


 服を脱ぐ東条が、呆れ混じりに彼女の手元を見る。


「ダメ?」


「いや、まぁ、ルール的にアウトじゃね?」


「わかた」


 なるべくルールには従っていこうと決めたのだ。人の文化を体感してこそ、旅に意味が生まれるというもの。


 ノエルはぽい、とカメラをロッカーに放り投げた。


 そして、初めて目にした東条の裸体をガンミする。


「……まさ、ボロボロ」


「んー?」


 刻み込まれた、大小夥しい数の戦闘痕。


 今まで彼が通ってきた道の険しさを、彼自身の身体が体現している。


 東条は洗濯機のコンセントを繋ぎ、脱ぎ散らかされた服を放り込んで洗剤を適当にぶち込む。


 火傷後をなぞり、サムズアップした。


「かっけーだろ?」


「……ん」


 全てを乗り越え尚笑う彼は、確かにカッコよかった。




 ――「おー」


 ノエルは目の前にひらける大浴場に興奮し、タオルを靡かせ走り出す。


「まてまて、風呂は身体洗ってからだ」


 東条は早速飛び込もうとするノエルを、風呂好きの威厳を以て制止した。


「ん。分かった」


 逸る気落ちを抑え、洗い場に歩いていく二人。




 そんな彼等を見つめる、湯煙の中の住人には気付かずに。


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