第111話
「リンスって何?」
「髪さらさらにするやつじゃね?……あ、おい、そっちが頭用でこっちが身体だ。ボディとシャンプーって書いてあんだろ」
「ほんとだ。あ、目に入った。沁みる」
「バカ野郎」
悶えるノエルにシャワーをぶっかける。
東条も慌ただしい彼女を救助した後、さっさと身体を流し立ち上がった。
「先ずどれから入るよ」
「ぶくぶくしてるやつ」
「ジャグジーか。確かにあれは気持ち、い、い……」
「……」
風呂の縁に立ち、プカプカと浮かぶそれ等を見る。
ジャグジーの水流になすがままのその生物は、時々同じ場所でくるくると回っている。
此方を見返してくる円つぶらな瞳は、戦意などない愛くるしい小動物のもの。
身体は茶色い毛で覆われ、お腹を上にして気持ちよさそうに漂っている。
「魔力が低すぎて気付かなかったぞ」
「かわいい」
茫然と立つ彼等を目にしたそのモンスターは、ゆっくりとオールの様な尻尾を使って泳ぎ、二人分のスペースを開けた。
まるで場所を譲るように。
「おぉ……」
「ありがと」
「お邪魔します」と一声かけ、噴き出る泡にその身を委ねた。
それから回った行く先々に、必ずという頻度で浮かんでいるそのモンスター。
どれも穏やかな性格をしており、お腹の上にタオルを乗っけているモノまでいた。
相当な温泉好きなのだろう。
仲良くなった彼等に案内され、最後は露天風呂への扉を開ける。
熱く火照った身体を、吹き抜ける風が一気に冷ましていく。
全員で身震いして湯船に避難した。
「はぁ~、この瞬間がたまらねぇ」
「ごくらく」
「きゅぅ~」
だらしなくほどける表情に、冷たい風が心地いい。
「やっぱ冬の露天は至高だよな。ここに雪が降ってりゃ尚良しなんだが」
「いつかの楽しみにとっとこ」
「だな」
「きゅぅ~」
ノエルの言う通り。
今は只、湧き上がる至福を堪能しようではないか。
「……てかお前さ、一応メスだよな」
「メスじゃない。女」
「……どっちでもいいけどよ。何で俺と風呂入ってんの?」
「ダメ?」
「いや、どうなんだろ」
身長差的には傍から見れば親と子だ。
「そういやお前何歳よ」
「んー、二か月くらい」
「じゃあだいじょぶか」
「ん」
年齢的にも親と子だった。
「かーうめぇ」
「うめぇ!」
「「「きゅあっ」」」
片手を腰に添え、珈琲牛乳を煽る二人と十数匹のラッコもどき。
「やっぱこれよな」
「漫画で見た通り。美味い」
「きゅあい」
半裸で飲む風呂上がりの珈琲牛乳は、古今東西正に格別である。
着替えた後は勿論、
「あばばばばば」
「あばばばばば」
「「「きゅきゅきゅきゅきゅきゅ」」」
マッサージチェアに座り、日頃の疲れを癒していく。
自分の回復速度が桁外れになってから、寝た後に疲労感はほぼ感じたことが無かったが、そういうことではない。
マッサージなんて、いつ受けても癒されるものだ。
「こぉれかぁらどうすぅるよぉ」
東条が今日の予定を尋ねる。
「大ぃ学に沿ぉって回ぁる」
「なぁぜ?」
「ふぅ……。大勢の人が集まるとしたらそーゆー場所。そこに適当に食料撒いてけば、好きな所行けるし高感度も上昇」
「なぁる」
一石二鳥の良い案だ。流石ノエル。
「うし。……存分に休んだし、適当に飯食って行くか」
「おう」
「「「きゅおう」」」
腹が減っては戦はできぬ。食堂へと今日の朝食を漁りに行く彼等だった。
――入口で尻尾をパタつかせる温泉仲間に、手を振り別れの挨拶をおくる。
「モンスターっつっても色んなのがいるんだな」
新しい出会いに、自分の中の固定観念を修正する。モンスターだからといって、一概に人を襲うモノばかりではない。
それを知ったからどうという事でもないが、面白い情報ではある。
「……まぁ、今更か(ボソッ)」
「ん?」
隣にいる、埒外の存在を見つめる。
こんな奴がいるのだ。害意のないモンスターがいてもおかしくはない。
「いや、何でもねぇ。先ずは何処大から行く?」
「んーどしよ」
歩きながらスマホを開き、近場を検索する。
基準は人が集まりそうな場所、ではなく、面白そうな施設が多い場所。
「お、ここにしようぜ」
「……筑波女子大学。……女子大学?」
「別に深い意味は無いぞ?ただ、そっち方面に行けば動物園とかもあるし?ほら、東京ドームもある、東京ドーム」
ノエルはやけにテンションの高い東条にジト目を送る。
顔は隠れて見えないというのに、その下の下手な作り笑いが目に浮かぶ。
「……別にどこでもいいし、そこでいいや」
「よしゃ」
「よしゃ?」
「ふひゅ~、ひゅす」
晴天の下、鳴り響く罅割れた音階は、これからの安気な二人旅を詠っているようであった。
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