第109話

 

 ――背面がガラス張りになったペンギンの水槽は、本来街を泳ぐペンギンという題で人気を博していた。

 今は街並みの変化もあり、森を泳ぐペンギンと言った方が似合う。


「加藤さんは、この後どうするか、とか考えてるんですか?」


 ペンギンの泳ぐ向きに合わせて走るノエルを見ながら、椅子に腰かける二人。


「これから、ですか……。私は最後までここにいようと思いますよ」


 自分が育ててきた国を見回し、決意に満ちた優しい笑みを浮かべる。


「この子達を放ってはおけませんし、何より、この子達以上に大切なものもありません。……それに、いつかは餌が尽きてどうしようもなくなる時が来ます。

 せめて、その時までは一緒にいてあげたいんですよ」


「……」


 この状況下で他者を、それも異種族を愛することの出来る彼の目を、東条は素直に美しいと思った。


「まささんも大変だと思いますが、ノエルさんを守ってあげて下さいね」


「ははは、あれは俺がいなくても生きていけるような豪傑ですよ」


「なんと」


 ペンギンに攪乱される少女を、加藤は驚いた顔で見つめる。


「……でも、貴方から沢山の事を学んでいるようにも見えます。いつの時代も、子供と稚魚は宝です」


「……まぁ、善処しますよ」


 歯切れの悪い返事を返し、よっこらせ、と立ち上がる。


「そうだ、最後にショーでも見ていきませんか?」


「ショーですか?」


「見たいっ」


 飛びつくノエルにカメラを返し、加藤に連れられ屋上へ出た。




 ――観客席に座り、優雅に泳ぐアシカやアザラシのショーを楽しむ。


 訓練された彼等のキュートな芸は、ブロブフィッシュ好きの東条の心ですら、いとも簡単に打ち抜いた。


 最後の演目となり、加藤が空を眺める。


「……来ましたね」


 見つめる先には、一匹の小型の怪鳥。

 東条が立ち上がろうとすると、大丈夫だと目線でそれを制した。


「さぁいきますよ」


 怪鳥が餌の魚を狙って降下した瞬間、加藤は水を操り一匹のアザラシを天へと持ち上げた。


 それはさながら、空を翔る水龍の様で、


「「おー」」


 バクリ、と齧り付かれた怪鳥は、成す術無く水の中へ引き摺り込まれていった。


 お辞儀する加藤に、二人は惜しみない拍手を贈ったのだった。






 ――「楽しかった」


「そりゃ良かった」


 冒険に出て初めての生存者に別れを告げ、彼等はビルを出る為歩き出す。


「まさの名前にはモザイク入れとく」


「ん?おう、サンキューな。編集はすんのか?」


「殆どしない。めんどくさい」


「……ま、そっちの方が良んじゃね」


 視聴者に受けるのは、過度な装飾よりありのままだろう。



 歩き始めてまだ少し、一つの店舗の前で不意にノエルが止まった。

 店内に並ぶのは、手つかずの食料品。ペット用品もある。


 察した東条は頭を掻き、


「……はぁ、任せな」


「ん。ありがと」


 しゃーなし、と漆黒を展開した。





 §





「面白い方達でしたね」


「ぴゃー」


 二人が去った後、加藤は見回りも兼ねて、館内でペンギンを散歩させていた。


「後で彼等の動画を見てみましょうか」


「ぴゃー」


 絶対に見ろと言われてしまったのだ。これは見ないわけにはいかない。

 そんなことを考えながら入口まで来た彼は、差し込む僅かな違和感に気付く。


(誰か、いる?)


「下がっててください」


「ぴゃ」


 ペンギンを後ろにやり、警戒して暖簾を捲ると、……


「これは……」


 入口の外に、食料品、雑貨、ペット用品が、山の様に積まれていた。

 誰がやったかなど、考えるまでもない。


「有難うございます」


「ぴゃ」


 その場にいない彼等に、深々とお辞儀をした。

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