第104話
――暦は二月。
まだまだ肌寒さが消えぬ月ではあるが、土の下では、春を待ちわび新芽が顔を出す支度を始める。
自然も、人間も、モンスターも、仄かに香る冬明けに備え、ゆっくりと動き出す。
そんな中、一足先に準備を終え、今まさに飛び立とうとしている者達がいた。
「リュックよし」
「よし」
「洗濯機よし」
「よし」
「カメラよし」
「よし」
場所は屋上。指差し確認で忘れ物がないか確かめ、最後に自分達の前に立つ三脚を見据える。
「回していいぞ」
「おけ」
今から撮るのは、記念すべき最初の動画。自分達の活動方針の説明と意思表明だ。
「今はとれば?」
ノエルが東条の頭を覆う漆黒を指さす。
「セルフモザイク」
「なる」
身バレして親類に迷惑をかけるのは違う。そう考えた東条は、世に出回る自分の顔は全て隠そうと決めたのだ。
元々常時外す気は無かったし、何より外せば一人の時動きやすくなる。
ノエルがリモコンを押し、ビデオの録画が始まる。
堂々としている彼女の横で、東条は少しだけ緊張に身体を固めた。
「ノエルはノエル。今から山手線の中を冒険して回る。欲しい情報があったら言って。沢山のお金と交換。あと国はノエルの口座作って。動画上げるから見て。血はいっぱい出る」
言いたいことを最短で列挙していく彼女に、思わず苦笑が漏れてしまう。
「……最後に忠告。ノエル達はやりたくない事はやらない。やりたい事だけをやる。法律はなるべく遵守するけど、それ以外に従うつもりはない。応援よろしく」
そう言って彼女は録画停止のボタンを押した。
視聴者のへの配慮など一切考えない、実に独善的で、彼等らしいスピーチ。
ノエルは早速パソコンとビデオを繋ぎ、拡散の準備を始める。
「どんくらいかかる?」
「すぐ。アプリは作った。後は今の動画と一緒にSNSにばら撒く……だけ……、終わった」
「はや」
「じゃ、行こ?」
飛びつく彼女を抱え直し、にやりと笑う。
遂に来た。この時が。
「新たなる旅路にっ」
「しゅっぱーーつ」
燦燦と降り注ぐ陽光をバックに、助走をつけ思いっきり屋上から飛び降りた。
今日は絶好の冒険日和だ。
§
――ネットサーフィン中の男。
会社で休憩中のビジネスマン。
お昼休みのオーエル。
講義中、スマホを弄る大学生。
力を手に入れた、余裕のある被災者達。
サムネイルに映る絶世の美少女からか、はたまた顔を黒く塗りつぶした男の不可解さからか、一本の動画が、何の気なしにその暇潰しの手を伸ばさせる。
彼等は思った。何だこの子めっちゃ可愛い。
彼女等は思った。何この子可愛い。
そして動画の内容の凄さに、目を見開く。
声には出さずとも、待ち望んでいた者は多い。特に男。
魔法やモンスターと聞いて、心躍らない人の方が少ないのではないだろうか。
最近は、自衛隊によって救われた者や、復興の順調さを告げる情報しか流されない。中で起きたことは、頑なに情報規制がかかっている。
特に、……そう。山手線エリア。
安全地帯にいるからこそ、何も考えず、激戦区を娯楽というカテゴリーに当てはめられる。
そういった人間にとって、この動画程娯楽に適したな物は無かった。
彼等彼女等によって、ノエルの動画は瞬く間に拡散されていった。
『おい、あの動画見たか⁉』
『ノエルちゃん可愛すぎて草』
『隣の奴怖すぎて草』
『山手線エリアって一番ヤバい場所だよな?』
『そんな場所で冒険とか、相当腕に自信があるのか?』
『噂の強力な魔法使えんじゃね?』
『国が秘匿してるってあれか』
『俺だって獄炎のダークフレイム使えるぜ?』
『俺だって激流のファイナルウォーター使えるぞ』
『マッチの火と水滴が粋がんな』
『こいつらの弱小魔法はいいとして、強力な力持ってんのは確定だろ』
『……今日からそれが見れんのか』
『……楽しみだな』
『だがそれよりも……』
『ノエルちゃん可愛い』
『ノエルちゃん可愛い』
『ノエルちゃん可愛い』
『強気なところに惹かれる』
『自分最優先なとこに惹かれる』
『あの真っ黒、その場所変われってんだ』
『まったくだ』
『俺達で奴が彼女の隣に相応しいかを見極めてやらないとな』
『おう‼』
§
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