第103話
――ステーキ頬張りながら、キーボードを叩くノエル。
長い間忙しくなく鳴っていた音が突然止み、東条がそちらに顔を向けた。
「……よろしくおねがいします」
カチッ、とエンターキーが押され、一息吐き椅子に凭れる彼女。
達成感に満ち溢れた顔が、此方を向いた。
「できたか?」
「でけた」
皿を置き、興奮気味に歩み寄る東条。彼女の後ろからパソコンを覗き見ると、そこには歴とした動画投稿サイトが出来上がっていた。
真っ白なホームは、これから自分達が足跡を刻む場所である。
「ノエル」
「ん」
パチン、とハイタッチの音が、ボロボロの室内に気持ち良く響いた。
「荷物は纏めといたぜ。下着類数着。雨靴。救急用品。キャンプ用具一式。その他もろもろ。あとこいつね」
ドガン、とドラム式洗濯乾燥機を地面に置く。
「飯類は現地調達でいいだろ」
「ん。いざとなったらあいつら食えばいい。動画伸びそう」
「ハハハっ、投稿者らしくなってきたじゃねぇか」
殺戮スプラッタ動画の中にも、やはりユーモアは必要だろう。やってる方も見てる方も、面白いのが一番いい。
「他に何かいるか?」
「これと、ビデオカメラと、アダプター類と、予備バッテリーと、SDカード沢山」
事前に用意していた機械類を並べる。
既にパンパンな巨大リュックではあるが、
「まぁ、押しこめば入るか」
たぶん入るだろう。
「リュックはノエルが持つ。洗濯機は任せる」
「それはいいけど、重くないか?」
「余裕」
ヒョイ、と片手で持ち上げるその姿に、そう言えばこいつ人外だった。という事実を思い出す。
漆黒に乗せてしまえば済む話ではあるが、戦闘時のリソースを無駄に裂くことになるのも事実。ここは素直に甘えようと考えた。
「それで、準備は完璧に整ったわけだが……いつ出る?」
「今」
「却下」
「明日」
「おけ。……いよいよだな」
「ん。楽しみ」
遂に迫る冒険の門出に、二人は無邪気に笑い合った。
§
――静謐が包む夜の屋上。瞬く星空の下で、東条は墓を作っていた。
ノエルに作って貰った大きめの木の杭。そこに、共に過ごした皆の名前を、一人一人丁寧に彫っていく。
名前を覚えるのが苦手な自分が、彼等の名前だけは鮮明に思い出せる。
それほどまでに濃く、美しかったあの時間。
出会い、
打ち解け、
遊び、
喧嘩し、
恋をした。
一生忘れることのない、最も生に足掻いた一か月。
最後の名前を刻み終わると、ズゴッ、とマイホームの根元にぶっ刺した。
そして内ポケットに手を当て、ブローチがちゃんとそこにあるのを確かめる。
彼はもう泣かない。
彼はもう縛られない。
全てを背負って、全てを受け入れて先へ行く。
……これからも抉れた心は痛み続けるだろう。しかし彼は知ったのだ。
恐怖の耐え方を。
諦める勇気を。
無償の慈愛を。
「……いってきます」
万感の想いを籠めて別れを言った後、東条は古き戦場に背を向けた。
§
――リュックを抱きしめて寝るノエルが、ソワソワと身を捩じる。
「……まさ、寝た?」
「……」
「……寝た?ねぇ寝た?まさ寝た?」
「……んだよ」
「楽しみで寝れない」
まるで遠足前夜。誰もが一度は経験するあの興奮に、彼女は今まさに身を焦がされていた。
「羊でも数えてろ」
「……A5の牛がいい」
「じゃぁそれでいいから」
「ん」
再び静かになる空間。
時折聞こえてくる涎を啜る音に、東条は頬を緩めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます