三章 旅立ち

第105話

 


 罅割れた道路をひょいと跨ぎ、呑気な鼻歌が二人の足取りを軽くする。


 頑丈な壁の隙間を蔦が這い、屋根から大樹が顔を出す、コンクリート+ジャングル化したポストアポカリプス。そんな場所を彼等は現在、進路を東へと向けて進んでいた。


 それもこれも、ノエルの『見たい』を叶える為。


「水族館行って何が一番見てぇ?」


「ニモ」


「あ~皆好きだよな、あれ」


 あの映画で一躍海のアイドルとなったカクレクマノミ。

 イソギンチャクの中に住む生態は愛嬌があるが、イソギンチャクの方が見ていて面白いと思うのは自分だけだろうか。


「まさは?」


「クラゲ」


「えー」


 ゆらりゆらりと漂うあの姿に、漠然とした安心と情緒的何かを感じるのだ。


 あれが侘び寂びというものだろう。


「いいじゃんクラゲ」


「つまんない」


「かー、分かってねぇな。俺くらいになるとな、見るからに可愛いもんよりも、ダンゴウオとかブロブフィッシュみたいな何考えてんのか分かんない奴が好きになってくんだよ」


「ふーん」


 自分も彼くらいの年になったら分かるのだろうか?

 そんなことを考えながら、乗り捨てられ、木と一体化してしまっている車から飛び降りた。


「あーでも、シャチは好きだな。色カッコいいし、何より強ぇ」


「白黒。ノエル達みたい」


「確かに」


 言わずと知れた海の王。小さい頃見たショーには興奮したものだ。


「シャチいる?」


「いやー、流石にいないだろ。もっとデカい水族館じゃなきゃ」


「……残念」


「今後の楽しみにしときな」


「ん」


 やけに静かな道程に疑問は抱かず、彼等は目的地へと順調に進んでいった。





 ――「しっかし人いねーな」


 サンシャイン六十通りの入口に立つ二人は、不気味なほど静かに立ち並ぶ商店をつまらなそうに見つめる。


 やはり最凶エリアというだけあって、殆どの建物がトレントと一体化してる。


 道中もそれは変わりなかった。

 他の被災地を見ていないから分からないが、これ程の終末世界、やはりここでなければお目に掛かれないのではなかろうか。


「てかずっと撮ってんのか?」


 ここまで一度もビデオカメラを下ろしていないノエルに、呆れたように話しかける。


 黒いレンズは、依然東条を睨んだまま。


「当たり前。冒険記録する」


「まぁいいけどよ。……いつかリュック一つSDカードで埋まりそうだな」


 想像できてしまう未来に溜息が漏れるが、今は気にしないでおこう、とあと少しの目的地に目を向けた。




 あっけなく到着してしまった目的地を見上げ、次に自分達が歩いてきた道を振り返る。


「……なんでこいつら出てこねぇんだ?」


 そこら中に感じていた魔力反応。それ即ち人間だかモンスターだか、どちらにせよ生物がいる証拠。


 いつ襲われてもいいように構えてはいたが、何故か一向に出てくる気配がない。


 一匹にも会わないなど、そんなことがあるのだろうか。


「俺の感覚が鈍ったんか?」


 デパートの中を一掃してからは、引き籠りのニート生活だった。有り得ない話ではないが、しかし、ノエルがそれを否定する。


「いるよ、いっぱい。出てきてないだけ」


「それまたどうして?」


「怯えてる」


 過酷な環境に長く居る者程、弱肉強食の掟には敏い。


 現にモンスターは、そこら中から彼等を見ている。

 そして同時に、嘗て感じたことのない身の毛もよだつ威圧感に、必死に息を殺しているのだ。


「なるほど。……じゃああれはとびっきりのバカってことか?」


「ん。身の程を知らない自殺願望者」


 悠々とこちらに歩いてくるホブ一体とゴブ二体を、彼等は冷めた目で見据えた。


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