第97話

 

 


 ――「わぁ」


「どれにすんだ?」


 ずらりと並ぶスマホに飛びつくノエル。東条も店内を見て回る。


「Orange」


「安定のな」


 背面のロゴ、齧られたオレンジがキラリと光る。勿論色は白と黒。


 物珍し気に商品を弄っていたノエルだったが、そこであることに気付いた。


「あ」


「どした」


「SIMカード無い」


「なんじゃそりゃ」


 SIMカードとは、簡単に言えば本人識別のためのICチップの様な物だ。これが無ければ通話すらできなくなる。要するに、携帯が携帯足り得る為の必須物だ。


「売ってないん?」


「売ってるけど、ノエルじゃアクティベートできない」


 東条には難しくてよく理解できないが、それなら、


「しょうがねぇ。引っぺがしに行くか」


「……新品欲しかった」


 むくれるノエルを連れ、虫取りならぬスマホ取りへと店を出た。







 ――先にシャワーを浴びた東条は、タオルを肩にかけテレビを見ていた。


「ただま」


「おう、おかり」


 濡れてぼさぼさの髪そのまま、ノエルがソファに飛び乗る。


「……まさ、結構寝てるのにクマ酷い」


「ん?あぁ、……寝ようとはしてるんだけどな、寝れなかったんだよ」


 睡眠不足を感じた頃から寝る努力はしたが、全く眠ることが出来なかった。


 ……だが、それも昨日までのことだ。


「もう寝れる?」


「……あぁ、お陰様でな」


 頭をワシャワシャして、その湿度に驚く。


「おまっ、全然髪拭いてねぇじゃん」


「拭いた」


「ったく。タオル貸せ」


「わ、あわわわわっわわわ」


 前に座らせ、タオルで頭をこねくり回す。


 大体乾いたらタオルを放り投げ、先ほど木から引っぺがしてきたスマホを取り出した。


 新品が使えないのなら、中古で我慢するしかない。運が良いのか悪いのか、そこらには持ち主のいなくなったスマホがゴロゴロと実っている。


 既にノエルによってパスワードの解除と初期化を行われた二つのスマホは、新しい主として彼等の手に馴染んでいた。



 汚くなったボディを拭き、ガラスフィルム、ケースを装着する。


 何だかんだ、自分だけのスマホを創り上げるこの瞬間が一番興奮するのだ。


「……でもよく考えたらさ、俺達電話番号持ってないよな」


「SNSで何とかなる時代」


「確かに。アドレスは適当に作ればいいしな」


「ん」


 すぐにアプリのダウンロードとアドレス作成の準備に入るノエルを後目に、東条はスマホを持って立ち上がった。


「ちょっと出てくる」


「どこ?」


「屋上」


「ん」


 スマホを握る手に力が籠っていることに、自身も気付かないまま、彼は屋上へと歩みを進めた。


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