第98話

 

 破壊されたドアを抜けると、一陣の寒風が彼の髪を撫でた。

 雪は止んでいる。


 開けた場所まで木々を抜けていくと、そこからは白い絨毯が敷き詰められている。


 足部分を顕現させ、中央の巨木まで向かった。



「……」


 幹に身体を預け、ある番号を押していく。


 最後に一瞬躊躇い、発信のボタンを押した。




 プルルルル、プルルルル――




『はい』


「……よぉ」


『――っ……何か言うことないの?』


「わりぃ」


『何日ぶり?』


「2週間、くらい」


『………………どれだけ、心配したかっ……』


「……」


 聞こえてくる震える声につられ、こちらの涙腺も緩くなる。


『……何で?』


「色々大変だった」


『仲間の人達とは上手くやれてる?』



「…………死んだよ、皆」



 通話相手というよりも、自分自身に言い聞かせる様に、東条はその言葉を口にした。


『……そう』


「……あぁ」


 沈黙が流れる中、ゆっくりと母が切り出す。


『……今から、とても酷いことを言うかもしれないけど、これだけは聞いておいて。



 ……私は、あんたが生きていてくれて良かった。……桐が生きていてくれて、本当に良かったっ』



「……っ」


 決壊しそうなダムを歯を食いしばって踏み止める。


『これからは、メールでも何でもいい。お願いだから、連絡して』


「……あぁ」


『お父さんまた飛び出して行っちゃったんだから』


「っ」


「自衛隊の人に捕まって帰って来たけど」


「……」


『……あんたの事だから、冒険とか旅とか、止めても行くんでしょ』


「……あぁ。見とかなきゃいけねぇ奴ができた」


『……そう』


 今まで以上に覚悟の籠った声に、母は一度考える。


『……私達家族は、これからもずっと反対し続ける。でも、それに従うか従わないかは、あんたが決めなさい。そして決めた以上は、必ず後悔のない生き様にしなさい』


「あぁ」


『私から言うことはもうないわ。ちゃんと連絡寄こしなさいよ』


「あぁ」


『じゃあね』


「……母さん」


『ん?』


「……ありがとうな」


『――っ――――


 返事を待たずに切った東条は、一息吐き、空を見上げた。


 前より星が美しく見えるのは、気のせいではないだろう。


「まさー」


「あ?」


 彼を探しに来たノエルが、キャンプ用具一式を持って走って来た。


「まさ?また泣いてる」


「泣いてねぇよぶっ殺すぞ」


 過去最速で全身漆黒を顕現させる。


「……それより何で来た?」


 勝手にテントを広げるノエルに疑問を飛ばす。


「夢の話をしよう、ぜ」


 ピースをするノエルに、驚き、そして……笑う。


「……いいね。乗った」


「よしゃ」



 その夜の屋上には、真っ暗の中にたった一つ、小さい、されど強い明かりが灯っていたとさ。

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