第96話

 


 ――「……わりぃ、もう大丈夫だ」


「ん」


 頭に回されていた腕が解かれ、東条は自力で立ち上がる。


 どうにもこっ恥ずかしくて、下から覗き込む彼女から眼を逸らした。


「その、なんだ。……ありがとうな」


「ん」


 差し出される手。


 小さく頼りない手が、今だけは、とても大きく見えた。


「――っ……」


 握り返すとグイ、と引かれ、一気に扉の向こうへ連れ出される。


 振り返れば、デパートのドアは後ろにある。



 ……こんなにも簡単だったのか。前に進むというのは。


 自分を照らす太陽に目を窄め、漆黒を出そうとして、……やめた。


 胸いっぱいに冷たい空気を吸い込み、埃塗れの肺を一新する。



 ……彼等はいなくなった。


 でも、自分の中からいなくなったわけじゃない。

 進んでいけばいい。

 これからも。


 彼等と共に。



 重い荷を背負い直した東条は、きっかけとなった彼女の方を向く。


 改めて礼を言わねば。


「ありがブふッ……」


 振り向いた直後、顔面に固い雪玉が直撃した。


「バーン」


「……ほぉ?」


 綺麗な投球フォームのまま、彼女が言ってのける。


 ……せっかく感謝してやろうと思っていたのに。……やめだ。


 東条は腕部分を顕現、肥大化させ、筒状に構成。


 無数に飛んで来る雪玉を躱しながら、その中に雪を詰めていく。


 一瞬で肉薄し、砲口を突き付けた。


「やば」


「ふっとべや」


 ボンッ、と砲声が鳴り、小さな身体が容赦なく宙を舞う。


「――うげっ」


 彼女は木に激突し、落ちてきた雪に埋まった。


「……死んだか?」


 大砲を肩に担ぎ、白い小山を見つめる。すると、


「怒った」


 にょきッ、と頭が生えた。


「ハハハ、来いや」


 飛び出す彼女を前に、漆黒を消し、今度は正々堂々と腕力だけで迎え撃った。






 ――「――はぁっ、はぁっ、……やるじゃねぇか」


「――はぁっ、はぁっ、……まさも」


 お互いを湛え拳をぶつける。


 手当たり次第に雪を投げ続け、禿げたコンクリートの上に寝っ転がる二人。


 東条はジャンパーを脱ぎ、汗を拭う。

 久しぶりに、こんなに身体を動かした。

 下手したらホブよりも手強かったかもしれない。


「はぁ、はぁ、……決めた」


「何が?」


 唐突に呟く彼女を不思議に思い、目を向ける。


「名前」


「……お前の?何で今よ」


「思いついた」


 彼女は空に手を翳し、降りしきる雪を一つ、握りしめた。




「ノエル」




 聖なる夜を意味する言葉。


 大切ななかまと過ごす時間。


 自分にはぴったりの名前だ。


「……いいじゃん」


「ん」


 東条は立ち上がり、彼女を、ノエルを引っ張り上げる。


「んじゃ帰るか。シャワー浴びてぇ」


「ん」


 汗を流す為歩き出すと、ふ、とノエルが止まった。


「スマホ」


「あぁ……忘れてた」


 雪合戦に夢中になりすぎて、本当の目的を忘れていた二人であった。



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