第24話

 


「……服無いんですか?」


「残念ながら」


 掛布団を身体に巻いて先程言われた場所に来た彼を、女性は半眼で見つめる。


 彼女の名は瀬良 希海せら のぞみ、黒鳥襲撃の際、凜と共に怪我人の手当てを最前線で行っていた現役看護婦だ。


「防寒の手段があるならまぁいいです、傷見せて下さい」


「はい」


 背中を向け肉体を晒した東条を見て、絶句する。


 何故これ程の傷を負っていながら、この男は飄々としていられるのか。彼女には理解できない。


「――っ……血は、止まってますね。……申し訳ないのですが、消毒液もなく、包帯も代用で補っている現状です。

 今は他の怪我人の止血を優先したいんです。化膿している部分もありませんし、骨に異常も見られません。今は安静にしてとしか……」


 申し訳なさそうな瀬良だが、彼はあくまで自分は大丈夫だと笑いかけた。


「あぁいいですいいです、気にしないで下さい。痛みもほぼ無いんで。有難うございました」


 彼は頭を下げ、去り際に怪我人が寝かされた一角を見る。


(……)


 寄り添って寝ている男女と、少女に、細身の男性。


 ……他の者とは違う何かを感じた。


 彼の練度ではまだ他人の魔力を計ることはできないが、その片鱗くらいは感じ取れる。


 彼はこれからどうするかと頭を悩ませながら、林の中へ戻っていった。




 §




「おはようございます」


「あ、おはようございます!」


 因幡は目を開ければ必ず近くにいる。きっと、ずっと面倒を見てくれていたのだろう、と佐藤は感謝する。


「丸一日、本当に有難うございます」


 立ち上がり、謝辞を述べた。


「やめてください、命の恩人なんすから当然っすよ。誰が看病するかでもめたほどっすよ?」


「……ははっ」


 ヒーローの様な扱いに乾いた笑いが出てしまう。


「それより身体の方は大丈夫なんすか?」


「……、はい。大丈夫みたいです」


 佐藤はストレッチをしてみるが、驚くほど全快している。前よりも身体が軽くさへ感じる。


 彼が因幡と話していると、様子を見ていた人達がぞろぞろと集まり口々にお礼を述べてきた。


 嬉しかった。自分の行ったことは正しかったのだと再確認できた。


 一通り話し終えると、佐藤は庭園に見える彼等の元へ向かうのだった。




 ――「お、来たみたいよ?」


 凜が最後の一人の到着を二人に知らせる。


「……よく眠れたか?」


「はい、おかげですっかり回復しました、……葵獅さん、その火傷」


「……軽いのは治ったんだがな。別に気にしてない」


 右の額から目にかかる火傷を、指で触る。


 佐藤が席に着くと同時に、葵獅が席を立った。


「佐藤、凛を救ってくれて有難うっ、この恩は一生忘れん」


「私からも、本当に有難う」


 凜も席を立ち、二人して頭を下げた。


「いえいえ、あそこで私が『止めれた』のは、本当に運がよかっただけですから」


「それでもだ」「それでもよ」


「……分かりました。素直に受け取っておきます」


 座る二人を前に、紗命がぐで~、とテーブルに凭れ不満を口にする。


「はぁ~、うち半分気絶しとったさかい、殆ど記憶があらへんのやぁ。そないなええとこ見逃すなんて、うちはほんまにアホやわぁ」


「いいとこて、あたし死にかけたんだけどなぁ……」


 凛の口がひきつる。


「……佐藤はん、今それできる?」


「ええ、できますけど」


「うちにやってみてくれへん?」


「い、いや、流石に人には……、」


「むぅ~、……ほなこれ」


 紗命がポケットからスマホを取り出す。


「これ投げるさかい、空中で止めてくれはる?」


「えっ、投げっ」


「いくで~、ほれ」


 くるくると回るスマホ。急いで『座標』をスマホにセットし、発動。


 落下に入ろうという所で、スマホがビタリと止まった。


「おぉ~」


「改めて見ると、凄いわね」


 一秒後、落下したスマホを紗命がキャッチする。


「……紗命さん、スマホはやめてください……」


「かんにんなぁ」


 成功に安心する佐藤に、彼女は悪びれなくぺろりと舌を出した。


「やけど、なんやろうこれ、魔法なん?」


「魔法、ではないと思います。何というか、説明が難しいんですけど」


「なるほどなぁ、……凜はんは何か見える?」


「うん。あたしと同じで、赤いわね」


「赤?何のことです?」


 ジッとこちらを見る凜に佐藤がたじろぐ。


「えっとね、あたし、鳥に襲われそうになってから何かこう、空気中に漂うモヤモヤ?流体?みたいな物が見えるようになったのよ」


 身振り手振りで教えてくれるが、益々要点が掴めず首をひねる。


「ここにいる人達は皆それを吸い込んでて、魔法を使うと放出されるの。身体の中に入ったら皆のは青色に、あたしと佐藤さんのは赤色に変わるのよ」


「……それは……つまり?」


「……うちが思うに、それが魔法と呼ばれる力の源なんちゃうかって話です。

 普通の魔法しか使えへん人は青色に、凜はんや佐藤はんみたいな、特別な力を使える人は赤色になるんちゃうかっちゅう」


 ここぞとばかりに自分の考察を述べる紗命が、自信あり気に指を立てた。



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