第25話
分かっているのか分かっていないのか分からない顔で佐藤が頷く。
「ネットでなんぼ調べても、うちら四人とおんなじレベルの魔法やら異能を使える人、出てきいひんのです。
こら、ここみたいな危険地帯の方がそのモヤモヤ多くて、一定量体内に取り込んで、且つ運良かった人だけが、強い魔法を発現できるんちゃうかおもうわけです」
「……なるほど」
「……まぁ、これを知ったさかいどうって訳でもあらへんのですけどなぁ。……かんにんなぁ、考察やらになるとすぐ力入ってまうんです」
「いえいえ、興味深い話でしたよ」
もしそうなら、強い魔法を使える人は自分達と同じような状況にあると言える。そりゃ動画なんて上げてる暇ない。
「まぁ、凜はんも凄い力手に入ったちゅうことです」
「佐藤さんには負けるけどね。物体の制止なんて無敵よ無敵」
「全くだ」
盛り上がる三人に、佐藤が申し訳なさそうに手を上げる。
「それなんですが、万能というわけでもないみたいなんです。
この能力、発動する前に座標を決めなくてはいけないらしくて、つまり、目で追えない敵が現れたりしたら全く使えないと思います」
「……せやったら、佐藤はんの課題は目ぇ良うすることやなぁ」
「ぜ、善処します」
紗命の言葉に、耳に掛かる視力矯正器具が力なく光った。
「あんまり難しい事でもあらへんみたいやで?モンスター倒すと身体能力上がるみたいやし」
「そうなんですか?」
「……佐藤は起きてから身体の調子が良いとか思わなかったか?」
「あぁ、確かに」
「確実に上がっていると思うぞ。……俺も以前出来なかった小指での腕立てができるようになっていた」
小指で腕立てなど聞いたこともないが……。
女性陣が半眼で見つめる中、佐藤だけは目を輝かせる。
「はぁ、あんたは何になりたいのよ……」
「……お前を、守れるようになりたい」
「っ……ばか、」
いきなりぶちこんできた葵獅に、凜の頬が染まりそっぽをむく。
最愛の彼女が危機に陥ったことが相当ショックだったのか、起きてからの葵獅は、それはもう激しく凜を求めた。
嘗てないほどに動揺する彼に悪かったと思いつつも、向けられる愛欲を心地よく思ってしまうのが女の性。
今回の件で、二人の繋がりはより一層深くなったのだった。
しかし二人以外にとってはそんなの知ったことではない。場の空気がピンク色に染まりかけたところで、
「惚気は二人でやっとぉくれやす」
紗命がにこにこと、躊躇いもなく白ペンキを撒き散らした。
どことなく黒が混じっているのは気のせいか。
「それより本題に入りまひょ」
「……あぁ」
「食料は今日入れて、もってあと三日らしいわぁ。
だいぶ人数減ったけど、あの木はうちらの食料も食べとったみたいやね、おじいちゃんが見張りをやってくれてなきゃ、全部いかれとったわぁ」
(……そうだ、あの戦いで多くの人が亡くなったんだ、絶対に忘れちゃダメだ、……ん?)
決意を改める佐藤に、一つの疑問が浮かんだ、
「あ、あの、亡くなった人達は?」
ここに来るまでに死体どころか、血の一滴すら見ていない。
誰かが運んだのかと思ったが、今になってこの異常性に気付く。
「……見ていないのか?」
「全部あの木が食べてもうたんよ」
「え、じゃあ、肉食!?」
驚愕の事実に佐藤が思わず立ち上がってしまう。
「……いや、肉食には変わりないのかもしれんが、生きてる者は襲わんらしい。
……彼もそう言ってたしな。……見てないなら行ってこい、待ってる」
「……はい」
佐藤は席を立ち、申し訳なさと気持ち悪さから、歩を速めた。
――「これは……」
一本の木に張り付いた服を見つめる。
「死んだ同胞の物じゃよ」
一人の老人が教えてくれた。
「若葉 源五郎じゃ、その節はありがとうな。礼が遅れてすまない」
「いえ……、それで、同胞の物というのは、」
「そのまんまの意味じゃよ、この木は食ったもんの異物を幹に出すらしくてな、まぁ、墓標みたいなもんじゃな」
「……墓標、ですか」
乱雑に張り付く骸むくろ無き骸が、やけに痛々しく見えて、佐藤は眼を逸らした。
「……戦争ではなぁ、死体は腐り蛆が湧く。本人の尊厳も糞もない世界じゃ。
それに比べ、この木はまっこと親切なもんよ」
(親切……そういう見方もあるのか、)
佐藤は言いようのない不安に駆られていた。
自分が目を覚ました時、真っ先に考えたのは生きている仲間たちの事だ。
死んでしまった人のことなど、それこそ全く考えなかった。
自分はこんなにも薄情だったのだろうか。
これなら、真っ先に死人に手を付けた、木の方がよっぽど親切というものだ。
「……」
そんな難しい顔をする佐藤を見て、若葉は諭すように口を開いた。
「佐藤さん、儂には今あんたが考えていることが分かるよ。
自分は薄情だと、責めているんだろう?でもそれはお門違いじゃよ。
薄情ならそもそもこんなことで悩まない、あんたが今感じているのは、慣れへの恐怖じゃよ。
善い慣れと、悪い慣れの区別がついておらんが故に、苦しんどる。
あんたが目を覚まし、一番最初に見たものは、過去ではなく未来じゃろう。違うか?
生きていることを喜び、その者達のために生きる道を模索しようとしているじゃろう。
あんたのそれは、間違いなく善性のもんじゃ、
誇りなさいな」
自責の念を払いのける、純粋な肯定と感謝。
佐藤は知らず内に、老人の言葉に耳を傾け、心を洗われていた。
これが、説法というものなのだろうか。
「……若葉さん、凄いですね」
清々しい笑みを浮かべ、素直に老人を称賛する。
「ほっほっ、年の功ってやつじゃわい」
「有難うございます。……気休めかもしれませんが、今から皆さんに手を合わせてきます」
周りに生える木々を見る。
「ええことじゃよ、どれ、儂ももう一周するかの」
――佐藤と若葉は、一本一本丁寧に供養していった。
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