第23話
大半が静かに休んでおり、加えて大量の葉擦れの音で全く気付かなかった。
彼の身体が硬直し、寒いはずなのに汗が出てくる。
(……まずいぞ、これはまずすぎる)
何も言わず方向転換し、一旦林に戻ろうとしたところで……、
「あー、……おはようございます」
自衛用にか、鉄パイプを持った老人とバッチリ目が合った。
「……」
「……」
「……年の暮、ご多忙の中にも活気溢れる日々をお過ごしのことと存じ」
「分かった分かった、挨拶はそれくらいでええわ」
「……ます」
老人は呆れたように東条の言葉を遮り、次いで、その人間として大事な何かを落としてきた様相に目を向ける。
「……新手の変態か、物の怪の類か?」
「れっきとした人間です。唐突で悪いんすけど、水浴びれるとこありますかね?」
「ん?あぁ、向こうのテナントに水道がある。お湯も出るからの」
「有難いです」
彼はここまで来たら羞恥心など捨てろと自分に言い聞かせ、堂々と歩く。
「っ……その傷、平気なのか?」
「?あぁ、こっからじゃよく見えないんすけど、そんなに酷いですか?」
背中を見つめる老人は険しい顔をして頷く。
「傷は塞がっているようじゃが、真新しい、何があったか教えてくれぬか?」
道中真剣な顔で尋ねてくる老人に、彼は少し考える。
「構わないんですけど、……ここってリーダー的な人います?」
「リーダー……、うむ。先に激しい戦闘があっての、今は寝てる。……そこで大分人数も減ってしもうた」
老人は、悲しそうな、悔しそうな表情を浮かべ、振り払った。
「それは、ご愁傷様です」
「有難う。儂は慣れているからいいんじゃがな、若人には辛い経験だったろう。……それで、リーダーがどうしたのだ?」
「正直後でまた聞かれると思うんで、全員集まってる時に話しちゃいたいんですよね」
「ほっほっ、それもそうだ」
要するに面倒臭い、と言われた老人は笑って同意する。
東条も気難しい人でなくて良かった、と安心した。
「浴び終わったら彼女の所に行くと良い。怪我人は彼女が見てくれている」
老人の視線の先の女性は、既に目を見開いて自分を見ていた。
言っても血達磨の自分は今、起きている全員の視線に晒されているわけだが、医療従事者の目から見れば尚更ヤバい人間であることだろう。
「分かりました。それじゃぁリーダーが起きたら呼んで下さい」
「うむ、分かった」
――彼が鏡の前に立ち背を向けると、左肩から臍の裏辺りまで伸びる赤い裂傷が目に入った。
痛々しい傷痕ではあるが、血は止まり、思ったより深くもない。
傷を洗い、血だらけの身体を水で流す。
そこで、自分の目のピントが合っていないことに違和感を覚える。
寝惚けているのかと思っていたが、一向に治る気配がない。
コンタクトにゴミでもついたかと思い外すと、
しっかりとピントが合った。
「……まじか」
今思えば、一日でこの治癒の速さは異常だ。
加えて視力の回復。
一つだけ思い当たる節がある。
モンスターを倒すと身体能力が上がるという書き込み。
そもそもモンスターを倒した一般人が少なすぎて、且つ、上がったと言っても誤差程度でしかなかったため、検証保留となっていた事案だ。
事実、自分の身体から微量な魔力の流れを感じる。
意識していない、肉体に内包された魔力。
意識的に使う肉体強化ではない。
シンプルな身体能力の向上。
肉体強化をドーピングとするなら、これは筋トレでつけた純粋な筋肉だ。
今回一気に効果が表れたのは、倒した数の問題か、相手のレベルの問題か。
恐らく両方だろう。
最後に戦ったボス狼なんて、序盤に出てきていいレベルじゃないと文句を言いたい程だった。
――血だらけになったパンツを洗いながら、昨日の戦いを振り返る。
勝てたのは百%能力のおかげだ。
正直言って、自分の能力はかなり強い。
判明した能力の特性にニヤニヤしつつ漆黒を呼ぶ。
半径三十㎝ほどの漆黒の球が現れた。
能力も身体と同じく成長する。
条件が熟練度によるものか、モンスターを倒すことかは不明だが、どっちにしろモンスターを殺すには能力を使うのだから関係ない。
洗っても落ちない場所は諦め、タオル用のシャツで身体を拭き、洗ったばかりのパンツを絞り、穿き直して外へ出た。
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