第5話

 近くまで来ると、途端に爽やかな緑と優しい土の匂いが漂ってくる。


 赤をぶち撒けた心が水に溶けていくように思えるのは、きっと間違いではない。


 木に登ろうとした彼は、自分がかなりの返り血を浴びていることに気付く。

 すぐに服を脱ぎ、包丁とフライパンの血を拭い、武器以外を纏めてリュックに押し込む。


 そこで、


「ゲエェっ、グゲっ」「グアッガ」「ギグッ‼」


 新しいゴブリンが三匹、エスカレータで下の階から上がってきた。

 シュールだ。


 三匹は血溜まりを見つけ、バタバタと走ってゆく。躊躇いもなく死体を漁り、棍棒とナイフを見つけるや否や、ナイフの取り合いが始まった。



 (……何やってんだあいつら)



 東条は木の葉の陰からその様子を見ていた。

 ただ、恰好はパンイチリュックに靴靴下と、ゴブリンをどうこう言えない状態で。


 しかしこの場所、思った以上に快適だ。

 樹冠がデカく枝張りも広い、かつ葉量が多いため隠れるには最適なのだ。当面の住居は手に入れたと、彼は内心でほくそ笑む。


 ゴブリン達は、最期は殴り合いで勝敗を決めていた。

 そしてナイフを手に入れたのは、元からナイフを持っていた奴。欲張りが過ぎる。


 さっきの戦いも含め、東条は奴らを分析する。

 ゴブリンはスリーマンセルが基本で、中でもナイフ持ちが少しだけ他の二匹より強い、と言っても誤差の範囲。

 加え鼻が利くが、新しい三匹はトイレの方に向かわないため、そこまでの嗅覚はないと見た。


 あと顔がキモイ。


 二つのナイフを持って意気揚々と上りエスカレータを逆走するゴブリンに、不貞腐れたようについていく二匹。

 死体はほったらかしのため、大した仲間意識はないのかもしれない。





 東条は辺りが再び静かになると、木の幹に寄りかかり、楽な態勢を作った。


(……疲れたな、……)


 葉の間からさす人工の光を見ながら、先ほどのことを振り返る。

 ゴブリンを殺した時、確かに来るものはあった。

 しかし吐くほどではなかった。すぐに慣れもした。

 それは普通のことなのか、奴らが人を殺すからか、自分がおかしいのか、考えて、


 どうでもいい事だとすぐにやめた。


 楽に殺せるならそれに越したことはない。

 それよりも、


 ……彼は三十㎝ほどの間隔をあけて浮遊している『円』を見る。


 落ち着いて分かったが、これを操っているのは自分だ。

 いや、それは直感で分かったのだが、そういうことではなく、今この状態にしているのも、自分、なのだ。


 手を前に出し、掌の上に『円』を『呼ぶ』。


 すると、移動、ではなく、最初からそこにあったかのように現れている。


 操作の仕方が無意識に分かるのだ。


 試しに形を変えてみるも、限界がない。直径三十㎝ほどの『円』ぶんの質量の中であれば、自在に形を変えるが、自分から一定以上は離れない。


 スマホで情報を漁ってみるが、似たような事例は出てこない。


 ところでこの力、操作方法は分かるのに、能力がまるっきり分からないのだ。

 普通こういった力は、能力も全部分かるものではないのだろうか。


 東条は今まで培ってきた妄想力をフル回転させる。


 ゴブリンを吹っ飛ばしたことからも、有名どころならカウンターか、反射、全身ピアス男みたいな引斥力の線も考えてみる。


 目の前の葉っぱに向かって色々試してみるが、虚しさが後に残るだけ。


 ただでさえ疲れているのに、余計疲れてしまった。


「……寝るか」


 諦めた東条は太い枝に腰掛け、幹に背を預けたまま、深い、されど心地いい、森の中に誘われるように眠りに落ちていった。


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