それは、星々の煌めき
「あ」
その声は、息子に父親を『パパ上様』と呼ばせる教育に成功した私が、まだ布団の中でごろごろしていた時――昼なぞとっくの昔に過ぎてる時間――の話だ。
とあるカクヨムで知り合った方に、パパ上様日記と題すべきだと言われたことを思い出し、ふむ、次に書くときは以前出した小話をひとまとめにしてそんなタイトルにしてみるか、なんて思いながら。
「ん? どうした?」
最近、「カクヨムでどこの新妻とイチャついてるのか。私とリアルで話せ」とか、「女子中学生の一日一言の呟き日記見るのはいいけど、こっちの話を聞きなさい」とか、なんか浮気でもしてんじゃないかと勘違い的発言――いや違うな。これは嫉妬だな。へへっ――する最愛の妻の驚きの声に、寝転んだままの体勢から、ちょっとだけ顔をあげ、自分の足と足の間から見える絶賛洗濯物畳み中の妻に声をかけた。
「これ、パンツァの時期だ」
その一言に。
体を、ぐいっと起こして妻に近づく私。
あえて言うなら、気持ち妻に近づいただけで、体はほとんど布団の上なわけだが、そんなことはどうでもいい。
「――なっ――な、なんだ――と……」
その言葉は、『パパ上様』とまだ呼べないくらいに小さかった息子でさえ「そんなことあったっけ? あ~……あれかっ!」と、うろ覚えの、我が家の一大イベントで重要な儀式の幕開けを伝える言葉だった。
「いつ
「今日煌めくか」
「どの辺りまで切れ込む?」
「いけるとこまで」
「りょーかい。準備する」
着々と進むその儀式に。
私は初めての『アレ』を思い出す。
「パンツァって、にゃ~に?」
手伝いをしていた娘が不思議そうに私達を見る。
そうか、娘はあの時まだ産まれていなかったから知らないのか。
そう思うと、アレを見たことのある息子も、大きくなったもんだと。私は、あの時を、懐かしむように思い出す。
……アレを見たことのある息子?
なんか、卑猥だな。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■
あれは、まだ息子さえ産まれる前の話だ。
お腹の中にまだ息子がいる妻と、近くを散歩中。
「……なんだ、これ」
急に辺りに流れた大きな音楽――小学生の頃によく聞いたり歌ったりした(?)記憶がある(?)ような、『夕焼け小焼け』に、私はびくっと体を震わした。
「ああ。これ? パンザマスト」
聞き慣れない言葉に、流れて消えたその音の発信源の電柱を見る。
毎日十七時頃に流れるあの音楽。
まさか、アレに名前があるとは思っていなかった。
「そんな名前なのか――」
妻はその昔。
盛大な聞き間違いをしたことがある。
「パンツァーダスト……か」
「なに、その、パンツを捨てるみたいな」
私も、大概である。
そんなやり取りがあった数年後。
「あ。このパンツ。もう限界だね」
妻が、洗濯物を畳ながら私のトランクスをびっと広げて呟いた。
それは、私が長年――恐らくは高校時代からなぜか履き続けていたヒマワリ模様のトランクスだ。
長年履きすぎて布は薄くなり、今にも裂けそうであった友人が、ついに裂けたのだ。
「いつかは起きるとは思っていたが……」
「むしろ。なんでこんなに履き続けてたのか疑問だけど」
「いやぁ……履き続けたらそのうち自然に崩壊しないかなぁって」
「あー。確かに言うよね。履き続けたらぱららぱらって、崩壊するって」
「……知らんけど」
そこまで履き続ける猛者がいるのかと驚愕したが、私もそこまで彼と行き着いてみたかったとも思う。
高校時代辺りからまだ履き続けた友人――ハードボイルド(笑)探偵みたいなパイプ片手のやつがプリントされている――は、まだ一枚残っている。
あちらでそこまで行き着こう。と、次の犠牲者となる予定のトランクスに妙な想いを誓っているときだった。
「じゃあ、この子とはお別れだね」
そう言った妻が、急に考え込んだ。
「……盛大に、裂く?」
「……なんで?」
この妻は、時に突拍子もないことを言うな、なんて思っていると、まだ小さな息子が、妙にわくわくした顔で私に近づいてきた。
何か楽しいことが起きるらしいと、察知したようだが……何も起きないぞ?
「昔さ、パンツを捨てるみたいな話、したことなかった?」
「ああ……確か、パンツァーダスト、だったか?」
「そうそう、それ!」
いやあれは……その名の通り、捨てるのでは?
「捨てるだけならつまらないから、何か一工夫してよ。ほら、期待されてるよ?」
期待させるようなことを言ったのはお前だろうに。
とか思いながら、私はすっと立ち上がる。
「さあ、それを貸せ」
全裸となり、裂けた友人を妻から受け取り装着した。
もう。妻も息子も。
『裂く』ことしか期待していない。
――ならばっ!
「食らえっ……」
スクワットの中途半端な体勢のように腰を落とし、ゆらりと、ゆっくりと。
友人の裂け目に、両手を添えた。
正面から見たその姿は、力士の「はっけよぉ~い」の瞬間のポーズであろう。
「星々さえ砕く、鳳凰の羽ばたきを――」
びりりと、左右に軽く力を加えるだけで、彼は私の臀部辺りで鳳凰のように
いける……私なら、こいつを、
裂くことが、できるっ!
「パンツァ――」
精一杯の力を込めて上に引くと、お別れの雄叫びをあげて欠片となって弾け飛ぶ布。
「だぁぁぁすとぉぉぉぉぁぁぁーーっ!」
私の叫びと共に。
「………だぁぁぁすとぉぉぉ……」
破れない、強敵。
腰ゴム。
どれだけ伸びるのかと。
腰ゴム以外は
変態○面並みに伸びたそれは裂ける気配はなく。
その日。
パンツァーダスト界に、腰ゴムという戦慄が走った。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■
あれから数年。
「パンツァァァァッ!」
ぴりぴりと音をたてて引き伸ばされて千切れ出す布。
限界まで引き伸ばさたゴムが抵抗するが、
後は、私と彼の力比べ。
長年付き添ってきた彼だ。
私は彼がどれだけ私の腰を緩く包んでいたかは知っている。
だが、こんなところで、手加減なんてしてはいけない。
それは、散り行く彼に失礼だからだ。
「ダァァァストォォォーーーッ!」
そして、私の目から溢れる涙と叫びと共に。
私を長年包み込んだ彼は、
えら~く、引き伸ばされて粘って散った。
娘も初めて見る、普段の会話の端々に見え隠れする謎の単語の正体を目撃し、これで我が家の皆が知ることとなった儀式が終わる。
そこに立つのは。
「ど……どうだ……」
はぁはぁ言って鼻息荒い、中年太りして狸腹みたいになった、全裸の、いい歳のおっさんだ。
「「ナイス、パンツァ!」」
ぱちぱちぱちと、以前パンツァーダストを目撃している妻と息子の、儀式への成功に対する拍手。
つられて拍手する娘が言う。
「きちゃね~ケツみせんにゃ~」
いや、だって。
パンツ一丁でやるんだから。
そりゃそうなるでしょうに。
まだまだ小学二年生になったばかりの娘には、この儀式は分からないようだ。
……私も、分からんよ。
それから数日。
妻と仲良く洗濯物を干す娘が、私のトランクスを、びっと、広げては一言妻へ確認する。
「ねぇねぇ。このパンツはパンツァーダスト?」
「これまだなのかにゃ~」
「パパ。いつになったらまたパンツァーしゅるの?」
……よし。
我が家の娘の教育も順調だ。
いつか彼女が彼氏や旦那に、
「パンツァーダストしないの?」と言ったり。「あ。これはパンツァ時期だね」とか言ったりしないか、とても心配になる風景だが……。
娘にパパ上から伝えられるのは一つだけ。
あれはね。
パパ上だけの。
星々の煌めき(ただ、引きちぎる時に布が細かく飛び散るだけ)なんだよ。
うん。我が家は今日も平和だ。
今日もどこかで木霊する。
共に駆けた仲間と別れの儀式。
涙を流し全力で。
今日も声高らかに。
想いを込めて今日も放つ。
さあ、皆も一緒にっ!
「パンツァァァ……ダァァストォォォッ!」
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■補足
本作品に出てくるパンツァ――げふんっ。『パンザマスト』って言う名称。
私もパンザマストって名前、この時に知ったのですが、調べてみたら、
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柏市民は防災行政無線で夕方に流れる「夕焼け小焼け」の音楽のことを「パンザマスト」と呼んでいますが、本来「パンザマスト」とは防災行政無線などを設置する柱のことを指します。
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とのことです^^;
嫁、千葉県柏近辺出身ですので、つまり、そういうことなのかと……。
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