鬼の住処

 鬼夜叉の里。

 鬼夜叉たちは故郷というものを持たず、住処を定期的に変えて暮らしている。

 森だったり、洞窟だったり、山奥だったり……彼らは住むところを選ばない。水さえあれば、獲物などいくらでも狩れる。

 

 現在、鬼夜叉の数は五百名ほど。

 頭領と呼ばれる最強の『鬼』が鬼夜叉を率いている。

 今の頭領の名はヒビキ。ヒジリの弟であり、『神童』と呼ばれた鬼だ。

 

 ヒビキの父の名はコウゲツ。かつての頭領であり、ヒビキを鍛えた張本人。

 母の名はミカゲツ……ヒビキを溺愛し、彼が頭領となり鬼夜叉を率いている姿をずっと夢見ていた。今、その姿が現実のものとなり、歓喜している。


 そして、ヒビキ。

 真紅の目、整った顔立ち、漆黒のショートヘア。見た目だけなら非常に整っている。

 だが、性格は残忍で狡猾。同族同士だろうが、『外』で鉢合わせたときには容赦がない。

 鬼夜叉は、居住地での争いはご法度。だが、依頼を受け、外で戦うことに関しては違う。外で会った場合、どちらかが死ぬまで殺し合い、死んだ方の肉を喰らうというルールがある。


 鬼夜叉の血と肉を喰らうと、喰らった鬼夜叉はさらに強くなる。

 これが『共食い』……鬼夜叉が最強であるが所以だ。


 ◇◇◇◇◇◇


「あぁ? ジョカが死んだぁ……?」

「ああ。あのガキ……ヘマしやがった」


 鬼夜叉の里。

 魔獣の皮を剥いで干したテントの中で、若い少年と中年男性が酒を飲みつつ話していた。

 少年の名はヒビキ。鬼夜叉の頭領である。


「あのガキ、聖女にやられたのか?」


 ヒビキが質問すると、中年男性が肩をすくめる。


「知らねぇよ……と言いてぇが、状況的にそうとしか考えられねぇ。聖女神教に確認してもダンマリだし、同行した聖女の中には『夜刀ノ神』がいたって言うしな」

「ああ、なんでも切る聖女様ねぇ……」


 ミカボシは、最強の聖女として鬼夜叉たちにも伝わっている。

 鬼夜叉たちも、あまり相手にしたくない聖女の一人だった。

 ヒビキは、盃を放り投げる。


「ま、ジョカみてぇな雑魚はどうでもいい。問題は、あの雑魚の『肉』がどうなったかだ」

「焼かれて捨てられちまったんじゃねぇの?」

「かもな。だけどよ、焼肉ってのも悪くねぇ……おい、手ぇ空いてる奴何人か呼べ。ジョカの肉を回収しろ」

「あぁ? マジかよおい」

「マジだ。それと言っておく……回収後、ジョカの肉を少しでも喰いやがったら、そいつら全員をオレが喰らってやるからな」


 ヒビキの目が真っ赤に染まり、歯が牙のように伸びる。

 それを見た中年男性がビクッとし、慌ててテントから出て行った。


「情けない奴……」


 ヒビキは牙を剥きだしにして笑った。

 いい感じに酒が回ったので、テントから出て散歩をする。

 すると、前から一人の男性が歩いてきた。


「お~う親父。散歩かよ?」

「ヒビキ……こんな時間から飲んでいるのか」

「いいじゃねぇか。説教はやめろよ」

「全く……お前はもう少し、鬼夜叉の頭領としての自覚をだな」

「説教は止めろって言ったんだ」


 ヒビキは、実の親であるコウゲツを睨む。

 コウゲツはため息を吐く……昔はもっと、素直でいい子だったのだが。

 そして、ヒビキの殺気に貼り合うように、目を赤く染める。


「親を睨むとは、躾けが必要か?」

「はっ……引退したジジィがオレに勝てんのかよ? ババァと仲良くやってろよ」

「昔は可愛いガキだったのになぁ……ああ、あいつのせいか」

「…………あ?」


 コウゲツは嗤い、名を告げた。


「ヒジリ……あいつ、才能だけはお前を超えていたからなぁ?」

「…………」


 ヒビキの額に青筋が浮かび、爪が伸び、全身の血管が浮かぶ。

 ヒビキにとって姉の名……ヒジリの名はタブーだった。

 

「死にたいようだな、クソ親父」

「里での殺し合いはご法度だ。掟を破った鬼夜叉の末路、知らないわけないだろう?」

「粛清だろ? やれるもんならやってみろよ。鬼夜叉五百人、テメェも含めてオレが食ってやる」

「不可能だ。確かにお前は強い……だがな、今のお前じゃ十人がいいところだ。もちろん、オレもお前ごときに殺られるつもりはない」

「…………」

「これは前頭領としての言葉だ。いいかヒビキ、鬼夜叉の頭領として強くなれ。誰彼構わず喧嘩を売るようなガキになるな」

「…………はっ」


 ヒビキは嗤う。

 それは、嘲笑……嘲笑っていた。


「なぁ親父。鬼夜叉の頭領ってぇのは、自分の娘を奴隷にしちまうような奴なのか?」

「…………」

「綺麗ごと抜かすんじゃねぇよクソジジィ。嗤えるぜ」

「…………」


 険悪な空気が流れる。

 すると、一人の女性が割って入った。


「おやめ。二人とも」

「ミカゲツ……」

「んだよ、クソババァ」

「ヒビキや。お願いだからやめておくれ……父と子で殺し合うなんて、見たかないよ」


 険悪な三人は互いに睨み合い……ヒビキがつまらなそうにため息を吐く。


「やってらんね。じゃーな、ジジィにババァ。仲良くやってろよボケが」

「ヒビキ!! あぁもう」

「放っておけ。全く、どうしてこんなガキになったんだ……」


 三人の家族は、すでに崩壊していた。


 ◇◇◇◇◇◇

 

 鬼夜叉の里がある場所から少し離れた場所に、ヒジリがいた。


「…………いる」


 少し先に、鬼夜叉の里がある。

 ヒジリの嗅覚だからこそわかった。里にはかなりの鬼がいる。

 ヒジリは、セイヤたちに言った。


「間もなく到着します……できるだけ離れ、戦闘には参加しないようお願いします」


 そう言って、ヒジリは先頭を歩きだす。

 歪んだ笑みを見せないように、一人先を進む。

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