ウェイクリンデ大森林
ウェイクリンデ大森林までは徒歩で行くことになった。
『
それに、ヒジリ曰く『鬼夜叉』は匂いに敏感だ。人や動物の匂いはすぐに気づかれる。
ウェイクリンデ大森林に入る前。ヒジリが説明した。
「そこで、消臭剤を使います。鬼夜叉の鼻をある程度誤魔化すことが可能です」
「消臭剤……?」
「はい…………私の父が造りました」
ヒジリは、とても嫌そうに言った。
そして、懐から数本の瓶を取り出し、全員に渡す。
深緑色で、どこか茶色も混ざった液体だった。
「様々な植物の葉と虫を合わせ、土と泥で煮込んだ消臭剤です。これを頭からかぶれば、森の匂いと同化します。これなら、視認されないかぎり見つからないかと」
「わかった」
「「「…………」」」
セイヤは何の迷いもなく受け取るが、ヴェンたち三人は硬直した。
セイヤは瓶の蓋を開け、迷うことなく頭からかぶる……泥をかぶる程度、幼馴染の連中からされた仕打ちに比べればなんてことない。
だが、ヴェンたちの顔色は悪い。
「……どうした? 森に入るぞ」
「い、いや……あんた、とんでもないわね」
「あ、あたし……帰ろっかな~」
「…………旦那様のためなら!!」
アナスタシアは意を決し、頭から泥水を被る。
美しい髪が、泥や葉の交じった汚水に汚れる。アナスタシアは涙目だったが、セイヤは全く見てすらいなかった。
「ヴェン、どうすんだ? 妹も」
「ぅ……」
「い、妹って言わないでよ……でも、汚水はちょっと」
アナスタシアは、ヒジリを見る。
ヒジリは頷き、アナスタシアもうなずく。
そして、二人はヴェンとクレッセンドの背後に回り、瓶の蓋を開けて二人の頭にぶちまけた。
「「ぎゃぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!」」
「あまり大きな声を出さないでください」
「クレッセンド。行くわよ」
「…………っぷ」
わちゃわちゃと騒ぐ女たちを見て……セイヤは、少しだけ笑った。
◇◇◇◇◇◇
ウェイクリンデ大森林に入ったセイヤたちは、その広大さに驚いた。
木々の背は高く、日の光があまり当たらないせいなのか足元に草があまり生えていない。おかげで歩きやすかった。
だが、ヴェンとクレッセンドの元気がない。
「おい、大丈夫か?」
「……今は何も言わないで」
「あたしも……馬鹿姉、きったないのぶっかけちゃって許さないから」
「大丈夫です。匂いはばっちりですよ」
ヒジリは親指をぐっと立てるが、ヴェンもクレッセンドも嫌そうにするだけだ。
セイヤは、ちらっとアナスタシアを見る。
「……っと、わわ」
「……はぁ、おいお前。こっちに来い。俺の後ろを歩け」
「え……あ、は、はい!!」
アナスタシアが歩きにくそうにしていたので、セイヤは歩きやすいようにアナスタシアを呼ぶ。
たったそれだけなのに、アナスタシアは花のように微笑んだ。
セイヤは、何が嬉しいのかわからない。
アナスタシアは、聖女たちの親玉みたいな存在だ。セイヤにとっては敵も同然……だが、自分を好きだといい、夫にするといい、こうして自分の背中の服をちょこんと掴んで着いてくる。
「…………変な奴」
「はい?」
「いや、なんでもない」
「ふふっ」
アナスタシアは、柔らかく微笑んだ。
「うっげぇぇ!? ちょ、足元に蛇いる蛇!!」
「あんたうるさい。蛇なんてただの食料でしょ? ねぇヒジリ」
「はい。すでに捕まえました。おやつゲットです」
蛇に驚くクレッセンド、呆れるヴェン、蛇を捕まえ振り回すヒジリ。
そして、前を歩くセイヤとその後ろを歩くアナスタシア。
これから向かう場所で大量虐殺が行われるなんて、誰も思わないだろう。
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