鬼が来たりて

 ヒジリが里を襲撃していることは、すぐにヒビキに伝わった。

 ヒビキ、コウゲツ、ミカゲツの三人は、頭領の邸宅に集まり、無言で向かい合う。

 そして……ヒビキが言う。


「あいつ、なんで生きてんだよ」

「……四肢を落とし、奴隷商人に売り払ったのだがな」

「クソオヤジ。だから甘めーって言ったじゃねぇか。オレが殺して食っちまえばよかったのによぉ」

「そうね……今思えば、生かしておいたのは失敗だったわ。コウゲツ、ヒビキ……今度こそ始末をして、その肉を喰らいなさい」

「おうおう、テメェが腹痛めて産んだ娘に酷いねぇ」


 ヒビキはからかうが、ミカゲツは笑わない。


「あの子は、失敗作……あなたとは違うわ」

「へ、知ってるっつーの。でも……あいつはそこそこ強いぜ」

「ほう……弱気だな」

「バーカ。そこそこっつったじゃねぇか。数多の鬼夜叉の肉を喰らったオレは、最強の鬼夜叉だ」


 ヒビキは立ち上がり、首をコキコキ鳴らす。


「さーて、愛しの姉貴に挨拶してくるかぁ?」

「…………」


 コウゲツは、ヒビキに言う。


「……気を付けろ」

「あぁ? んだよ、オレが負けるとでも?」

「そうじゃない。気を付けろと言ってるだけだ。お前は慢心が過ぎる」

「はっ……」


 ヒビキは鼻で笑い、家を出ていった。


 ◇◇◇◇◇◇


「ふむ、『餓者髑髏』を使うまでもないですね……もしかしたら、想像以上に私の力が上っているのかも」


 ヒジリは、生首を四つ両手に持ちながらゆっくり歩いていた。

 入口にいた四人の鬼夜叉を殺し、自らを見せつけるように里のど真ん中を歩いている。

 すると、ヒジリの姿を見た鬼夜叉たちが、目を赤く爪を伸ばした状態で群がってきた。


「ヒジリ、貴様ぁ!!」「よくも仲間を!!」

「この忌み子め!!」「殺せぇぇぇっ!!」

「…………まぁ、いいです」


 ヒジリは生首を投げ捨て、両手から血と骨の刃を伸ばす。

 通常の鬼夜叉たちは、指先の爪を伸ばす。だがヒジリの場合は違う。

 手から直接骨を変形させて刃にし、血を鉄並みに固めて刃にする。

 

「全員でかかってこい、雑魚ども……私の憎しみと恨みで蹴散らしてやる」


 ヒジリの血管と神経が浮かび上がり、全身から骨が飛び出す。

 骨が曲がり全身を包み鎧のようになり、両手が大きく、鋭利な骨の爪となった。

 『鬼鳴・餓者髑髏』が、鬼夜叉たちの度肝を抜く。


 そして……蹂躙が始まった。


 ◇◇◇◇◇◇


 鬼夜叉たちがヒジリに飛び掛かり、鋭利な爪で引き裂こうとしたが、ヒジリの全身を覆う骨の鎧を砕くどころか、傷一つ付けられない。

 

「邪魔ですね」


 ヒジリの腰から、背骨のような尾が飛び出し、鬼夜叉たちを薙ぎ払う。

 さらに、両手の爪で鬼夜叉たちを軽々と引き裂いた。

 ヒジリは、向かってくる鬼夜叉たちの首を狩った。いかに鬼夜叉といえど、首を狩られては生きられない……もちろん、ヒジリは例外だ。


「死ね!!」

「───!!」


 その時───ヒジリの近くに生えていた巨木の枝から飛び降りた鬼夜叉が、ヒジリの脳天に爪を突き立てようとした。

 もちろん、ヒジリが喰らったところでダメージは受けないが……。


「ぐがっ!?」

「───え?」


 鬼夜叉が、腹に何かを受けて空中で吹っ飛んだ。

 鬼夜叉は、近くの木に激突……なぜか落下することなく、木に縫い付けられる。


「これは……ああ、そうですか」


 鬼夜叉を縫い付けていたのは、見覚えのある『矢』だった。

 ヒジリがそっと視線を送ると、木の上でコンパウンドボウを構えるセイヤがいた。

 そして、セイヤは小さく頷く……それだけだ。


「…………ありがとうございます」


 木に縫い付けられた鬼夜叉は死んでいない。

 ヒジリの『皆殺し』の邪魔をするつもりはないようだ。それと、殺した死体が少し減っており、どこからかヴェンの影が伸びて死体を吸収している光景も見えた。


「ふふ、本当に……」


 ヒジリは、いい仲間を持った。

 セイヤたちを見ると、すでにそこにいなかった。

 そして、別の場所からセイヤの匂いが……さっきまでいた場所から数百メートル離れた木の上で、ヒジリのサポートをすべく弓を構えていた。


 ヒジリは知る由もなかった。アナスタシアが『転移』の魔法で、矢を射るたびに場所を変えているということに。

 だが、そんなことは関係ない。

 主と、その仲間たちがヒジリを見守っている。それだけで力になった。


 そして……鬼夜叉たちを殺し続け、ついにその時が来た。

 数百の鬼夜叉を殺したヒジリの前に、懐かしい顔が。


「よぉ、生きてやがったのか……姉貴」

「ヒビキ……」


 ヒジリとよく似た少年、ヒビキ。

 そして、里に残る全ての鬼夜叉が集結。二百以上の鬼夜叉がヒジリを包囲した。

 ヒビキが前に出ると、その後ろにいた二人の男女も前に出る。


「久しいな、ヒジリ」

「…………会いたくなかったわ」


 コウゲツとミカゲツ。

 ヒジリの父と母が、ヒビキの隣に立ち並ぶ。

 その光景は、ヒジリの復讐心を燃え上がらせるのに十分だった。


「残りは……二百といったところでしょうか」

「あぁ?」

「安心なさい。ヒビキ、そして父と母……あなたたちは最後です」


 ヒジリの背中からさらに骨が飛び出し、触手のようにうねる。

 骨の職種の数は八本。それらをコントロールしながらヒジリは言った。


「今日、鬼夜叉は滅ぶ……私の復讐のために」


 ヒジリは、ぐちゃりと歪んだ笑みを浮かべた。

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