第五章

悪鬼の子ヒジリ

 次の町に向かう道中、セイヤはヒジリとヴェンから話を聞いた。


「……なるほど。ジョカはお前の同胞だったわけか」

「はい。ですが、ジョカは一族の中では三十番目ほどの強さです。大したことはない雑魚でした」

「ざ、雑魚って……ヒジリ、オーガ族って最強の戦闘集団でしょ? 一人いるだけで町一つ滅ぼせるって聞いたことあるけど」


 ヴェンは苦笑した。

 ちなみに、セイヤたちは傭兵団の荷車の上に三人並んで座っている。

 どんな魔獣や聖女が現れようと、今のバニッシュたちの敵ではない。なので、情報をまとめるために話をさせてもらっていた。

 セイヤは、ヒジリに質問する。


「それで、ウェイクリンデ大森林だっけ? そこに行くのか? 敵の戦力は? 勝算は?」

「もちろん行きます。そして『鬼夜叉オーガ』一族は総勢五百名ほど。もちろん、私が勝つでしょう」

「か、勝てるのか……?」

「はい。私一人で五百人を殺すことは可能です。ですが……ただ殺すだけではつまらない」

「ちょちょ、まってヒジリ!! あんた一人で五百人……しかも相手はオーガでしょ? さすがに厳しいんじゃ……」


 ヒジリはヴェンを見つめ、にっこり笑う。


「問題ありません。私の切り札の一つ『餓者髑髏がしゃどくろ』を使って雑魚を殲滅……家族の三人は私の最強の技で殺します」

「ま、まだ奥の手あるんだ……あの骨みたいな姿じゃないの?」

「ええ。まだあります……ふふ、見たいですか?」

「や、ま、まだ遠慮しとく……」


 ヴェンは手と首を同時に振るという器用な動きをした。

 セイヤは、ヒジリに聞く。


「俺はなにをすればいい?」

「主には援護を……と言いたいのですが、この戦いは私一人で挑みたいのです。主は離れた場所で見守ってください。お願いします」


 ヒジリはセイヤをまっすぐ見て頭を下げた。

 互いに見つめ合い、セイヤは息を吐く。


「……わかった。無意味かもしれないけど、援護の用意はしておく」

「ありがとうございます」

「ねぇ、あたしは?」

「死体が欲しいなら一緒に来ても構いません。『鬼夜叉オーガ』の死体、欲しいですか?」

「……普通はいらないって答えるけど、後々のことを考えるとあればうれしいかも」


 ヴェンの魔法は『不死者ノスフェラトゥ』で、死体を『不死者』に変える。

 死体の素材がよければ、強い不死者を作ることは可能だ。

 それがオーガとなれば尚更……ヴェンは最強の軍隊を作れる。

 ほんの少しだけ会話が途切れ……セイヤは、ぽつりと言う。


「ヒジリ……そろそろ教えてくれ。なんでお前、『鬼夜叉オーガ』一族から追放されたんだ?」

「…………」

「……あたしも気になる」

「…………くだらない話です」


 ヒジリは空を見上げ、つまらなそうに語り始めた。


 ◇◇◇◇◇◇


 鬼の子ヒジリ。

 双子の弟ヒビキ同じ日に生まれた彼女は、産まれた時にはツノが生えていた。

 『鬼夜叉オーガ』は、ヒトや亜人、獣人、そして魔獣の血が混じった種族。ヒジリは生まれた時から魔獣の血を濃く受け継いでいた。

 両親は『鬼夜叉』族の長で、双子の子供たちは大事に育てられた。

 

 生まれて数年後。

 五歳となったヒジリは、『鬼夜叉』の血を覚醒させるため父と母から厳しい訓練を受け始めた。

 弟のヒビキはすぐにその才能を開花させ、鬼夜叉一族に伝わる格闘術や、肉体操作のコツを掴み、七歳になる頃には『神童』とまで呼ばれていた。

 対するヒビキは……七歳になっても肉体操作すら上手く使えず、両親を落胆させ、弟からは馬鹿にされ、同族の鬼夜叉たちからも馬鹿にされる日が続いた。


 ヒジリは、肉体操作を覚えようと必死だった。

 関節を外したり、筋肉を膨張させたり、爪を伸ばしたり、髪の毛を操作したり、内臓の位置を変えたり……基本中の基本の動作を練習した。

 だが……ヒジリは全くできなかった。


 十歳になり、ヒジリとヒビキは成長した。

 齢十歳でヒビキは鬼夜叉でも十指に入る強さを得た。

 『鬼鳴』を習得し、僅かながら力を解放して戦うことができるようになり、『鬼夜叉オーガ』の次期頭領とまで呼ばれた。


 だがヒジリは……未だに初歩の肉体操作すらできずにいた。

 そのころには、すでに家族からの愛情もなかった。

 家族からは無視され、同族からは馬鹿にされる毎日。

 さすがに、ヒジリも諦めていた。

 自分は無能。出来損ないの『鬼夜叉オーガ』……そう、自分を責めた。

 

 だが、ある日……ヒジリに転機が訪れる。

 ヒジリが一人で野草を取りに行った日のことである。

 ろくに食事すら与えられなくなったヒジリは山菜や木の実を取りに山に入ることが多くなっていた。

 いつものように、木の実や山菜を収穫してその場で食べる……青臭い味だったが、ヒジリはとっくに慣れていた。

 そんな時だった。


「…………え?」

『ゴルルルルル……』


 山菜採りをしていたヒジリの背後に、大きな虎魔獣がいた。

 ヒジリは一瞬で背中を引き裂かれ───血塗れで吹っ飛んだ。

 岩に叩き付けられ、あまりの痛みで思考が飛ぶ。

 虎魔獣がゆっくり迫り……死を実感した。


 ───ああ、死ぬ。


 ヒジリはそう思った。

 他の鬼夜叉なら、肉体操作で傷をふさぎ、身体強化で虎魔獣から逃げることもできる。それどころか、鬼夜叉の代表格である『鬼ノ手おにのて』で、この虎を引き裂くこともできるだろう。

 どれも、ヒジリには使えない技。


 ───死にたく、ない。


 ヒジリは、目の前が真っ赤に染まった。

 赤い血が、自分の血が流れていく。

 このままでは死ぬ───死にたくない。だから血よ止まれ───固まれ───そう願う。

 すると、血が抜ける感覚とは別に、温かな物がヒジリを包んだ。


 ───あったかい。


 不思議と、力がみなぎった。

 ヒジリはゆっくり立ち上がり、鼻息を荒くする虎魔獣を見た。

 

「───あは」


 ヒジリの手から『血の刃』が飛び出した。

 背中から『骨』が飛び出した。

 頭から、ツノが生えた。


 気が付くと───虎魔獣はズタズタに引き裂かれ内臓が飛び出していた。


「…………あぁ、そっかぁ」


 ヒジリは理解した。

 自分は出来損ないなんかじゃない……魔獣の血が濃すぎて『鬼夜叉』の力が覚醒しにくかっただけ。

 死を感じ、ヒジリの中で眠っていた魔獣の血が覚醒した。

 それも、とびっきり濃い魔獣の力が。


 この日、ヒジリは……『出来損ない』ではなくなった。


 ◇◇◇◇◇◇


 覚醒したヒジリは、すぐに力の使い方を覚えた。

 『鬼鳴』はもちろん、自分にできることとできないことを正確に分析し、オリジナル技である『餓者髑髏』と、切り札である技を生み出した。

 ヒジリが覚醒したと聞き、ヒジリの両親とヒビキは特に態度を変えなかった。

 覚醒して何年も経つヒビキが、ヒジリ程度に後れを取るはずがない。そう考えてのことだ。

 

 だが、違った。

 真の『神童』はヒジリだった。

 ヒジリは、覚醒してたった二月で、ヒビキを圧倒した。

 模擬戦を行い格の違いを見せつけようとしたヒビキが、あっさり負けたのだ。

 これには両親も驚いた。

 

 だが、今さらヒビキを可愛がるわけにもいかない。

 それに、ヒジリも両親の愛など求めていなかった。

 

 このことで焦ったのは、ヒビキだった。

 姉ヒジリは間違いなく『鬼夜叉』最強の存在になる。

 弟の自分が頭領になり、鬼夜叉を率いるのに、姉という存在が邪魔になったのである。

 ヒビキの苦悩を知った両親は……ある決断をした。


 それは、ヒジリの処分。

 ヒジリさえいなくなれば、また平和な日がやってくる。

 それに……強すぎるヒジリは、鬼夜叉たちにとっても脅威であった。


 ヒジリの処分は、秘密裏に行われた。

 鬼夜叉にも効く眠り薬で眠らせ、十人がかりで拘束した。

 目を覚ましたヒジリは何が起きているのか理解できなかった。


「な、なにを!! ヒビキ、あなたは」

「うるっせぇんだよ!! へ、へへ……姉さんが悪いんだ。姉さんが……なぁ、父さん、母さん!!」

「……そうだな」

「ええ……そうね」

「なっ……」


 父と母が、冷たい目でヒジリを見た。

 ヒビキは斧を掴み、ヒジリに迫る。


「へへ、へへへ……家族のよしみだ。四肢を切断して奴隷商人に売り払ってやるよ。オーガの娼婦なんてレアじゃねぇか? へへへ……へへへへへっ!!」


 ヒビキは斧を振り下ろし、ヒジリの右足を切断した。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーッ!!」

「ぎゃぁぁっはっははぁぁぁっ!!」


 ヒジリは肉体操作をし、血の流れを止める。

 脳内麻薬を分泌させ、痛みを消した。


「ひ、ひび、キィィィィッ!!」

「貸せ」

「はいよ、父さん」


 そして───父コウゲツが、ヒビキの右腕を切断した。

 再び響く絶叫。


「すまないな。ヒジリ、お前は強すぎる……鬼の脅威となる前に、処分する」

「あなた」

「ああ、お前も」


 さらに、母ミカヅキが、ヒジリの左手を切断した。

 次は、叫ばなかった。

 代わりに……ヒジリは睨んだ。


「さよならヒジリ。あなたを産んだのは失敗だった」


 母に言われ、ヒジリは歯を食いしばった。

 胸に渦巻く憎悪が、ヒジリの身を焦がす。

 

 そして翌日……ヒジリは奴隷商人に売られた。

 憎悪を心の奥にしまい込み、心を無くした人形のように振舞って。


 いつか必ず、復讐すると誓って。

 

 ◇◇◇◇◇◇


「…………以上です」

「……マジかよ」

「ひどい……実の両親が、なんて」


 セイヤもヴェンも、何も言えなかった。

 ヒジリは空を見上げ、セイヤに言う。


「主には感謝しています。この『再生リヴァイブ』の魔法のおかげで、私は無敵になれた。これなら……あの家族を殺せる」


 ヒジリは、決して止まらない。

 セイヤとヴェンは、何も言わなかった……言えなかった。

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