最後に流れる血
異業となったヒジリは、一瞬でジョカの目の前に来た。
「ひっ」
「ハァァ~……」
ジョカは怯えた。
『
さらに、この姿……『
ヒジリは、ジョカ以外を完全に無視していた。
「恐怖……くふふ、そんなに私が怖いのか? ジョカ」
「っく……なな、なめんじゃ、なめんじゃねぇ……」
言葉に力がない。
ガチガチに震える声で、ヒジリと比べると子供のような『鬼ノ手』を振う。
弱々しく引っかかれたヒジリの身体は、傷一つ付かなかった。
「───『斬空』」
ズバン!!と、ヒジリの身体を覆う骨が切断された。
それが、ようやく恐怖から脱したミカボシの斬撃だった。
骨は切れたが、血は一滴も出ていない……違う。肉体は切れたが、血が一瞬で鋼鉄よりも硬くなり出血を防いだのだ。
さらに、『
「恐るべきバケモノを聖女にしたものだ……ッ!!」
ミカボシは忌々しく呟き───。
「邪魔」
「───っ!?」
ヒジリに軽く薙ぎ払われた。
ミカボシの斬撃よりも早く、ささくれ立った木材みたいに枝分かれした『爪』を振う。
大きさも重量もあるだろう腕は、恐るべき速度と共にミカボシを直撃───吹っ飛ばされたミカボシは住居の壁に激突───幾重もの住居の壁を突き破り、ようやく停止した。
「が、っはぁぁっ!?」
胃から熱い物がこみ上げて吐き出すと、それは血だった。
身体が言うことを聞かず、全く動けない。
そしてヒジリは、恐怖で震えるジョカではなく……周りにいた聖女たちを見た。
「───ヴェン」
「え、あ、な、なに?」
「この聖女は、始末しても?」
「…………いいよ。あ、でも死体はちょうだい。あたしの魔法で『不死者』にするから」
「わかりました」
聞きたいことは山ほどあるが、ヒジリもヴェンも全て後回しにした。
すると、ヒジリの背中から鋭利に作られた『背骨』が何本も飛び出す。
「『髑髏ノ
背骨は、ひゅんひゅんと鞭のようにしなる。
聖女たちは震える手で魔法を発動させようとしたが、一瞬で首を刈り取られ即死。
まさか、音速を超える速度で振り回された背骨が、自分たちの首を刈り取ったなんて信じないだろう。
痛みを感じず刈り取られ、落下する頭は、ほんの数秒間だけ意識を残したまま静かに消えた。
そして、最後に残ったのは……ジョカ。
「さて、邪魔者は消えました……たぁ~っぷり、お話しましょうか」
「ひ、ひ……っ」
「ジョカ……一族はどこにいる?」
ヒジリの尋問が、始まった。
◇◇◇◇◇◇
「一族はどこに?」
「い、一族の拠点はバルバトス帝国の北、ウェイクリンデ大森林に移した。一度入ると出られない魔性の森……でも、あたしらなら普通の森と変わんない」
「族長は誰?」
「ぞ、族長は、その……ひ、ヒビキに」
「ヒビキ……私の弟ですか」
「う、うん。前族長のコウゲツ様が決めた。あ、あんたを処刑して、売り払ったお金で、拠点を変えるって……それで」
「母は元気ですか?」
「み、ミカゲツ様は元気だよ。その、ヒビキ様を溺愛してる」
「そうですか。では、その後……私に関することは何か?」
「ひ、ヒビキ様が言ってた。『姉は鬼夜叉にとっての穢れ、処刑してよかった』って……あと『あの鬼、片足を切り落としてピーピー泣いてた』とか、それでみんな笑って……」
「…………」
「ひっ……あ、あとは、あとは何聞きたい?」
「ではジョカ。あなたは死にたいですか?」
「え……し、死にたく、死にたくない」
「そうですか。では」
「あン」
じゅぼっ!!と、水っぽい音がした。
それが、ヒジリの
ヒジリは、ジョカを拘束していた骨を解除し、ヴェンに言う。
「
「え、あ……うん。強そうだし、いい『不死者』になると思う」
ズズズ……と、死体となったジョカは、ヴェンの影に飲み込まれた。
ヒジリは『餓者髑髏』を解除し、ヴェンに向き合う。
「怖いですか?」
「え……」
「私が……怖いですか?」
「…………ヒジリ」
「私は、一族に捨てられました。四肢を切断され、売り飛ばされ……だから、私は復讐します」
「…………」
「ヴェン。あなたは……私の初めての友人です。ありがとう」
そういって、ヒジリは笑って振り返る。
ヴェンの前から去ろうと、ゆっくり歩きだし───。
「ちょ、待った!!」
ヴェンが、背後からヒジリに抱きついた。
「ったく……別に怖くなんてないわよ。あたしだって『不死者』を従える聖女なんだし……勝手にいなくなったりしたら許さないからね」
「……ヴェン」
「さ、後片付けしないと!! パパ、ラーズ、みんなも手伝ってよね!!」
「……我が娘ながら、キモ座ってやがる」
「そこがヴェンのいいところ、だろ?」
「違いねぇや……」
不死者となったバニッシュたちはゲラゲラと笑った。
◇◇◇◇◇◇
失態だった。
戦闘聖女を全て失い、それどころか新たに生まれた聖女が全て喰らってしまった。さらに、突如として現れた『鬼夜叉』が、ジョカをあっさりと戦闘不能にしてしまった。
恐るべきことだった。
「くそ……」
ミカボシは、町の路地裏を隠れながら進んでいる。
すぐにアレクサンドロス聖女王国に帰還し、国家レベルの武力を揃えなければならない。
このままでは、聖女という存在が全て消える。
ミカボシは、鬼のような形相で歯を食いしばった。
「これほどの失態……覚えていろ、私はこのままじゃ終わらないぞ……必ず復讐してやる……アスタルテ先輩を奪った罪を、その身で償わせてやる……ッ!!」
そう言って、ミカボシは歩きだす。
こんな誰もいない裏路地を隠れながら進むという屈辱に耐えながら。
怒りをエネルギーにして、ミカボシは進む。
そして、壁を背にして大きく息を吸った。
◇◇◇◇◇◇
ヒュッ───ズダン!!
◇◇◇◇◇◇
「がっ───あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
ミカボシの肩に、細い物が突き刺さった。
細いのは矢。矢が右肩を貫通し、壁に縫い付けられた状態になる。
そして、あばら家の屋根の上───コンパウンドボウを構えるセイヤが、二本目の矢を放つ。
「ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーっ!?」
矢は、左肩を貫通。
腕を上げることもできなくなり、剣を持つこともできない。
さらに三射目。今度は右の太ももを貫通。
四射目。こんどは左の太もも……ミカボシは壁に縫い付けられ、完全に身動きできなくなった。
セイヤはあばら家から飛び降りる。
「…………」
「ふぅー、ふぅー……っく、ぉぉ……」
セイヤは、腰からナイフを抜いてゆっくり近づいてきた。
セイヤの眼が虹色に輝いている。
ミカボシの口からは血が流れ、セイヤをじろりと睨みつけた。
セイヤは、ずっとこのチャンスをうかがっていた。
戦いが始まると同時に隠れ、チャンスをうかがい……聖女だけでなく、ヒジリやヴェンの意識からも隠れた。
完全な隠形。ミカボシですら存在を忘れ、こうして矢を喰らった。
セイヤとミカボシの距離は、手を伸ばせば触れられるくらい近い。
そして───セイヤはナイフを振りかぶった。
「俺の怒りを───憎しみを───……思い知れ!!」
「───っ!?」
ナイフが、ミカボシの胸に突き立てられた。
その後、ミカボシの叫びが響き渡り……叫びが収まるとそこには、壁に貼り付けられた哀れな聖女の死体と、素手で引き千切ったような心臓が地面に転がっているだけだった。
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