怒りと憎しみ、その先に

「初めまして。あたしは───」


 セイヤは、咄嗟に暗器のブレードを展開。

 ジョカの目を斬りつけ視界を奪い、すぐに近くの樹へ飛び移る。

 いきなり現れたジョカ。ミカボシが矢を掴んだことに驚きはしたが、決して警戒を怠ったつもりはない。

 セイヤは、木々の枝を伝って距離を取る。ミカボシのいる場所から二キロほど離れた大木の上で停止し、荒ぶる心臓を落ち着ける。


「な、なんだあいつは……」


 黒髪の女。

 聖女とはまた違う、異質な何かを感じた。

 セイヤは水筒を出し、水を一気に飲む。


「よし……落ち着け」


 呼吸を整え、『鷹の目』で周囲を確に───。


「酷いなぁ……いきなり女の子の目を斬るなんて」

「え」


 セイヤがいる木の真下に、ジョカがいた。

 馬鹿な。あり得ない。そんなバカな。

 思考が追いつかない。冷や汗が流れ、セイヤはジョカと目が合った。


「降りてきなよ……あたしを見下ろしてないでさぁ?」

「───っ!?」


 ズドン!!と、ジョカが木を蹴った。

 幹がへし折れ、ゆっくりと傾き始める。

 セイヤは枝から飛び降り着地。木が倒れ地面が揺れ、ついにジョカと向き合った。


「初めまして。あたしはジョカ……あなた、セイヤだね?」

「ああ。で……お前も聖女なのか?」

「ざんねん。あたしは『鬼』……あんたを倒すために雇われたこわ~い鬼♪」


 鬼。つまり、『鬼夜叉オーガ』。

 セイヤはヒジリの強さを思い出す。聖女ではないのに聖女を圧倒する強大な力。

 セイヤはジョカを睨みつつ、背中には冷たい汗が流れていた。


「あんた、聖女の神様の息子だっけ? 食べたらすごい面白くなりそうだけど……まずはミカボシのところに連れてくね」

「ミカボシ……?」

「そ、最強の聖女サマだって。まぁあたしのが強いけどね」


 ジョカはケラケラ笑う。

 何が面白いのかセイヤにはさっぱりだ。

 一緒に過ごした傭兵団の仲間たちが血濡れで倒れている光景が頭に浮かぶと、セイヤの中に熱い何かが沸き起こる。

 セイヤは、コンパウンドボウをロッド形態にして構えた。


「お、やるの?」

「ああ。お前が強いのは理解してるし、俺じゃどうあがいても勝てない。でも……このまま何もしないのは、俺が俺を許せない」

「ふーん……まぁ、噂の『神の子』がどれくらい強いのか、あたしが試してあげる」


 すると、ジョカの顔、身体に血管と神経が浮き上がる。

 目が赤く充血し、殺気が満ちた。

 

「『鬼ノ手おにのて』……」

「…………?」

「ふふ、少し遊んであげる……なに、どうしたの?」

「いや……」


 セイヤは、不思議な感じだった。

 ジョカは確かに強い。でも……どうしてもヒジリと比べてしまう。

 なぜか、ヒジリと比べるだけで、立ち向かえる気がした。


「行くぞ、鬼」

「ひひひ……来なよ」


 セイヤはロッドを振り回し、ジョカに向かって突撃した。


 ◇◇◇◇◇◇


 気を失っていたジョカが目を覚まして見たのは、仲間たちの死体。

 兄のように慕っていたラーズ、本当の父のように思っていたバニッシュの死体だった。

 

「あ、ぁ……ラーズ……パパ……」


 ヴェンは、傍に倒れていたラーズをそっと揺する。

 だが、ラーズの身体は冷たく、目には光が灯っていない。

 バニッシュもまた、すでに事切れていた。


「う、ぅぅ……うぇぇ……」


 ヴェンは泣いた。

 楽しかった日々が、津波のように押し寄せてきた。

 仲間たちとの思い出や、バニッシュが語る夢、ラーズが自分の頭を撫でてくれたことなどが、ヴェンの胸の中にあふれ、涙となって流れていく。

 ヴェンは、気付いた。

 こんなことをした聖女が、ほんのすぐ近くにいる。


「奴は?」

「セイヤを追っています。報告通り、セイヤは魔力を使って身体強化ができるようです」

「だが、我々ほどではない。ジョカだけでは殺してしまう可能性がある。三人選んで奴を迎えに行け」

「はい」


 ミカボシは、部下の聖女に何かを命令していた。

 転がってる死体やヴェンのことなど眼中にない。

 ただ、邪魔だから殺したのだ。


「…………ッッ!!」


 ヴェンの中に、どす黒い何かが沸き起こる。

 それは、熱だった。

 血管の中に熱湯が流し込まれたように、ヴェンの中に熱い何かが生まれていく。

 そう。これは……怒りだった。


「な、んで……っ」


 聖女が、憎い。

 自分たちはただ、夢に向かって頑張っていただけなのに。

 夢も、命も、何もかも奪われた。

 ミカボシは、ヴェンのことなんて見てすらいない。殺気を向けているのに取り合おうとすらしない。

 

「聖女……なにが、聖女……ちく、しょう……!!」


 ヴェンは、涙が止まらなかった。

 憎くて仕方なかった。殺してやりたかった。

 全て奪われたヴェンは、もう命なんて惜しくなかった。

 落ちていた剣が目に留まる。

 それを拾って、ミカボシの心臓に突き立ててやりかたった。


「殺し、て……やる……ッ!!」


 ヴェンは、剣に手を伸ばす。

 

「たっだいまーっ♪」

「遅いぞ」

「仕方ないじゃん。それより聞いてよ、こいつ、けっこう強かったよ。あたしの身体にほんのちょ~っとだけ傷を付けたんだよ!」

「それは貴様が弱いからだ」

「いやいや、マジでけっこうやるよ。男なのにねぇ」


 そして、見た。

 黒髪の女が、ボロボロになった男……セイヤを引きずっていたのだ。

 血塗れのセイヤは、ミカボシとジョカを睨んでいた。

 ヴェンと全く同じ目。

 ああ、セイヤも同じなのだ。聖女に何かを奪われ、憎んでいる。

 すると、ミカボシがセイヤの首を掴んで持ち上げる。


「いい弓の腕だ。だが……狩人としては三流だな」

「そりゃ、どうも……クソ聖女」

「選ばせてやる。ここで死ぬか、我々に忠誠を誓って生き延びるか」

「死ね、ブタ野郎」


 セイヤの腹に、ミカボシの拳が突き刺さった。


「が、っぶぇ……げっほ!」


 セイヤが血を吐いた。

 内臓が傷ついたのか、息も絶え絶えだ。

 さらに、ミカボシは笑いながら人差し指をセイヤに見せつけ、そのまま指を腹に突き刺した。


「っがぁぁぁぁぁっ!?」

「こんな奴が……こんな奴のせいで、アスタルテ先輩は……ッ!!」

「っぎ……あ、はははっ、そうかお前……み、ミカボシってやつか……アスタルテが言ってた、馬鹿なヤツ……」

「なに……?」


 ミカボシはセイヤの腹から指を抜き、顔を近づける。


「アスタルテが、言ってたぜ……ミカボシ、ってバカがいるって……憐れなクソ餓鬼だ、って」

「…………そうか」

「ごっぼっ!?」


 ミカボシはセイヤを殴った。

 セイヤは吹っ飛び地面を転がる。そして……ヴェンの傍で止まった。

 ヴェンは、セイヤを抱き起す。

 

「セイヤ!!」

「ヴぇ、ん……悪い、こんな……ことに、なっちまって……俺の、せいで」

「違う!! 悪いのは聖女でしょ!? パパも、ラーズも、みんなも……みんな、殺された」

「…………っ」


 ヴェンは苦し気に泣きだした。

 そんな二人を嘲笑うかのように、聖女たちとミカボシ、ジョカが迫る。

 ミカボシは剣を抜き、セイヤたちに突き付けた。


「これが最後だ。我々に忠誠を誓え」

「あー……悪いこと言わないからさ、しといたほうがいいよ?」


 ジョカがケラケラ笑いながら言う。

 だが、セイヤは屈しない。

 そして……最後の賭けにでることにした。


「ヴェン……あいつら、どうしたい?」

「……決まってる。殺したい……ぶっ殺したい!!」

「俺もだ。あいつら全員、内臓引きずり出してやりたい」


 セイヤは身体を起こし、ヴェンに向き合う。

 

「あ……」


 セイヤの瞳は、引き込まれそうなくらい美しい虹色だった。


「ヴェン、俺に力を貸してくれ」

「───うん」

「ありがとな……行くぞ」

「───ん、むぐっ!?」


 セイヤは、ヴェンに口付けをした。

 舌で歯をこじ開け、自分の体液……血を流し込む。

 ヴェンの口から、セイヤの血がツツーッと流れ落ちた。


「ヴェン……ヴェンデッタ、お前に『力』を与える。俺の名において、お前を『聖女』とする!!」


 ドクン───と、ヴェンの心臓が高鳴った。

 口を離し、ミカボシたちを睨みつけながら叫ぶ。


「さぁ、手のひら返そうぜ!!」


 ◇◇◇◇◇◇


 虹色の瞳を見た瞬間、ミカボシたちの動きが止まった。

 聖女のあこがれにして父であるヤルダバオトと同じ目。

 セイヤが何をするのか、つい見守ってしまった。


「ねぇ、どうしたの? やんないの?」

「───わ、わかっている。全員攻撃準備、セイヤを始末……」


 ミカボシが剣を向けた瞬間───すでに始まっていた・・・・・・

 

「な───なんだ?」


 黒い影が、地面に侵食していた。

 どこから広がる影なのか。何が起きているのか。

 聖女たちが見たのは、ヴェンを中心に広がる影と、その影に飲み込まれて行く《死体》たちだった。

 ヴェンは、立ちあがる。


「ああ……これがあたしの力」


 黒い影が死体を飲み込む。

 そして……その死体が、影から這い出してきた。

 

「パパ」

「お、おう?……あ、あれ? オレ、生きて……」

「ラーズ」

「……な、なにが……それに、この身体は……」

「みんな」


 バニッシュが、ラーズが、死んだ仲間たちが蘇った。

 失った四肢が再生。だが、肌が褐色になり髪が白くなっている。

 セイヤは、バニッシュたちに言う。


「バニッシュさんたちは一度死にました。ヴェンの魔法で蘇ったんです」

「ま、魔法って……ヴェンは普通の人間だぞ!? せ、聖女じゃ……」

「俺が、ヴェンを聖女にしました」


 ヴェンは、すでにミカボシたちを見ていた。


「パパ、みんな……お願い。あいつら全員ブッ殺して」

「は?」

「みんなはもう死なない。あたしがいる限り、何度でも蘇る……やられたらやり返す」

「お、おう……はは、よくわかんねぇが、確かにオレら、やられたしな。なぁラーズ、おめぇら」

「だね……それに、不思議と力がみなぎるんだ」

「「「「「オウっ!!」」」」」


 傭兵たちは武器を取り、聖女たちを睨みつける。

 セイヤは深呼吸し、コンパウンドボウを構えた。


「『不死者ノスフェラトゥ』の聖女ヴェンデッタ……やれるな」

「ええ。みんなを死なせた罪、聖女の命で償ってもらう!!」


 聖女、鬼夜叉、不死者、そしてセイヤの戦いが始まった。

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