最低最悪な悪魔

 セイヤとヒジリは、思ったより早くワイルドボアの討伐を終え、シアンの町に戻ってきた。

 ヒジリにワイルドボアを担いでもらい、今日の夜の話をしていた。お酒を買って挨拶に行こうとか、そのまま宴会になって朝まで飲むかも……とか。

 でも、そうはならない。

 なぜなら……シアンの町とその周辺に、何かがいたから。


「…………ヒジリ」

「……はい、主」


 シアンの町の北側出入口付近の街道で、妙な気配が膨れ上がった。

 ヒジリはワイルドボアを投げ捨て、セイヤはコンパウンドボウをロッド形態にする。

 そして、近くの木に飛び移り、一瞬で木の頂上まで登った。


「───え」


 そして、見た。

 シアンの町が、血に染まっていた。

 住人たちが逃げまどい、町の南側出入口に大量の死体……どれも見覚えがあった。


「ば……バニッシュ、さん」


 片腕のないバニッシュ、背中が引き裂かれたラーズ、そしてその付近で倒れているヴェン。

 それだけじゃない。見覚えのある傭兵たちが、死体となって転がっていた。

 その近くにいるのは……女、女、女、女……聖女たち。


「……………………」


 セイヤは震えた。

 怒りで頭がから火が出そうだった。

 狂いそうになる気持ちを押さえ、木の幹に頭を叩きつける。

 木から飛び降り、ヒジリに言う。


「……聖女だ」

「…………」

「みんな……死んでる」

「…………」

「ヒジリ……」

「はい、主」


 セイヤは、虹色に輝く瞳でヒジリに命じた。


「全員、殺せ……ッ!!」


 恨み、憎しみ、その他をごちゃまぜにした怒りがセイヤの口から吐き出された。

 同時に、ヒジリの気配も濃くなる。

 ドス黒い殺気がヒジリを包み込み、ゆっくりと町を見て言う。


「了解……しました」


 セイヤは瞬時に飛んだ。

 近くの木から木へ飛び移り、怒りにそっと蓋をして気配を消す。

 冷静になり、考える。

 セイヤは確かに強い。並みの人間には負けない強さがあるが、聖女相手に真正面から挑んで勝てると考えてはいない。

 セイヤの武器は弓。遠距離からの狙撃で聖女を仕留める。


「…………」


 セイヤは、ロッドをコンパウンドボウの形状に変化させ、矢を抜く。

 

「脳天ブチ抜いてやる……っ!!」


 ヒジリが、町に向かって走り出した。

 ヒジリもまた、キレていた。

 友人のヴェン。そして、傭兵団の仲間たち……交流こそ少なかったが、全員がいい人たちだった。

 自分に腕相撲を挑んてきた傭兵、骨付き肉をくれた傭兵、デートしないかと誘って来た傭兵……どれも、ヒジリにとって新鮮な気持ちになれた。

 その気持ちを、踏みにじった聖女。


「……………………」


 ヒジリの足がビシビシと音を立てる。

 血管と神経が浮き上がり、骨格も変わる。

 走るのに特化した姿になり、聖女の息の根を止めるべく───。


「───っ!?」


 次の瞬間───ヒジリの目の前が真っ黒になった。


 ◇◇◇◇◇◇


「ヒジリ……!?」


 ヒジリの姿が消えた。

 ほんの一瞬。黒いモヤがいきなり現れヒジリを包み込み、そのまま消えてしまったのだ。

 いきなりのことでセイヤは焦った。

 冷や汗が流れる……だが、すぐに呼吸を整えた。


「……大丈夫」


 ヒジリは無事だ。

 おそらく、聖女の魔法。

 聖女を倒せば、魔法はきっと解除される。

 それならば、セイヤがやることは一つ。ヒジリを信じて待つ。そして、聖女を狩る。

 セイヤは矢を番え、『鷹の眼』で町を見る。


「…………あいつが頭か」


 見つけた。

 聖女に指示を出す聖女。腰に刀を差した女だ。

 バニッシュ、ラーズを殺したのは間違いなくこいつ……。


「…………」


 そう考えただけで、セイヤの額に青筋が浮かぶ。

 目が虹色に輝いたまま、刀を差した女……ミカボシの脳天めがけて狙いを定める。

 

「脳味噌ブチ撒けろ、クソ聖女が」


 セイヤは、ミカボシめがけて矢を放った。

 コンパウンドボウの弦は限界まで絞っている。大人五人がかりでも引くことすらできない弦から放たれた矢は、ミカボシの頭を貫通どころか、千切り飛ばす勢いを持っていた。

 が───矢は、ミカボシによって掴まれた。


「な、にぃ……っ!? こ、この距離で、だとっ!?」


 バカな───セイヤがそう思った瞬間。


『───そこか』

「っ!!」


 ミカボシと・・・・・目が合った・・・・・

 セイヤは一瞬でその場から跳躍。別のポイントへ身を隠す。

 

「はっ、はっ、はっ───な、なんだ、あいつ」


 次元が違う相手だった。

 エクレールやウィンダミア、フローズンやアストラルなんかよりも。

 クリシュナ、そして……敬愛するアスタルテよりも強い。そう感じた。

 セイヤは歯がカチカチ鳴るのを押さえ───。


「み~つけた♪」

「え……」


 すぐ近くに、黒髪の女が接近していることに気付かなかった。


 ◇◇◇◇◇◇


 黒いモヤに包まれたヒジリは、なぜか森の中にいた。

 そしてすぐに気づく……少なくとも十人以上に囲まれていた。

 さらに、一人の女が藪から姿を現す。


「『次元ディメンション』の魔法……いかがでしょうか?」

「……これは、あなたの魔法ですか?」

「ええ。空間と空間をつなぐ魔法。ふふ、あなたとセイヤを切り離すのが目的でした」

「…………」

「今頃、あなたのセイヤはどんな目に」

「御託はけっこうです。では……始めましょうか」


 チリチリとした殺気が『次元』の聖女に向けられる。

 同時に、隠れていた聖女たちがぞろぞろと姿を現した。

 『次元』の聖女は、ヒジリに言う。


「ああ、自己紹介を……私たちはアレクサンドロス聖女王国の戦闘部隊です。実戦経験を積んだ本当の戦闘聖女の強さ、その身に刻んであげましょう」


 確かに、一人一人に隙が無い。

 セイヤの幼馴染たちや、クリシュナとはまた違う強さを感じた。

 だが───。


「一つ、私からも」

「はい?」


 ヒジリは、『次元』の聖女とその仲間たちに言う。


「久しぶりに───こんな気持ちを抱きました」


 ヒジリの両手から『鬼ノ爪』が伸びる。

 まるで、獣の鉤爪のような、三本ずつある凝固した血液の刃。


「仲間とは、いいものですね……それを、あなた方はいとも簡単に踏みにじった。聖女というか、最低最悪な悪魔ですね」


 ヒジリは……キレていた。

 全身の血管と神経が浮き上がり、皮膚が赤褐色に変わり、髪が波打つ。

 『鬼夜叉』の禁忌、『鬼鳴』……命を削る技だが、『再生リヴァイブ』の聖女でもあるヒジリはその制約から解き放たれた。


「お前ら全員……楽に死ねると思うな」


 聖女たちは、怒らせてはいけない『鬼』を怒らせてしまった。

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