黒き聖女と狂った獣

 聖女ミカボシ。

 アレクサンドロス聖女王国が認めた最強の聖女。

 『夜刀ノ神ヤトノカミ』という特殊な魔法を操り、その戦力は聖女千人分とも呼ばれていた。

 そのミカボシが与えられた任務。それは……セイヤの殺害。

 ミカボシは、与えられた任務を全うするべく、国境へ向かっていた。

 ただし、ミカボシは一人ではない。


「…………」

「あ~ん……もぎゅ、もぎゅ」


 黒髪の少女が、生肉をもぐもぐ食べていた。

 大きく口を開け、肉屋で買った生肉を豪快にむさぼっている。

 経緯は不明だが、アレクサンドロス聖女王国が依頼したらしい。依頼した先は……聖女ですら近づくのを躊躇う戦闘部族の『鬼夜叉オーガ』だ。

 ミカボシは、隣を歩く少女を見る。


「……なに? ほしいの?」

「…………」

「へんなの。ヒトのことジロジロ見ちゃってさ」

「……貴様、『鬼夜叉オーガ』なのか?」

「そうだよ?」


 少女はニンマリ笑う。

 その笑みがあまりにも不気味で、ミカボシは露骨に顔を歪めた。


「……大丈夫なのか?」

「なにが?」

「これから私たちは『神の子』を殺す。神の子は聖女村の精鋭を返り討ちにしたそうだ……お前、戦えるのか?」

「失礼なヒトだね。あたしのこと何も知らないくせに」

「…………私一人で十分だ。貴様のような得体の知れない奴を連れていくのは不安だ」

「ふーん? じゃあこうしよ、あたしが一人で『神の子』を食べちゃう・・・・・

「───!?」


 次の瞬間───少女の手がミカボシに伸びる。

 ミカボシは腰の刀を抜刀、少女の首筋に当てようとする。だが、少女はミカボシの刀を素手でつかんだ。


「『鬼ノ手おにのて』……くふふ、こんな刃なんて通らないよ?」


 少女の手がビキビキと硬化する。筋肉が膨張し血管や神経が浮かび上がった。

 爪が伸び、少女の目も赤くなる。

 だが、ミカボシの表情は変わらない。


「鬼……人、魔獣、獣人、亜人の混血部族。独自の進化を遂げた新しい種族にして、最強の戦闘部族か」

「そーだよ。あはは……あんた、おいしそうな身体してるねぇ」


 少女の舌が、三十センチほどに伸びた。

 歯が牙のようにギザギザになり、口が裂けていく。


「バケモノめ……」

「うん、知ってる……で、どうするの? あたしとヤルの?」

「…………ふん」


 ミカボシは剣を引き、鞘へ納めた。

 少女はつまらなそうに鼻を鳴らす。

 

「貴様、一族を代表して依頼を受けたのだろう? ここで問題を起こして契約が破棄となれば、信用を失うのは目に見えている」

「最初に挑発したのあんたじゃん」

「ああ。噂の鬼がどれほどのものか見たかった……それに」

「?───あ」


 パラパラと、少女の伸びた爪が綺麗に切断されていた。

 少女は自分の手を見つめ、肉体変化を解除した。


「いつの間に」

「私に切れない物はない。貴様では、万に一つの勝ち目はないぞ」

「いやいやいや、あたしのが強いし。だって本気じゃないもん」

「……行くぞ」

「あ、まってよ! ねぇねぇ、依頼が終わったらあんたを食べるから! くひひ、その肉ぜーんぶ食べてやるから!」

「…………」


 ミカボシは無視して歩きだした。

 そんなミカボシの後を、少女は追う。


「あ、あたしはジョカ。『鬼夜叉オーガ』のジョカ!!」


 ミカボシとジョカは、セイヤを追ってバルバトス領土へ向かった。

 互いの挨拶も終わり、ミカボシはジョカに言う。


「まずは国境の町へ行く。アウローラ様が手配した聖女たちが待っている」

「聖女?」

「そうだ。聖女村の連中は二十人以上で挑み全て返り討ちになった。今回は三十人の精鋭がいる」

「わお」

「数でものを言うのは趣味ではないが……ヤルダバオト様の後継者だ。どんな力を持っているかわからないからな」

「ふーん……ま、どうでもいいけど」


 ジョカはつまらなそうに言う。

 ミカボシは続けた。


「それと……神の子に協力者がいる」

「ふーん」

「それが、『鬼夜叉オーガ』らしい」

「ふーん」

「……同族だが」

「あんただって人間同士殺しあってんじゃん」

「…………まぁいい」


 ジョカは、同族を殺すことを全く気にしていなかった。

 ミカボシはため息を吐き、思う。


「……アスタルテ」


 最強の聖女、アスタルテは死亡したこと。

 そのことが、ミカボシの心残りだった。

 ミカボシが憧れた『炎』は、もうこの世から燃え尽きてしまった。

 それが、神の子セイヤのせいであると考えると……はらわたが煮えくり返る。


「……アスタルテ先輩、仇は打ちます」


 ミカボシは、セイヤを殺すことに躊躇することはないだろう。

 対するジョカは、舌なめずりをしている。


「相手は『鬼夜叉オーガ』かぁ~……久しぶりに楽しめそう♪」


 ミカボシは知らない。

 同族同士で戦うことになったら手を抜かない。強い方が生き残ること。必ず片方にはとどめを刺すこと……という決まりがあること。

 ジョカは、一族でも十指に入る使い手。過去に何人かの同族を殺害し『喰って』いる。

 久しぶりに、『食事』ができそうだ。


 聖女と鬼は、セイヤを追う。

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