山脈を超えて次の町へ

「ヒジリ、いけるな?」

「はい、主」


 ヒジリが飛び出し、俺は矢筒から矢を五本抜く。

 一本ずつ連続で射ると、上空から巨大なワシみたいな魔獣がボトボト落ちてきた。

 ヒジリは、巨大な二足歩行の豚|(オークというらしい)を相手にしている。オークの棍棒を躱し、跳躍して首に蹴りを叩き込む。


『ブモォォォッ!?』

「ヒジリ、左」

「はい」


 ヒジリに指示すると、オークを無視して左へ。

 フラフラになったオークに向かって、俺は矢筒のツマミを捻り鏃を換装。鉄鋼鏃アーマーピエシングの矢を抜き、オークの頭部めがけて射った。

 その間、ヒジリは左から来たコボルトという犬の魔獣を相手にしている。

 ヒジリがコボルトを蹴り、殴ると、面白いように吹っ飛んだ。


「ヒジリ、正面五。俺は上空を狙う」

「はい」


 正面の藪から飛び出してきたのは長い蛇だ。

 バイトスネークという魔獣で、絡みつくと獲物が死ぬまで離さないという。

 だが、ヒジリは踵落としでヘビの頭を順番に踏み潰す。

 俺はコンパウンドボウの弦を調整し、鏃を鉄鋼鏃アーマーピエシングに換装。弓に番え、上空に狙いを定めた。


「───けっこう大きいな」


 俺の『鷹の目』は、上空五百メートルに浮遊する魔獣を捕らえている。

 このオークもコボルトもバイトスネークも、全てこの魔獣……デカいドラゴン(グリーンドラゴンというらしい)がけしかけた奴だ。

 俺たちと傭兵団を戦わせ、疲弊したところを狙うつもりだろうが……そうはいかない。

 コンパウンドボウの弦は、大人五人がかりでも引けないくらい張ってある。でも、魔力で四肢を強化した俺なら楽々引ける。


「ヒジリ、トドメを頼む」

「はい、主」


 俺が矢を放つと、矢は恐るべき速度でまっすぐ飛ぶ。

 ここから声は聞こえないが、ドラゴンの喉を貫通した。

 ドラゴンは錐揉み回転しながら落下してくる。ヒジリが息を整え跳躍。

 ドラゴンが地面に叩き付けられると同時に、ドラゴンの頭に踵落としを叩き込んだ。


『ガブゥファッ!?』


 頭を潰されたドラゴンは絶命……そのまま白目をむいた。

 俺はコンパウンドボウをロッドにして収納、ヒジリは息を整え俺の傍へ。


「……終わりかな」

「はい。周辺に魔獣の気配はありません。お疲れ様でした、主」

「お前も。怪我……はしても意味ないな。ってかノーダメージか」

「はい」


 互いの無事を確認し、俺は言う。


「バニッシュさん、終わりましたー!!」

「…………お、おお」

「ど、ドラゴンを……やっつけちゃった」


 傭兵団の皆さんは、何やら驚いていた。

 とりあえず、バニッシュさんの元へ。


「あの、怪我はないですか?」

「い、いや……オレらの出番がなかった。お前ら二人、とんでもねぇな」

「いやぁ……それより、あのドラゴンどうします?」

「ドラゴンの素材は高く売れる。討伐したお前らのモンだが……」

「じゃあ、皆さんで分けてください。俺とヒジリだけじゃ解体できないし、皆さんには世話になってるんで……そのお礼ってことで」

「……はぁ、ありがたいけどよ、何もしてないのにもらうってのは」


 と、そう言いかけたバニッシュさんを押しのけヴェンが割り込む。


「パパ!! じゃあこうしましょう。ドラゴンはこちらで解体するから手数料として素材の七割、三割をセイヤたちの物で。今日はここで野営、みんなでドラゴン肉を食べるってのは?」

「ドラゴン肉……う、美味いのか?」

「絶品!!」

「よし決まり!!」


 ヴェンとハイタッチし、今日の夕飯が決まった。

 バニッシュさんを無視し、ヴェンはさっそく傭兵たちに解体の指示を出す。

 頭を抱えつつもどこか笑顔なバニッシュさんと、ため息を吐くラーズだった。


「ドラゴン肉……じゅるり」


 ヒジリは、ドラゴンを見てヨダレを垂らしていた。


 ◇◇◇◇◇◇


 ドラゴン肉は非常にうまかった。

 単純に焼いて塩コショウしただけだが、これがまたうまい!!

 俺とヒジリは感謝され、ひたすら傭兵さんたちに褒められた。


「ありがとな!!」「ドラゴン肉うめぇ~」

「よし、セイヤとヒジリに乾杯!!」「ぎゃはは!!」


 男たちが、俺の頭を撫でたり肩を組んで歌ったり……ああ、幸せ。

 ヴェンも、ヒジリに抱きついたり肩を組んだりしている。

 傭兵さんたちと何度も乾杯を繰り返し、いい感じにお腹が膨れてくると、バニッシュさんが俺の隣に座ってグラスを近づけた……ああこれ、乾杯の合図だ!!


「ありがとよ」

「え? あ、乾杯!!」

「お、おお……タイミングがズレたな」


 バニッシュさんと乾杯……いやー嬉しい!!


「ありがとよ」

「え?」

「ドラゴン肉。おかげで、全員の士気が上がったぜ。これで山越えもいける。せめてもの礼に、今夜はお前たちのテントも守ってやる。朝まで安心して寝な」

「バニッシュさん……ありがとうございます!!」

「いや、礼を言うのはこっちだ。それと、お前さんたち、よかったらオレの団に入らねぇか? もうすぐ廃業の傭兵団だが、その後は鉱山を買って炭鉱を始めるつもりだ」

「…………その、すみません」

「はは、フラレちまったか……わりーな、忘れてくれ」


 バニッシュさんはグラスを一気に煽る。

 誘いは嬉しい。でも……俺、決めたんだ。

 炭鉱夫になる。そして……自分の鉱山を持って、炭鉱を手に入れる。

 バニッシュさんの誘いに乗るのは楽だけど、それじゃつまらない。俺はまだ聖女村から出たばかり。知らないこともたくさんあるし、もといろいろ見たい。


「バニッシュさん、お誘いありがとうございます。俺……」

「自分の炭鉱、だろ? わりーな、野暮なこと言って……へへ、おめーはまだ若い。苦労して夢を掴みな。応援してるぜ」

「……はい!!」


 バニッシュさんは笑い、俺の頭を撫でた。

 俺はふと、こんなことを思ってしまう。


「…………父親がいたら、こんな感じなのかな」

「ん?」

「い、いえ……なんでもないです」


 なんだか恥ずかしく、俺はそっぽ向いた。

 すると、グラスを持ったヒジリとヴェンがやってきた。


「おっつー! ドラゴン肉ありがとねー!」

「ああ」

「お疲れ様です主。解体で出た素材ですが、傭兵団に依頼して町まで運搬してもらうことにしました。報酬はオークやその他魔獣の素材……問題ないでしょうか?」

「ああ、問題ない。ありがとな」

「いえ」

「ちょっとちょっと、真面目な話終わってさ、もっとお肉食べようよ~」

「もう腹いっぱいだよ。残りはお前が喰っていいぞ」

「え、マジ? せ~んきゅ~」


 ヴェンのテンションが高い。匂いから、けっこう飲んでるみたいでフラフラしてる。

 絡まれると面倒なので、ヒジリに言う。


「ヒジリ、そいつは任せた」

「わかりました」

「じゃ、俺は寝るよ……お休み」

「おやすみなさいませ、主」


 酔っぱらっているヴェンをヒジリに任せ、俺は自分のテントへ戻った。

 あと数日で町に到着する。

 町に付いたら……傭兵団ともお別れかぁ。

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