セイヤたちの実力

 公衆浴場・女湯。

 こちらでは、ヒジリとヴェンデッタが並んで湯船に浸かっていた。

 男所帯の傭兵団唯一の女性、というか少女であるヴェンデッタにとって、同性で同い年の少女ヒジリは初めての友人であった。

 つい先ほど、酒樽を買いに行こうとした時のこと。


『お願いします、私も一緒に連れていってください』

『……いいけど、どうしたの?』

『いえ。入浴のお礼です。自己紹介がまだでした、私はヒジリと申します。よろしくお願いいたします』

『…………』


 ぺこっと頭を下げるヒジリ。そして、真っ直ぐにヴェンデッタを見た。

 少し警戒していたヴェンデッタだが、すぐに打ち解けた。


『あたしはヴェンデッタ。ヴェンでいいよ、ヒジリ』

「わかりました。では案内をお願いします、ヴェン』

『うん!』

『……あの、オレもいること忘れんなよ?』


 ラーズもその場にいたのだが、存在を無視した。

 一緒に酒屋に行き、酒樽を買って運んできた。

 ヒジリは怪力で酒樽四つを運んでいたので驚いたが、それでもいい友人ができた。

 ヴェンデッタは、お湯を掬って二の腕にかける。


「はぁ~……気持ちいい」

「はい。あったかいです……」


 ヒジリは顔の半分まで湯船に浸かり、口から息を吐いてボコボコと泡を立てる。

 長い黒髪が湯船に広がり、ヴェンデッタはその髪を掬いとる。


「綺麗な髪……」

「ありがとうございます。ですが、ヴェンの髪のが綺麗です。綺麗な銀色……まるで銀鉱石みたい」

「ぷっ、銀鉱石って……パパみたいなこと言うのね」

「変でしょうか? 主ならきっと笑うと思いますが」

「……ねぇヒジリ。主って……あんた、あの人の奴隷?」

「……そうです。ですが、正規の奴隷ではありません。主は私の命を救ってくれた。私は主に忠誠を誓い、一緒にいるのです」

「へぇ~……じゃあ、仲間なんだね」

「はい。ヒジリ、あなたがこの傭兵団の皆さんに抱いている感情と同じです」

「あはは、じゃあ仲間だ。ふふ」


 ヴェンデッタは湯船から上がり、ヒジリに言う。


「ヒジリ、髪の毛洗ってあげる」

「では、私はあなたの髪を洗います……おお、洗いっこですね」

「ぷぷっ……よし、じゃああたしが最初に洗ってあげる!」


 女の子同士の入浴は、まだまだ時間がかかりそうだ。


 ◇◇◇◇◇◇


 入浴後。公衆浴場の大広間を借りて宴会……セイヤは酔いつぶれ、ヒジリに起こされた。

 気が付くと朝。傭兵団は片付けを終え、出発の準備をしている。

 セイヤは慌てて起き、バニッシュの元へ。


「おう、よく寝てたじゃねぇか」

「お、おはようございます……その、出発ですか?」

「ああ。あと十分後に出発だ」


 傭兵団は、大きな荷車に荷物を積んでいる。

 馬などは連れていない。どうやって運ぶのかセイヤは気になった。

 なんとなく荷車を眺めていると、顔の横からニュッとホットドッグが現れる。


「これ、どうぞ」

「あ……ありがとう」


 ヴェンデッタは、ホットドッグを齧りながらセイヤに渡す。

 セイヤは受け取り、遠慮なく食べ始めた。

 すると、ヴェンデッタが言う。


「ヒジリ、昨日の依頼の報告を済ませて、荷物を取って来るって。もうすぐ……あ、来た」

「主、おはようございます」


 ヒジリが、カバンを背負い、小さな袋をセイヤへ。


「昨日の報酬です」

「ああ。その、悪い……酔い潰れたみたいで、いろいろやらせちまって」

「いえ。主、ぐっすり寝ていました」

「う……」

 

 セイヤは恥ずかしいのかそっぽ向く。

 その様子を見ていたヴェンデッタが、くすっと笑った。


「そういえば、ちゃんと自己紹介してなかったわね。あたしはヴェンデッタ、この傭兵団の戦闘・料理・経理担当よ。よろしくね」

「俺はセイヤ。炭鉱夫に憧れて冒険者になった。歳は十五歳、よろしく」

「同い年ね。あたしのことはヴェンでいいよ、セイヤ」

「ああ、わかった。よろしくな、ヴェン」


 二人はがっちり握手を交わす。

 すると、荷車の近くで荷運びしていたラーズが叫ぶ。


「おーい!! サボってないで手伝え、ヴェン!!」

「はーい!! っと、じゃあ後でね」


 ヴェンは行ってしまった。

 セイヤとヒジリも、自分の支度をする。

 セイヤは武器のチェック。コンパウンドボウ、ブレードを確認し、首をコキコキ鳴らし体調を確認。

 ヒジリは荷物を背負い直し、セイヤに言った。


「主。傭兵団の皆さんは言ってました。『自分の身は自分で守れ』と」

「わかってる。これから先、魔獣が現れたら、自分で守るぞ」

「はい、主」

「それと、聖女の力だけど」

「問題ありません。というか、魔獣ごときが私に攻撃を当てるなど不可能です」

「そ、そうか」


 ヒジリは自信たっぷりだった。


 ◇◇◇◇◇◇


 それぞれの準備が終わり、バニッシュさんが言う。


「おめーら、いつも通り行くぞ。目指すは北、山道を抜けて次の町行く」

「「「「「おぉうっ!!」」」」」

「セイヤ、ヒジリ。昨日も言ったが」

「わかっています。自分の身は自分で守れ、ですよね」

「わかってんならいい。よし……行くぞ!!」


 こうして、俺たちは国境の町を出て、バルバトス領土へ入った。

 荷物を載せた荷車は、なんと傭兵たちが五人ずつ交代で引いている。こういうのって馬とか牛を使うのだとばかり思っていた。

 すげぇ……上半身裸の男が、全身の筋肉を膨張させ、大汗を流しながら荷車を引いている。

 ずっと見ていたい……なんてかっこいいんだ。


「パパの考えでね。全身の筋肉を鍛えるために、荷物を載せた荷車を交代で引いてるの」

「すげぇ……」


 ヴェンが俺の隣で言う。

 ヴェンは腰に剣を差している。この子も戦うのかな。

 バニッシュさんは先頭を歩き、荷物を五人で引く。残りは二十人で、荷物を囲むように五人ずつ固まって歩いていた。

 全員が武装し、引き締まった表情をしている。

 

 俺は周囲を警戒しつつ歩いた。

 バニッシュさんは炭鉱夫の心得などを教えてくれて、ヴェンがヒジリと何やらお話している。

 ラーズはバニッシュさんの後ろで、周囲を警戒していた。

 国境の町が見えなくなり、木々に囲まれた森の中へ進んでいく。

 

「───ん」

「ん? どうした?」


 ふと、俺は立ち止まった。

 バニッシュさんも止まり、ヒジリとヴェン、ラーズも止まる。

 荷車と傭兵たちも止まってしまった。


「おい、何止まってるんだ。後続にも迷惑だろう。さっさと歩け!!」


 ラーズが怒鳴るが無視。

 俺はバニッシュさんに確認した。


「あの、全身が緑色の皮膚で、腰布だけ巻いて、頭に角が生えた生物っています?」

「あぁ? そりゃゴブリンだな。この辺りじゃ雑魚魔獣だが……それがどうした?」

「魔獣なんですね? よかった……」

「???」


 俺は背負っていたコンパウンドボウを一瞬で弓に変え、矢を三本抜いて連続で射出。

 いきなりのことでバニッシュさんたちは驚いていた。


「お、おい、なんだよいきなり」

「いえ、前方にゴブリンがいて、罠をしかけてたみたいなんで、駆除しておきました」

「前方って……」


 バニッシュさんが前を見るが、何もない。

 ラーズが怒ったのか叫んだ。


「出鱈目を言うな!! 全く、余計なことをして手間をかけさせるんじゃない!! おい、行くぞ!!」


 ラーズが傭兵たちに指示を出し、荷車は再び動きだす。

 バニッシュさんは首を傾げつつ歩きだし、ヒジリとヴェンが俺の隣に。


「ねぇ、ゴブリンってほんと?」

「いたけど……なんか木にロープ結んでた。足をひっかけるつもりだと思う」

「私は主を信じます」


 それから三分ほど歩き、頭に矢が刺さったゴブリンが三匹倒れているところに遭遇した。

 これを見たラーズが絶句した。


「なっ……」

「ね、いたでしょ? ほら、ロープ結んでる。たぶんこれ罠だ」


 そして、バニッシュさんが言う。


「お、おまえ……見えてたのか?」

「ええ。視力には自信があるんで」

「……すっげぇ」


 俺はゴブリンに刺さった矢を回収し、矢筒に入れた。

 すると、妙な気配……藪のあちこちから何か感じる。

 俺は『鷹の目』で周囲を観察し───藪の中にから、小さなツノが生えているのを見つけた。


「ヒジリ」

「はい、主」


 俺は矢を番え、ヒジリは荷物を置いて飛び出す。

 

「右二、よろしく」

「はい」


 俺は左の藪に向かって矢を射る。そして、一匹飛び出してきたゴブリンの突進を躱し、コンパウンドボウをロッドにして側頭部を殴る。

 そのまま右手のブレードを出し、掌底を食らわせるように顎の下を叩いた。

 ブレードが顎の下から突き刺さりゴブリンが絶命。

 ヒジリを見ると……あっさり終わっていた。首が折れ曲がったゴブリンが二匹、地面に倒れている。

 念のため確認したが、藪に隠れていたゴブリンも死んでいた。


「……こんなもんか」

「はい。周囲に気配はありません」

「よし。あ、バニッシュさん、ゴブリンの死体ってどうすれば……あの、なんでしょうか?」

「……おめぇら、とんでもない強さじゃねぇか:


 俺たちの一連の流れを見ていた傭兵たちは、ただ驚愕していた。

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