無慈悲な鬼と狩人の矢
全身の血管・神経が浮かび上がり、鼓動が通常の数十倍に上がった。
目が真っ赤に染まる。意識が朦朧とし眩暈や吐き気に襲われる。
使用すれば命を失ういう『
命を犠牲にした最終奥義を、躊躇うことなく発動させた。
もちろん、死ぬつもりはない。聖女の力である『再生』を併用することで、壊れていく肉体を瞬時に治しながらの使用が可能になった。
つまり、ヒジリは……『
『
人、獣人、魔獣、亜人という異種族の血を取り込み、独自の進化を遂げた『人ならざる者』である。
聖女の魔法に匹敵する『肉体変化』や、数多の種族から取り込んだ『知識』と『経験』を昇華させた独自の戦闘技術を持つ。
中でも最も恐ろしいのは、人や魔獣を超えた『肉体改造』だ。
『
筋肉や内臓、髪の毛、血の一滴すら彼らにとっては指先と変わらない。自信の意志で自在に操れ、その場に応じた形状へ変える。
例えば、骨を鉛のように変えたり、筋肉や内臓を極限まで柔軟化させタコのようになったり、髪の一本一本を鉄線のような硬度に変え自在に伸縮させたり……と、できないことはない。
『
世界各地を放浪し、暗殺や裏稼業を受け負う。
聖女ですら手が出せないと言われる最強の一族。
その一族が『忌み子』と呼んだ少女ヒジリが、クリシュナたちの前に立ちはだかる。
◇◇◇◇◇◇
クリシュナは、ヒジリの変わった姿を見て瞬時に『
黒髪、赤目が特徴で、全身の血管や神経が浮き出て、皮膚が赤褐色になっている。
クリシュナは、汗をダラダラ流す。
「このバケモノめ……!!」
「ええ、そうです。私はバケモノ。バケモノすぎて……家族に四肢を落とされ、一族から追放されたのですから」
「どらァァァァァァっ!!」
ウィンダミアが、両手に風の塊を作りだして乱射した。
不可視の風の塊は、目に見える物ではない。
だがヒジリは、不可視の風を片手で弾く。
「なっ……」
「───主の許可が出ました。少しだけ遊んであげます」
ボッ!!と、ヒジリの立っていた地面が爆発した。
「え?」
「『
ヒジリの右手が開き、ビキビキと音を立てる。
爪が伸び、まるで鬼のような───。
「ひっ───ギャァァァァァァッ!?」
ザシュゥッ!!と、ウィンダミアの身体が
右肩から左脇腹にかけて、ヒジリの爪で引き裂かれた。
ウィンダミアは傷を押さえ蹲る……本来なら身体を真っ二つにすることもできたが、ヒジリはしない。
だって、主の許可がないから。
「ぎ、ぁぁ……い、いでぇ、いでぇよぉ……」
「主の痛みは、それ以上だと思いますが」
「ひ、ぐぉ、ご、のやろ……」
ウィンダミアは痛みで涙を流し、ヒジリを睨む。
そして───背後に迫る影。
「マッスルゥゥゥゥ……ッ!! 『
両手をがっしりと合わせた振り下ろしが、ヒジリの脳天を狙う。
ヒジリはクリシュナの接近を知っていた。くるりと身体の向きを変え、右手をスッと掲げる。
そして、迫りくるクリシュナの両手を、片手で受け止めた。
「な、にぃぃぃぃぃぃっ!?」
「力自慢のようですが……私から言わせると、ブクブク太った白身ですね」
ヒジリはクリシュナの手を右手で握り、左手をギシギシと軋む音を立てながら握り込む。
「『
「ひっ───っごっぶぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」
ズドン!!と爆音が響く。
クリシュナの胸に命中したヒジリの拳。
命中すると同時にクリシュナの服の背中部分だけが弾け飛んだ。
「お、っごぉぉぉ……っぐぇぇぇぇっ!!」
血の混じった吐しゃ物をまき散らしながら膝を付くクリシュナ。
それを見ることなくヒジリは飛んだ。
そして、クルクルと回転して向かったのは───。
「ぷげっ!?」
アストラル。
こっそりとヒジリに魔法を仕掛けようとしていたのをあっさり見抜かれた。
回転を加えた踵落としを脳天に喰らい、鼻血がブシューっと噴射された。
目がぐりんと上を向き、そのまま泡を吹いてぶっ倒れる。
「ひっ───」
ヒジリはフローズンに狙いを定め接近する。
ヒジリの赤眼を見たフローズンが怯えたのを見逃さない。
「『
ヒジリが両拳を握り締めると、拳から真っ赤な『血の刃』が飛び出した。
血を鉄の硬度まで硬化させ、皮膚を突き破って飛び出した『暗器』だ。『
「あなたは人をいたぶるのが大好きだとか───」
「い、いやっ」
「では、私もそうしましょう」
ヒジリの『刃』が、フローズンを切り刻んだ。
「大丈夫、殺しはしません───」
「あっあっあっあっあっあっ───」
ザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュ。
腕、足、背中、手、胸、そして顔。
丁寧に、死なないように高速で切り刻む。
血が噴き出し、フローズンはくるくる回転して倒れた。
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いぃぃぃぃぃぃーーーーーーッ!! 痛い痛い痛い、痛い痛い痛いよぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーッ!?」
痛みで絶叫するフローズン。
全身血濡れだ。身体中『死なない』ように切り刻まれた。
気を失わないように切り刻むのは熟練の技だ。ヒジリはくすっと笑う。
「ガァァァァァァーーーーーーッ!!」
「あら……まだ動けましたか」
風を纏ったウィンダミアが接近していた。
やぶれかぶれなのか、血走った眼でヒジリに襲い掛かる。
面倒になったヒジリはさっさと終わらせることにした。
「肘」
「───っっ」
ウィンダミアの右拳を軽く受けとめ、右肘に拳を叩き込む。
バギャッ!!と肘関節の骨が砕け散り、ウィンダミアは声にならない声を上げる。
「左肘、両手首」
さらに追撃。
左肘を同じように破壊。両手首を掴んで握り締めると、バギャゴギッと骨が砕ける音がした。
「両肩」
両肩に手刃を叩き込み骨を破壊。
「両膝」
パパン!!と蹴りを両膝に食らわせると、ウィンダミアの膝関節が粉々に砕けた。
膝を破壊されたウィンダミアはドチャっと崩れ落ちる。
ヒジリがウィンダミアを壊しにかかった。
関節を破壊されたウィンダミアは立つこともできず、あまりの痛みに声も出せない。
流れる涙を拭うこともできず、ただヒジリを睨む。
「なまじ強い精神だと、気を失うこともできませんね」
「マッスルゥゥゥゥ!! 『
いつの間にか、両拳を掲げたクリシュナが背後にいた。
何度も背後を取られているが、決してヒジリが油断しているわけじゃない。
クリシュナの拳が、ヒジリを狙って掲げられている。
最強の一撃が、ヒジリを粉砕するべく。
──────トスッ。
「……あ?」
クリシュナの掲げた拳に、何か刺さった。
それは、細長い棒。
痛みは殆どない。だが……ヒジリは笑った。
「狩人の矢。届きましたね」
次の瞬間、クリシュナの手に刺さった『矢』が爆発した。
びちゃびちゃと、肉や骨、指だった物が飛び散る。
「ギャァァァァァァーーーーーーッ!?」
クリシュナの手が、爆発の衝撃で肩から吹き飛んだ。
クリシュナは腕の断面を手で押さえる。
「あ、の……が、きぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいぃぃぃっぁぁぁぁっぁぁぁぁガァァァァァァーーーーーーッ!!」
痛みと怒りで絶叫するクリシュナ。
だが、目の前の殺気に気付き───遅かった。
「『
強烈な、たった一撃の拳が、クリシュナの意識を刈り取った。
◇◇◇◇◇◇
残されたのは、エクレールとオージェ。
ヒジリが目を向けると、二人はビクッと身体を震わせる。
「残りはあなたたちですね」
「ひっ……ま、まま、待って!! あの、その、セイヤは諦めるからさ、えっと……ご、ごご、ごめんなさい!! ごめんなさい!!」
「…………」
エクレールはダラダラ汗を流しながら頭を何度も下げた。
オージェも、曖昧に笑い頭を下げる。
「も、もうあなたたちを追うことはありません。せ、聖女村はあなたたちから手を引くことにします。い、命あってのことですしね」
「…………」
あまりにも、情けない。
最初の強気が噓のようだった。
冷や汗を流し、目を泳がせ、必死に頭を下げる姿は情けない。
セイヤも見ているはず。ヒジリはため息を吐いた。
「二度と、姿を現すな……主はそう言ってます」
「わ、わかったよ。ご、ごめんねセイヤ!! 今までごめんね!! あたし、あなたに謝りたいの!! ごめんなさい!!」
エクレールが叫ぶ。
セイヤに聞こえているのかいないのか。
ヒジリはゴミを見るような目でエクレールとオージェを見た。
『鬼鳴』を解除し、全くの無傷で振り返り……セイヤと合流すべく歩きだした。
エクレールとオージェは、ずっと頭を下げたままだった。
◇◇◇◇◇◇
ヒジリはが見えなくなった後、エクレールは全身を帯電させる。
「ぜっっったいに許さない……あのガキ、殺してやる」
エクレールは両手を掲げる。すると、バチバチと紫電が集まり、球体が形成されていく。
雷の力を集めて球体にして放出するエクレールの奥義・『
オージェは冷たい目をして言う。
「遠慮はいりません。バルバトス帝国側に被害が出るでしょうが……そんなのは些細なこと。一帯を消し飛ばしなさい」
「はぁ~いっ……♪」
エクレールは歪んだ笑みを浮かべ、家一軒よりも巨大化した雷球を高く浮かべた。
「もういいや。セイヤ……あたしたちを舐めた罰、受けてもらうよ♪」
エクレールは薄く嗤った。
そして───風を切る音がした。
「……あれ?」
「え……エクレール?」
ポタポタと、エクレールの顔が濡れた。
何かと思い顔を上げると……おかしな光景だ。
掲げていたはずの両腕が、消えていた。
雷球が霧散した。
オージェが青い顔をしている。
エクレールがゆっくり振り返ると……見覚えのある
「………………………………」
ブワァー……っと、エクレールの顔が青くなり。
「ギャァァァァァァァァァァァーーーーーーッ!?!?」
叫んだ。
両腕が、肘からねじ切れた。
セイヤの矢が、エクレールの掲げた両腕に突き刺さり、ねじ切ったのだ。
「え、エクレー───」
オージェは、最後まで言えなかった。
両足の衝撃が走ると同時に倒れた。
なぜ倒れたのか?……簡単だ。両足が膝から消失していた。
エクレールと同じく、矢が突き刺さった状態で転がっていた。
「あぁぁぁぁぁぁぁっ……あ、あっがぁ……あぁぁっ!!」
オージェは大汗を流し、耐えた。
激痛で頭が割れそうだった。
なんとか魔力を集中し止血。ゆっくり這いずり、エクレールの元へ。
「いだいいだいいだいぃぃぃぃぃっ!! おがぁざぁぁぁぁぁぁーーーーーーッ!!」
「エクレール、まりょく、魔力で止血を……」
「うでぇぇぇぇーーーーーーッ!! あだじのうでぇぇぇぇーーーーーーッ!!」
四肢の消失というショックにエクレールが絶叫する。
大泣きし、鼻水を垂らし、醜く顔を歪めていた。
そして、ゆっくりと……二つの人影が。
「これで終わりか……はは、大したことなかったな」
「さすが主。素晴らしい一撃でした」
「いや、お前のおかげだ……ありがとう」
「いえ。では、行きましょう……こちらの方を埋葬せねば」
「ああ。どこかいい場所があれば……」
「この先はバルバトス領土側。町を抜ければ山岳地帯になっています。見晴らしのいい場所があるでしょう」
「わかった。じゃあ行くか」
ヒジリはアスタルテを布で包み抱え、セイヤはエクレールたちを見た。
「やったらやりかえされる。十五年分、これでチャラにしてやるよ」
それだけ言って、幼馴染たちと決別した。
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