バルバトス帝国へ、炭鉱夫への道
アレクサンドロス聖女王国とバルバトス帝国の国境の町での戦いは終わった。
不思議なくらい、どこからも干渉がなかった。
たぶん、クリシュナのババアが手をまわしていたんだろう。町の半分はバルバトス帝国側だが、こちらからも干渉がないのはよかった。
俺とヒジリは、聖女たちを撃退した。
これも全て……アスタルテの教え、そしてアスタルテ自身のおかげだ。
「…………アスタルテ」
「…………」
俺とヒジリは、国境の町を抜け、バルバトス帝国領土へ入った。
町を出て、すぐ近くの山にアスタルテを埋葬した。
見晴らしのいい場所で、景色もいい。
深く穴を掘って埋め、墓石代わりに大きな岩を置き、酒を供え、花で飾った。
「……あんたと飲んでみたかったな」
俺は、墓石に酒をかけ、自分で飲んだ。
ヒジリは一歩引いたところで無言で立つ。
ほんの少しだけの共闘だったが、俺のために戦った同志として見送るつもりだ。
「アスタルテ……約束する。あんたの身体はここに埋葬したけど、心は連れていく。母さんと一緒に、俺たちを見守っててくれ」
墓石に手を添え、俺は誓う。
夢を叶えることを、母とアスタルテ……二人の母に誓う。
「愛してる、母さん……行ってきます」
最後にそう言って、俺は墓石から離れた。
ヒジリは墓に頭を下げ、無言で俺の後に続く。
『───負けんじゃないよ』
「───っ」
そんな声が聞こえたような気がして振り返った。
でも、そこには誰もいない。
「……主?」
「いや……行くぞ」
「はい」
俺は、自分の胸をそっと押さえて歩きだした。
◇◇◇◇◇◇
アスタルテを埋葬した俺とヒジリは、バルバトス帝国側の国境町へ戻ってきた。
さすがに、もう襲われることはないだろう。
「主、念のためここを離れた方がいいと思いますが……」
「確かに、クリシュナたち以外の聖女がいるかもしれないけど、それよりも大事なことがある」
「……?」
俺は、ヒジリを見ながら言った。
「お前の服や装備、ちゃんとした物にしよう。俺も矢を補充したいし、特殊鏃もだいぶ使って消費している。この先は俺たちにとって夢の地かもしれないけど、未開の地でもある。まずはしっかり準備して備えるべきだ」
「主……差し出がましい意見、申し訳ございません」
「いいって。それより……身体は大丈夫か?」
「身体、ですか?」
「ああ。聖女になったお前の能力は『
「身体なら問題ありません。むしろ……」
ヒジリは嬉しそうに手を握っては開いた。
「主には感謝しかありません。これならいつでも本気を出せます」
「ああ。よかった。それと、何か不具合があれば言えよ。『聖女任命』なんて力、俺だって初めて使ったんだし───」
ここで、つい先ほどの───キスのことを思い出す。
聖女を任命する方法は簡単だ。目を虹色に変化させて『神化』し、その状態で俺の体液……ヒジリの場合は唾液を摂取させた……を取ればいい。
咄嗟だったから仕方なかった。もう二度とこんな力を使うことがないようにしよう。
「とりあえず、お前の装備を整えるか」
「……はい。その、申し訳ございません」
「……何が?」
「いえ、義手と義足を造ったばかりなのに壊してしまい……」
「そんなのはどうだっていいよ。むしろ、新しい腕と足が生えてきてよかったじゃん」
「……はい」
ヒジリはにっこり微笑んだ。
◇◇◇◇◇◇
バルバトス帝国側の町並みは、アレクサンドロス聖女王国側と比べるとやや華やかさに欠けていた。
飲食店や専門店が多くあり、歩く人々も冒険者や商人ばかりだ。それと、イヌやネコみたいな耳が生えた人や、トカゲみたいな顔の人も多くあるいている。
「あれは獣人、そして亜人です。アレクサンドロス聖女王国では迫害の対象でしたが、バルバトス帝国側では立派な種族です」
「へぇ~……あれも男なのかな」
「ヒトや獣人は『~人』や『男女』で分けますが、亜人は『~匹』・『雄雌』で区別します」
「なるほど……雄雌ね」
二足歩行のトカゲみたいな人が、獣人たちと談笑しながら通り過ぎた。
雄なのかメスなのか知らないが、とても楽しそうだ。
「よし、これだけ店があればいろいろ買えそうだ」
「はい、主」
まず、ヒジリの服を購入した。
前は四肢がなかったのでボタンなしの上下一枚ワンピースだったが、今回は動きやすさを重視し、身体にフィットする胸当て、短パンを購入した。
短パンの上に合う短いスカートを購入し、胸当ての上にジャケットを羽織る。へそ丸出しなスタイルだけど……いいのかな。
「これは動きやすい……これに決めます」
「あ、ああ」
ま、いいか。
次は武器……と思ったが、武器はいらないそうだ。
ヒジリの武器は身体全て。爪を伸ばしたり、体内の血を鋼鉄並みに暁子させて刃を作り出したり、剣を持つより強く硬いのだとか。
なので、俺の矢と特殊鏃を注文。明日までかかると言うので、今日は一泊することに。
武器屋近くの宿を取り、適当に食事を済ませ、この日は疲れもあったのでさっさと寝た。
翌日。
武器屋で鏃をもらい、新しく買った大きなカバンに旅の荷物を入れた。
ヒジリが背負うのだが、全く重さを感じさせないスムーズな動きで歩くヒジリ。
あとは出発だけなのだが、俺は思った。
「なぁ、この町にもギルドはあるか?」
「ありますが……」
「じゃあ、お前も冒険者登録しておけ。同じ冒険者ならいろいろ依頼を受けれるだろ」
「あ……は、はい」
冒険者ギルドを見つけ、さっそくヒジリの登録をした。
指紋認証ができたことにヒジリは喜び、冒険者カードを大事そうに抱えた。
「せっかくだし、依頼を受けよう。ここなら聖女の邪魔は入らない……よな?」
「大丈夫なはずです。では、E級の依頼を見ましょうか」
俺とヒジリは、依頼掲示板に向かって歩きだす。
今度こそ本当に、俺たちの冒険が始まった。
◇◇◇◇◇◇
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