鬼夜叉

 セイヤの目が『虹色』になった。

 ヤルダバオトの力である『聖女任命』のスキルに目覚めた。だが、あくまでも『聖女を任命』する能力であり、セイヤ自身が強くなったわけではない。

 だが……あの虹色の目を見ると、ヤルダバオトが見えてしまう。


「怯むんじゃないよ!! アスタルテは死んだ、あの小娘も聖女になったようだが、魔力を練る修行もしていない『なりたて』だ。お前らの敵じゃない!!」


 クリシュナは、エクレールたちを鼓舞する。

 再びクリシュナの筋肉が膨張する。そして、オージェが深呼吸をして言う。


「……エクレール、あなたたちは再度セイヤを。見たところ、目の色が変わっただけ。聖女を任命するだけの能力なら、恐れることはありません」

「わ、わかった……くそ、セイヤのくせに」


 エクレールは歯ぎしりし、右手を軽く放電させた。


「起きて、ウィンダミア」

「っが!? っかはっ……くそ、あの野郎がぁぁぁ……ッ!!」


 ヒジリに腹を蹴られたウィンダミアが起き上がり、両腕に風を纏わせた。

 額に青筋が浮かび、ぎょろリと目の前にいるヒジリを睨む。

 オージェは、エクレールたちに指示を出す。


「フローズンとアストラルは援護。ウィンダミアとエクレールは接近戦を。見たところあの女の子の能力は『再生』ですね……失った四肢を復元した。いいですか、二人で連携すれば必ず勝てます」

「わかった……ウィンダミア、行くよ」

「おう。おめーら、援護頼むぜ」

「ええ。邪魔ものを排除して、セイヤくんにおしおきしないと」

「ふひひ……楽しくなってきたねぇ」

「お母さん、あなたは自由に暴れてください」

「ああ。生意気なガキめ……」


 聖女たちは、自分の持つ『力』を展開する。

 エクレールは全身に紫電を纏い、ウィンダミアは風を操る。

 フローズンは周囲にいくつも氷の矢を浮かべ、アストラルの立つ地面がボコボコと振動した。

 クリシュナは拳をゴキゴキ鳴らし、オージェは人差し指で自分の側頭部をコンコン叩く。


「では、速やかに制圧しましょうか」


 オージェが言うと、エクレールとウィンダミアがダッシュした。

 狙いは───ヒジリ。

 セイヤは、ヒジリに言う。


「頼む」

「はい、主」


 エクレールたちとの距離は50。

 セイヤとヒジリはその場から動かず。

 ヒジリは右足をほぼ垂直に上げた。


「ここからは、俺の土俵だ」


 ヒジリは、垂直に上げた足を思い切り地面に振り下ろし───次の瞬間、雷が落ちたような爆音が響き、地面が揺れた。


「うわわっ!?」

「な、なんだとぉぉっ!?」


 地面の揺れに、エクレールとウィンダミアが立ち止まる。

 同時に、地面に広く亀裂が入り、土煙が高く舞い上がった。


「くっそ、なんだこれ……「ウィンダミア!! 土煙を風で飛ばしなさい!!」……は?」


 焦ったようなオージェの声。

 エクレールも首を傾げていたが、ウィンダミアはとりあえず小規模な竜巻を起こし、土煙を晴らす。

 だが、遅かった。


「……あれ、セイヤは?」


 土煙が晴れた場所に立っていたのは、冷たい目をしたヒジリだけ。

 セイヤはいなかった。

 エクレールは、首を傾げながらヒジリに聞く。


「ねぇあなた。セイヤは?」

「…………」

「聞いてるの?」

「さぁ? 主は狩人……獲物を前に姿を晒すようなことはしません。姿を現すのは、あなた方が死体になって転がった瞬間でしょうね」

「ふーん……じゃあ、あなたを拷問しておびきだそっか!」

「───くす」


 ヒジリは、馬鹿にしたように嗤った。

 その笑いが、ウィンダミアには不快に見える。


「んだてめぇ……何がおかしい」

「いえ……ふふっ、あなた方程度が私を拷問? 馬鹿すぎて笑えます」


 ピシィ───と、エクレールとウィンダミアから殺気が。

 ヒジリは、その場から半歩ずれた。


「無駄です。この程度の小細工、通用しませんよ」


 ヒジリが立っていた地面が、サラサラの砂になっていた。

 会話中を狙ったアストラルの『流砂穴サンドホール』という魔法だが、ヒジリには通じない。


「なるほど。これが魔力……なんとなくわかりました。少し調整が必要ですが、慣れればなんとか」

「スカしてんじゃねぇぞ!!」


 切れたウィンダミアが風を纏い、なんと地面を滑空して向かって来た。

 風を使った高速移動。緩急を付け左右に動き相手を惑わす『緩急滑空グラインダー』というウィンダミアの技だ。

 恐るべき移動法。あまりの速さに分身したかのように見える。


「幼稚ですね」

「ごふっ!?」


 ズドン!!と音が響いた。

 ヒジリはその場から一歩も動かず、真横に拳を突き出しただけ。それだけで、ウィンダミアの接近と奇襲を完全に打ち破った。


「どんなに緩急を付けて移動しても、死角を狙って一撃を加えようとする魂胆が見え見えです。動くまでも、躱すまでもない。それにあなたの拳は風が渦巻いている。空気の流れでどこから攻撃を仕掛けてくるかなんて丸わかり、カウンターを合わせることなんて目を閉じても可能です」


 まるで、小馬鹿にしたような授業だった。

 蹲り吐瀉物をまき散らすウィンダミアを冷たい目で見降ろしていた。

 すると、両手の平に紫電を集めたエクレール、その後ろには全身筋肉ダルマのクリシュナが迫っていた。


「おばあちゃん!!」

「あいよぉぉぉぉっ!!」


 クリシュナが飛び、エクレールを飛び越える。

 拳を握り、ヒジリに狙いをつけ、そのまま拳を振り下ろした。


「マッッスルゥゥゥぅぅっ!! 『衝撃メテオ』!!」

「───っ」


 ヒジリはクリシュナの拳を躱し背後へ跳躍。

 クリシュナの拳が大地を揺らした。そこへエクレールが手のひらを重ね、両手の雷を増幅させ、ヒジリに向けて放つ。


「『雷電砲エル・ジハド』!!」

「…………」


 エクレールの両手から発射された雷の光線が、ヒジリの左手を肘の先から炭化させた。

 クリシュナとエクレールから距離を取った瞬間───ヒジリの立つ地面が泥化する。


「『泥地グランドロ』……ひひ、気付かなかったっしょ?」

「ではこちらも『氷槍雨アイシクルレイン』!!」

「くっ……」


 フローズンが用意していた氷の槍が、ヒジリの頭上から雨のように降り注いだ。

 氷の槍は、ヒジリの腕や背中、肩に突き刺さり血が噴き出す。

 ヒジリは泥から脱出し、聖女たちから距離を取った。

 その様子を見たオージェが言う。


「……連携を取れば仕留められそうですね。皆さん、私の指示に」


 オージェが、聖女たちに指示を出していた。

 ヒジリの身体は『再生リヴァイブ』の力で瞬時に治る。だが、一対六という状況は不利。

 ウィンダミアも回復し、近距離ではなく中距離の攻撃に切り替えるようにとオージェから指示を受け、ヒジリを囲うようにエクレール、ウィンダミア、クリシュナが立つ。

 その後ろには、フローズンとウィンダミア。指示を出すオージェ。

 クリシュナが、ニヤリと笑い叫ぶ。


「セイヤ!! 出てこないとこの小娘を捻り殺すよ!! 何を狙ってんだか知らねぇけど、さっさと出てこないとどうなっても知らないよ!!」


 勝利を確信したような言い方だった。

 これに、ヒジリは苦笑する。


「ふふっ……馬鹿ですね。主は出てきません。主は、私があなたたちを叩きのめし、油断した瞬間を狙っているのですから。鷹の目で遥か後方から私たちを見て、蛇のような執念で隙を伺い、狼のように狩りをする……」


 エクレールが笑う。


「あははははっ!! あのセイヤが? 弱虫であたしたちをずーっと恐れてたセイヤが? 馬鹿ねぇ……セイヤは、これからもずっとあたしたちのモノなんだから!!」

「馬鹿はあなたです。さて……あちらの聖女様を埋葬してやりたいので、そろそろ終わらせます」

「あぁん?」

「一つ、教えてあげます。なぜ私が四肢を切り落とされ、捨てられたのか……」


 ゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾ───。

 

 一瞬で、クリシュナの背中に冷たい汗が流れた。

 ヒジリの空気が、雰囲気が変わった。

 長い黒髪が生物のように揺らめいた。

 エクレールも、フローズンも、ウィンダミアも、アストラルも、オージェも感じた。

 ヒジリ。こいつは……バケモノだと。


「この力、素晴らしいです……『禁忌』冒してもすぐに治る……主、感謝します」


 ヒジリの身体から、血管と神経が浮き上がった。

 目が、真っ赤に充血した。

 心臓の鼓動が、エクレールたちにも聞こえるくらい大きくなった。


「ば、ばか……な」


 クリシュナは、知っていた。

 半世紀前。最強の聖女と呼ばれ『無敵聖女』という二つ名が付いていた自分が、唯一負けた存在。

 肉体改造、肉体変異、暗殺術、格闘術、暗器に優れた、聖女たちですら手を出さない最強の戦闘種族。


「お……『鬼夜叉オーガ』一族、だと……馬鹿な」

「ああ、ご存じでしたか。なら、話は早い」


 ヒジリの心臓が爆破でもするのかというくらい早くなり、髪が揺らめき、目が真っ赤になった。

 全身の神経と血管が浮き上がり、肌が真っ赤に変色する。

 その姿は、『鬼』にしか見えなかった。

 クリシュナは真っ蒼になりながら叫んだ。


「全員気を抜くなぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! このガキ、とんでもないバケモノだよぉぉぉぉぉっ!!」


 クリシュナたちは、ヒジリに気を取られ失念していた。

 もう一人のバケモノが、矢を番えていることを。



  ◇◇◇◇◇◇



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