聖女の襲撃

 ヤヌズの町から出発した俺とヒジリは、街道を歩いていた。

 マジョリーたちを倒して数時間……最初は無言で歩いていたが、これまでの情報を整理するため、俺とヒジリは話しながら歩く。


「俺のこと、聖女の希望とか言ってたな」

「はい。推測ですが、主は聖女にとって特別な存在ということです」

「まぁ……特別っちゃ特別か」


 聖女の胎から生まれた唯一の『男』だしな。

 でも俺、魔力は少ししかないし、聖女みたいに何かに特化した魔法を使えるわけじゃない。

 こんな俺が希望とか……わけわからん。


「主、これからは聖女にも気を付けるべきかと」

「ああ。どこに聖女がいるかわから───」

「主?」


 俺は立ち止まる。

 ヒジリも止まり、俺を見ていた。

 俺は前を見て気が付いた。


「…………あの感じ、聖女か」


 『鷹の目』で前方を確認。

 距離1500。女が二人。服装や挙動で一般人ではないと判断する。

 俺はヒジリに聞く。


「ヒジリ、頼みがある」

「何なりとお申し付けください」

「距離1500。たぶん聖女が二人いる」

「───さすがに、見えません。主が言うなら間違いないでしょう」

「ああ。そこでお前に頼みだ……いいか?」

「はい」


 さっそく、俺はヒジリに『お願い』をした。


 ◇◇◇◇◇◇


 ヒジリは一人、街道を歩いていた。

 街道の先にいたのは……二人の女性だ。

 一人は、落ち着きを感じさせる長い灰髪。もう一人は活発そうな短髪の女性だ。


「おい、お前」


 すると……短髪の女性が、ヒジリを呼び止めた。

 ヒジリは返事をせずに立ち止まる。


「お前、一人か?」

「はい。私は冒険者です。この先にある町で依頼を受けるために旅をしています」

「ふーん……」

 

 短髪は、そこで相棒の女性に声をかける。


「どうする?」

「……そうね。冒険者なら使えるかも……それに、女の子。長い間家畜の扱いを受けていたセイヤなら、飛びつくと思うわ」

「だな。よーし決まり」


 話が終わると、短髪がヒジリに言う。


「さっそくだけどよ、お前には『人形パペット』になってもらうぜ」

「……パペット?」

「ああ。こいつの魔法……人間を意のままに操る『人形パペット』の聖女の力でな、『神の子』セイヤを探してほしいんだ」

「ふふ、痛くありませんわ。すぐに終わります……」


 灰髪の女がヒジリに手を伸ばした。

 おそらく、触れることで魔法を植え付けるんだろう。

 ヒジリは動かない。聖女の言葉は絶対で、男はもちろん、同性でも拒否できない。

 灰髪の女の手が、真っすぐ伸ばされる。

 

「悪いな。目的を達成したら解放する。それまで我慢しろよ」

「ねぇ、あなた男性経験ある? なかったらごめんね───」


 ───次の瞬間、灰髪の女の右腕が肩から千切れ飛んだ。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!?」

「───え?」


 伸ばした掌から矢が突き刺さり、肩をちぎり飛ばした。

 灰髪の女は肩を押さえてゴロゴロ転がる。

 短髪の女は何が起きたか理解するのに時間がかかり───。


「てめ、なに───」


 ヒジリを責めようとした瞬間、両足が吹き飛んだ。


「あ、ガァァァァァァァっ!?」


 ヒジリは、何も言わずに女二人を見下ろしていた。

 そして……ゆっくりと、誰かが近づいてくる。


「終わったか」

「はい。戦意喪失。戦闘は不可能でしょう」


 セイヤだった。

 ヒジリと聖女二人を会話させ、敵意を確認してから矢で射ったのだ。


「そうか……で、やっぱり」

「はい。狙いはやはり主でした」

「……くそ」


 セイヤが、血まみれで震えている聖女を見下ろした。

 右腕と両足を失った聖女は、魔力を切断面に集中させて失血死を防いでいる。セイヤの少ない魔力じゃ絶対にできない方法だ。


「おい、お前ら。狙いは俺か?」

「な、て、てめぇ……くそが」

「なんで俺を狙う。俺は何もしていないぞ」

「ふっざ、けんな!! てめぇを聖女神教に連れていけば、大金がたんまりもらえるんだ!! てめぇがヤルダバオト様の息子、後継だって」

「後継……俺が?」

「そうだ。てめぇは聖女たちの希望だってよ……っぐ」

「…………」


 セイヤは、自分を睨む聖女を冷たい目で見降ろした。


「なぁ、聖女で一番偉いのは?」

「は、はぁ?……そんなの、アレクサンドロス聖女王国のアナスタシア様に決まってんだろ。その次が聖女神教のクレッセンド様……」

「……わかった」


 その名前を胸に刻み、セイヤたちは歩きだした。


 ◇◇◇◇◇◇


 それから、聖女たちを避けようと地図を見ながら裏道を進む。

 街道を通れば真っすぐ行けただろうが、無駄な戦闘を省き北上し、アレクサンドロス聖女王国の領地から脱出を試みる。

 セイヤは、バルバトス帝国で炭鉱夫になることを決めた。

 聖女の国で炭鉱夫になんてなれない。こんな追われる生活が続くのは気が休まらない。

 そんなことを考えながら十日後……ようやく、国境近くの町が見えた。


「あそこが国境か……いよいよ、バルバトス帝国領土だ」

「主の夢の土地、ですね」

「ああ。お前の復讐は……」

「大丈夫です。必ずどこかで会える、そんな気がしています」


 セイヤは、ヒジリと二人で国境の町に向かった。

 ヤヌズの町よりも大きいので、町に入って身を隠せばそう簡単に見つからないだろう。

 それに、セイヤには自信があった。


「なんとなく、聖女ってのは匂いでわかる。偉そうで傲慢そうな女が聖女だ」

「わかり、ました……?」

「……まぁ、俺が警戒しているから大丈夫」


 ヒジリは首を傾げつつ返事をしたので、セイヤは苦笑した。

 国境の町は、かなり賑わっている。不思議と女が中心ではなく、男も生き生きとしていた。

 

「ここは、聖女の影響が薄い土地のようですね。バルバトス帝国領土が半分、アレクサンドロス聖女王国の領土が半分の、中立都市だからでしょうか」

「たぶんな。さて、買い物してメシ食って───」


 ここで、セイヤは感じた。

 ゾワリとした、粘つくような視線。

 国境の町。中央街道……町の中心のメインストリート。

 セイヤたちの正面に、いた。


「み~つけた♪」

「───ぁ」


 見覚えのある顔だった。

 薄紫のツインテール。右手にバチバチと紫電を纏わせた女。

 セイヤを見て、にんまりと笑った。


「エク、レール……」

「やぁ~っと見つけたぁ……もう、手間かけさせないでよぉ」


 エクレール。

 彼女だけじゃない。

 エクレールと一緒に並ぶ、三人の少女。


「こんなところまで……ふふ、おいたが過ぎますわね」

「へへ、覚悟しやがれセイヤ!!」

「はぁ~……楽しい実験の開始ですぅ♪」


 フローズン、ウィンダミア、アストラル。

 いつの間にか、周囲には……二十人以上の女たちがいた。

 全員が、聖女だ。

 そして、その聖女たちを従えるように、一人の老婆と女性が前に出る。


「ようやっと見つけた。ったく、このクソガキめ……バルバトス帝国になんていかせないよ!!」

「お母さん、興奮しないで。もう連れて帰るだけですから」


 聖女村の村長クリシュナ。エクレールの母オージェだ。

 完全に、包囲された。

 しかも相手は、セイヤを苛めていた聖女村の連中だ。


「あ、あ……」

「主、しっかり!! ここを切り抜ければ、炭鉱夫の夢が叶うんです!! しっかり!!」

「───っ!! っは、はぁ、はぁ!!」


 セイヤは、大汗を掻いていた。

 久しぶりに会ったせいか、過去のトラウマがよみがえる。

 虐められていた思い出。痛み。すべてがセイヤをえぐる。

 クリシュナは、セイヤに手を差し伸べた。


「今ならお仕置きしないでやる。大人しく帰るよ」

「…………」


 差し伸べられた手は、なぜか優しく見えた。

 その手を取ってしまいそうになる。

 

「さぁ」

「…………」

「主!!」


 ヒジリが、セイヤの手を掴んだ。


「あれはまやかしです。主、しっかり自分を見つめてください!!」

「ヒジリ……」

「主の夢は、炭鉱夫でしょう? しっかりしてください!!」

「…………そう、だった」


 セイヤの夢。

 幼いころからあこがれていた、炭鉱夫。

 男の仕事を夢見ていた。

 セイヤは、深呼吸してクリシュナに言った。


「もう、俺は帰らない……俺は炭鉱夫になるんだ!!」

「…………今までの恩を忘れて、手のひら返しやがって、このクソガキが!!」

「うるさい!! ははっ……もういいや。やるぞヒジリ」

「───はい!! 私も、本気で戦います」


 セイヤは弓をロッド形態に、ヒジリは拳を構える。

 だが、クリシュナは鼻で笑った。


「大馬鹿め。こっちは二十人以上いる……どうあがいたってお前に勝ち目はないんだよ!!」


 そう言った瞬間───セイヤとヒジリの周りが『炎』で包まれた。

 

「うぉぉっ!?」

「炎……?」


 真っ赤な炎だった。

 だが、不思議と熱は感じない。どこか包み込むようなやさしさを感じた。

 そして……セイヤたちの前に、一人の女性が落ちてきた。

 

「よく言ったよ。それでこそあたしの弟子だ」

「あ……アスタルテ」


 セイヤの師匠で元聖女、アストラルが現れた。

 炎が消え、アストラルは剣を抜いてクリシュナに突きつける。


「ババア。親友との約束を果たすため……あたしはセイヤに付く」

「き、貴様ぁ……!!」


 クリシュナは青筋を浮かべ、聖女たちに命令した。


「アスタルテと小娘を殺せ!! セイヤのガキは半殺しだよ!!」


 国境の町で、セイヤ因縁の戦いが始まった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る