逃亡、そして
ヒジリを掴んだまま屋根を走り回り、町の裏路地に逃げ隠れた。
ちくしょう。依頼を受けようとしたのに追われるなんて。
それに、聖女……くそ、聖女聖女、聖女聖女……くそが!!
「ちくしょうが!!」
「主……」
「聖女なんて大嫌いだ……!! ちくしょう!!」
俺は、地面に転がっていた石を蹴った。
石は家の壁にぶつかって跳ね返り、ヒジリの義足にぶつかってカーンと音を立てる。
ヒジリは、俺に聞いた。
「主、聖女に追われる理由をお聞きしてもいいですか?」
「…………情けない話だぞ」
「構いません。それに、私は主を情けないとは思いません」
「思うさ。情けない、聖女村に生まれた男の話さ」
俺は、ヒジリに話をした。
聖女村に生まれた忌み子セイヤ。聖女の胎から生まれたあり得ない男。村では家畜のように扱われ、幼馴染たちから暴力、虐めを受ける毎日。
アスタルテとの出会い。修行……そして、成人の儀の日に村を逃げたこと。そこでヒジリに出会い、今こうしてここにいること。
「なるほど……だから男性に出会ってあんなに感動していたんですね」
「ああ。俺は俺以外の男を知らなかった。だから炭鉱夫になって、男の世界で暮らしたいんだ」
「そうでしたか……忌み子とは、これも運命でしょうか」
「あ?」
「いえ……」
ヒジリは、俺に頭を下げた。
「私は、主に付いていきます。私の復讐を手伝ってもらわないと」
「……そうだな」
「はい。では、町を出ましょう。次はどこへ?」
「そうだな……」
俺は地図を広げる。
北が山脈地帯で大きな町がいくつかあり、炭鉱もある。
アスタルテ曰く、『北の山脈地帯は聖女の影響が薄い』らしい。国境があり、アレクサンドロス聖女王国領土から出れば、当面は安全だ。
「北に向かおう。小さい町や村を経由して、アレクサンドロス聖女王国領土から出よう」
「なるほど。バルバトス帝国領土へ入るのですね」
「ああ。その国のことはよくわからないけど……知ってるか?」
「多少は。確か、『男』の治める大国……だったような」
「マジで!?」
がぜん、やる気が出てきた。
男の国。いいね、最高すぎる。
「……お前の復讐だけど」
「大丈夫です。私の一族は各地を転々としています。いずれどこかで出会うでしょう」
「……わかった。じゃあ、行くか」
「はい。宿に荷物を取りに行きましょう」
「ああ」
俺とヒジリは再び屋根に上り、屋根伝いに宿へ向かって荷物を回収。
大通りは冒険者たちが俺たちを探し回っている。
『鷹の目』で周囲を確認しつつ、町の外へ。
町は城壁で囲まれているが、魔力を使った身体強化なら楽々飛び越えられた。
そして、ようやく町の外へ。冒険者たちはまだ俺たちが町にいると思っているはず。
「だから、町の外に出れば安全───かい?」
「え……」
「主!!」
ヒジリが叫ぶと同時に、真横から衝撃が───。
「チッ……」
舌打ちが聞こえた。
ヒジリが俺に抱きつくように地面に倒れた。
そして気付く。ヒジリは俺を突き飛ばしたのだ。
町の外に隠れていたマジョリー、そしてもう一人の聖女の攻撃から。
「ヒジリ!! おい、大丈夫か!?」
「はい、なんとか……」
立ち上がり、周りを見た。
外壁から飛び降りたので背後は町の壁。正面にはしわくちゃの中年女性が煙管をふかし、左には植木鉢を持った男たちとマジョリー、右にはルルティアと数人の女性冒険者。
囲まれた。というか……どうして、俺がここに飛び降りるってわかったんだ。
「主、戦いは避けられそうにありません……前衛はお任せを」
「……ああ」
俺はコンパウンドボウをロッド形態へ。
すると、正面のけばけばしい煙管女が言った。
「初めまして。『神の子』セイヤ……あたしはこのヤヌズの町長プルーン。『
「……なんで俺を狙う。ってか、神の子?」
「そうさね。あんた、自分の価値に気付いていない。あんたは聖女にとって『夢』そのもの。このアレクサンドロス聖女王国にとっては大きな『宝』さ」
「……はぁ?」
「あんた、聖女から生まれた『男』だってね? 村じゃ忌み子とか言われてたけどそうじゃない。あんたはヤルダバオト様の息子、あたしら聖女の希望さね」
「……聖女の希望?」
「そう。あんたは希望……どうだい? あたしと一緒に来ないかい?」
「…………」
プルーンはにっこり笑い、俺に手を差し伸べる。
希望? 俺が……聖女の希望?
なんだそれ。はは……希望だってよ。
「ふざけんな。聖女の希望? はは……俺がこの十五年、どんな風に生きてきたか知ってんのか? はっきり言う。俺は聖女なんて大っっっっ嫌いだ!!」
「…………」
俺は中指を立て、プルーンに言った。
「消えろよ。クソ聖女……お前らの希望だ? そんなもんクソ喰らえだ!!」
ずっと、言えなかった。
聖女は、俺を苛めて暴力をふるう存在だ。
でも……聖女村を出た俺は、初めて聖女に逆らった。
それがとても気持ちよく、すがすがしかった。
すると、ニコニコしていたプルーンの顔が急に険しくなった。
「下手に出てりゃこのガキ、舐めんじゃねぇぞ!!」
「はっ、手のひら返しかよ……いいぜ、やってやる。俺はもう聖女に屈しない。今までやられた分、倍にして返してやる!!」
コンパウンドボウをくるくる回し、プルーンに突きつける。
すると、ヒジリが拳を構え突きつけた。
「お付き合いします、主……一緒に戦いましょう!!」
マジョリーが手をあげると、男たちが植木鉢を掲げた。
「プルーン。生きてりゃいいだろ?」
「そうさね。聖女の恐ろしさを知らない世間知らずのガキにお灸を据えな!!」
「ふん。おいガキ、この『
そして、ルルティアが拳をゴキゴキ鳴らす。
「そこの黒髪、あんたに殴られた借り、返させてもらうよ」
「それはどうも。では、もっと殴って差し上げましょう」
ルルティアの武器は拳。
ヒジリが向き合い構えを取った。
こうして、俺とヒジリと聖女たちの戦いが始まった。
◇◇◇◇◇◇
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