聖女との戦い

 ヒジリが飛び出すと、ルルティアの側近である女性冒険者も飛び出した。

 数は二人。一人は剣、もう一人は槍を持っている。

 だが、ヒジリは臆することなくルルティアへ。

 槍を持った女性冒険者がヒジリに向かって槍を突き出した。


「だだだだだだだだだだだっ!!」

「───」


 ヒジリは最小限の動きで槍を躱す。

 だが、ヒジリは舌打ちし、向かってくる槍を右の義手で叩き落した。

 これに、女性冒険者は驚愕する。


「やはり、生身のようには動けませんね……」


 そう呟くと同時に、真横から剣を持った女性冒険者が斬りかかる。

 それを、半歩ずれて回避。そのまま半回転し、女性冒険者の顔面に蹴りを叩き込む。

 すると、剣を持った女性冒険者が吹っ飛んだ。


「……いくらこの義足でも、本気を出せば壊れてしまう。全く、ままならない」

「このっ!!」


 ヒジリは突き出された槍を最小限の動きで躱し、カウンターの要領で顎にアッパーカットを叩き込んだ。

 槍の女性冒険者の顔が跳ねあがり、そのまま吹っ飛び気絶。

 一連の動きを見ていたルルティアは、パチパチと拍手した。


「やるねぇ……お嬢ちゃん、かなりの使い手だ」

「それはどうも。ですが、本来の実力の十分の一以下しか力を発揮できないのです。あなたは、そんな状態の私よりも強いのでしょうか?」

「はっ……お嬢ちゃん、どこの田舎出身か知らないが、聖女を舐めないほうがいいよ?」


 ルルティアの拳が、妙な《モヤ》に包まれる。

 ヒジリも、聖女のことは知っている。この世界で唯一、魔法と言う奇跡を扱う存在だ。

 どんな能力を持った聖女でも、決して侮れない。


「あたしは『衝撃インパクト』の聖女。あたしの一撃、舐めない方がいい」

「御託はいいのです。主の道をふさぐ厄介な相手は、私が排除します」


 ルルティアとヒジリは互いに構え、互いを無力化するべく激突する。


 ◇◇◇◇◇◇


 セイヤはコンパウンドボウをロッド形態にして、プルーンに向かって走り出す。

 プルーンの両手には、小さな風が渦を巻いていた。


「あたしは『こがらし』……冷た~い風さ」

「…………」


 セイヤは無視。周囲を確認し、利用できるものを探す。

 近くに大きな岩。登れそうな木々。どこかの商人が使った荷車。背後はヤヌズの町の壁。

 セイヤの頭に、アスタルテの教えが浮かぶ。


『利用できる物はなんでも利用しろ。視界に入る物全てがお前の武器だ』

 

 そして───セイヤを狙い、『蔦』が飛んできた。

 男たちがバラバラに動きだし、手に持った植木鉢をセイヤに向ける。

 すると、植木鉢の樹から蔦が伸び、セイヤを捕らえようと蛇みたいに動いた。


「ちっ───」


 舌打ちし、右手を反らし仕込みブレードを展開。伸びる蔦を切り払う。

 

「さぁさぁ男ども、動きな動きなぁぁぁーーーっ!!」

「「「「「へい、マジョリー様っ!!」」」」」


 セイヤは躊躇った。 

 蔦を潰すには男の持つ植木鉢……そして、男を倒すしかない。

 でも、自分の仲間で同類の男を倒すことに、躊躇いを覚えていた。


「『秋の凩オータム・リーブス』」

「えっ───うわぁぁぁっ!?」


 その一瞬が、セイヤに痛みとして返ってきた。

 プルーンの両手から放たれた『冷たい風』が、セイヤに向かって放たれた。

 冷たい風はセイヤを包み、髪の一部と指先を凍らせる。


「くっ……さ、寒いっ」

「単純な『氷結』より効くだろう? ははは、少しずつ凍らせてやるよ!!」


 セイヤは凍り付きそうに冷えた指先を口に入れて舐めた。

 口の中は暖かい。感覚を取りもどすまで逃げることにした。

 そして、再びアスタルテの言葉が思い浮かぶ。


『セイヤ。男のお前が唯一聖女に優る部分、わかるか?』

『え……んー、なんだろう?』

『体力だよ。アレクサンドロス聖女王国直属の聖女部隊なら話は別だが、町にいる『背信の輩』……あー、野良聖女は、魔法に頼りきりな軟弱者が殆どだ。追ってこなくなるまで逃げるのもいい手だね』

『ふーん……覚えておく』


 セイヤは、男たちと同じように動きだす。

 ただし、こちらは普通とは違う。

 全身に魔力を漲らせ動く。普通の男とは次元の違う動きだった。

 そして、セイヤは覚悟を決める。


「───ごめんなさい!!」

「がぶっ!?」


 セイヤは、コンパウンドロッドを振り、植木鉢を叩き割った。

 同時に、ロッドは男の腹にめり込む。魔力で強化した腕力は伊達じゃない。

 同じように、残りの男と植木鉢を全て破壊する。


「ったくだらしないねぇ!! 木々よ、あたしの声に応えな!!」

「冷た~い風よ、あのガキを固めちまいな!!」


 恐らく───この二人は聖女の中でも弱い部類。

 セイヤはそう結論付け、動き回りながら矢を抜いた。

 まず、マジョリーから潰す。


「二度も同じ手は食わないよっ!!」


 跳躍し、空中で矢を番え射る。

 二本飛んだ矢はマジョリーの足を狙ったが、プルーンの凩に軌道を変えられ、さらにマジョリーの背後にあった樹から伸びた蔦に掴まれた。


「───っ!!」


 セイヤは着地する。

 そして、再び動いて狙いを付けさせない。

 プルーンの凩、マジョリーの蔦がセイヤを狙っていた。


「…………よし」


 まず、プルーンを潰すことにした。

 セイヤは矢筒のツマミをまわし、特殊な鏃を選択───矢に装着し、抜いた。

 

「はっ、何発射っても無駄さね!! あたしの凩で軌道を変えてやるよ!!」

「…………」


 セイヤは、余計なことを話さない。

 セイヤは矢をプルーンに向け……プルーンに見えるように狙いを変えた。


「あぁん? 何考えてるか知らないけどね、どこを射ろうがあたしには届かないよ!!」

「知ってる」


 セイヤは、矢を放つ。

 狙いは───プルーンの近くにあった大岩。

 

「は、どこ狙って───」


 矢が着弾すると同時に爆発───岩が砕け散り、大量の破片がプルーンの全身をブッ叩いた。破裂鏃マインスロアーの威力はかなりある。

 血塗れになったプルーンが吹っ飛び、地面を転がる。

 マジョリーは、思わずプルーンを呼んだ。


「あぎゃがぁぁぁぁぁぁっ!?」

「プルーン!? このガ」


 セイヤは、すでにいなかった。

 爆発の衝撃音。吹っ飛ぶプルーンに樹を取られたマジョリー。

 そう。姿が見えなければ蔦を伸ばしても意味がない───一度、セイヤに敗れた原因だった。


「───しまっ」


 気付いた時にはもう遅い。

 弦を絞って威力を増した矢が、プルーンの右膝に突き刺さり、右足が吹っ飛んだ。


「うぎゃぁぁぁぁぁっ!? あ、あしぃぃぃぃっ!?」


 痛みでゴロゴロ転がるマジョリー。

 セイヤは、放置された荷車の真下から這いずって姿を現した。

 プルーンは全身打撲に破片による出血、マジョリーは右足の喪失……マジョリーは近くの樹の蔦を伸ばし、足の断面を縛って止血した。

 プルーンも、ガクガク震えながら体を起こす。


「が、がきぃ……な、なんて機転の利く」

「まだやるか?」

「……ち、くしょうが!! せっかくの、せっかくのチャンスなんだ!! あんたを聖女神教に突き出せば───」

「そうさね!! プルーンの言う通り、あたしらに従いな!! 男は女のために生きる家畜じゃないか!! こんな歯向かって生きていられると───」


 プルーンとマジョリーは、最後まで言えなかった。

 ゾワリ、ゾワリと───得体の知れない『圧』が、セイヤから発せられていたのだ。


「───聖女聖女、聖女聖女、ってか」


 セイヤの目が───虹色になっていた。

 不思議な光彩の虹色だった。揺らめき、飲み込むような虹色。

 

「いい加減にしないと───殺すぞ」


 プルーンとマジョリーは、それ以上何も言えなかった。

 そして、ドサッと何かが崩れ落ちる音がした。


「主、お疲れ様です」

「ヒジリ……大丈夫か?」

「はい。なんとか」


 ヒジリの足下に、ボコボコにされたルルティアが転がっていた。

 口をパクパクさせ、両腕がおかしな方向に曲がっている。

 ヒジリは、落ちていた荷物を拾った。


「主」

「ああ、行くか」


 セイヤとヒジリは歩きだす。

 プルーンとマジョリーは追うこともできる。だが……もう追えなかった。

 追ったら死ぬ。

 全身から、冷や汗が止まらない。

 そして……口をパクパクさせていたルルティアが言った。


「ば、け……も……の───」


 セイヤとヒジリの旅が、再開した。



  ◇◇◇◇◇◇



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