成人の義。出発、脱走

 成人の義、当日。

 俺は、朝から小屋に閉じ込められていた。

 外からは、クリシュナのババアがキーキー声で叫ぶ。


「いいかい!! 絶対にここから出るんじゃないよ!! お前みたいな忌み子、ヤルダバオト様の視界に入るだけで汚れるわ!!」

「はい……わかってます」

「ふん!! ったく、こんなめでたい日に陰気なガキだね……」


 悪態をついてクリシュナは去った。

 今日は朝から聖女たちがめかしこんでいる。さすがのエクレールたちも、俺に構う暇がない。

 俺は、荷造りを終えていた。

 荷造りと言っても、本が数冊とわずかな着替えだけ。カバンなんてないので、今まで敷いていたゴザを破って包んだ。

 小屋の窓を少しだけ開けると、すでににぎやかな声が聞こえた。


「どう、このドレス!!」「綺麗……それに化粧も」

「ああ、聖なる神ヤルダバオト様!!」「私、お会いするの初めて!!」


 聖なる神ヤルダバオト。

 聖女を生み出した神。全ての聖女の父。この世界ではない、空の上に住んでいるとか。

 世の中の聖女と女があこがれる『男』で、それ以外の男は『雄』、それか『種馬』というのが聖女の認識だ。

 くっだらない……この世界は女の物じゃない。

 俺は小さく息を吐き、アスタルテの言葉を思い出す。


『いいか。成人の義当日は朝から来賓を迎えるために聖女たちは忙しいはず。会場は村の大聖堂、新人聖女たちは着飾ってそこに集まり、神……ヤルダバオトを、各国の来賓を迎えるはずだ。逃げ出すチャンスはそこしかない』

『わかった。でも、逃げるってどこに……』

『まずはこの森に来い。そこで装備を整えてから地図をやる。聖女の影響が薄い山岳地帯へ向かうルートを記しておいた。そこへ向かって炭鉱夫になれ』

『……わかった』


 炭鉱夫への道が見えてきた。

 俺は小屋の中で軽く身体をほぐし、外の音を注意深く聞く。

 そして、二時間ほど経過───魔力で視力を強化……アスタルテが命名した『鷹の目ホークアイ』で注意深く外を観察した。

 目に映る映像は全て情報。水に反射した景色、ガラス、鏡……それらを見れば、どの位置に人がいるかわかる。


「…………いない」


 村が静かになり───とんでもない叫び声が聞こえてきた。

 俺は小屋を出て、魔力で脚力を強化しエクレールの家の屋根へ飛び乗る。

 声の方角……村の教会を見ると、大勢の着飾った聖女たちが集まっていた。

 数からして住人だけじゃない。外から来た聖女も大勢いた。


「そっか、神……」


 神ヤルダバオトとかいうのが来てるんだっけ……待てよ、全ての聖女の父ってことは、俺の父親でも……なーんて、どうでもいい。

 今は、絶好のチャンスだった。

 なぜなら、村の中は誰もいない。馬車が止まっているが空っぽだ。

 俺は荷物を持ち、小屋から、エクレールの家から、聖女村から脱走し森へ向かった。

 振り返りはしない。


 だって、この聖女村には……何の未練もなかったから。


 ◇◇◇◇◇◇


 森に入ると、アスタルテが待っていた。

 いつも通り、ほぼ無表情だ。だが、足元には大きな袋が置いてあった。

 俺は、挨拶もなしに近づく。


「……これは?」

「お前の装備一式だ。着替えろ」

「え……」


 袋を開けると、新品の服が入っていた。

 新しい服なんて初めてだ……さっそく着替える。

 灰色の上下に皮のベストとブーツ、皮のベルトはナイフが収納できる。

 新品のコンパウンドボウ、矢筒は少し大きく妙な形状をしていた。


「弓はオリハルコン合金製。弦もオリハルコン製だから切れることはまずない。だが整備点検は欠かすなよ。矢筒は五十本矢を収納できて、ノズルを回せば鏃は特殊な物に換装できる」

「特殊な、鏃?」

「そうだ。炸裂弾、煙幕、ロープ弾……特殊弾は町の武器屋に依頼すれば作成可能だ。形状が特殊だから図面を入れてある。それを見せて依頼しろ」

「…………」


 俺は暗器のブレードを出し入れした。

 最後に、深緑色のフード付きマントを着る。これを被れば顔も隠せるな。

 そして、袋の中にはカバンも入っていた。それに旅の荷物を入れていると、大きな袋が出てきた。


「これは……」

「餞別だ。好きに使え……盗まれるなよ」

「……うわっ!? こ、こんなに!?」


 中から出てきたのは白金貨だった。

 この世界で最上級硬貨の白金貨。一枚で家一軒建つ白金貨が五十枚以上入っている。

 大金なんてものじゃない。


「使う時は両替をしろ。それと、地図を開け。まずはこの森を抜けて《はぐれ街道》へ出ろ。その名の通り普通の街道ではない裏道だ。そこを北上して《ヤヌズの町》へ行け。少し遠い道のりだが、その町から炭鉱へ行けるはずだ」

「わかった……よし」


 地図を畳み、ポケットへ。

 俺は、アスタルテを正面から見た。


「最後に教えてくれ。どうしてここまでしてくれるんだ?」

「……知ったら、お前は私の敵になる、と言ったら?」

「…………」

「行け。それと……せっかく鍛えてやったんだ。死ぬんじゃないぞ」

「……うん」


 俺はアスタルテに手を伸ばす。

 アスタルテはその手をじっと見て手を伸ばし───俺の手を掴んで引っ張った。


「うわっ!?……え」

「……これくらいはいいだろう?」


 アスタルテは俺を抱きしめ、額に口づけをした。

 

「覚えておけ。女は男にキスをする。キスをするのは……愛の証だ」

「……あい?」

「好きってことさ。それと……お前の『枷』は外れた。お前は自由だ」

「あ……」


 アスタルテから離れると、身体が一気に軽くなった。

 それどころか、力が増している。

 魔力も一気に増えた気がした。


「『烈火錠』を外した。それが真のお前だ。さぁ……行ってこい、セイヤ」

「アスタルテ……うん、ありがとうございました!!」


 俺はアスタルテに頭を下げ、森の奥へ走り出した。


 ◇◇◇◇◇◇


「はっ、はっ、はっ───」


 俺は走った。

 走っても走っても疲れない。

 今まで俺を苦しめていた呪いが消え、恐ろしく身体が軽い。


「~~~~~~っ!!」


 俺は自由だった。

 走り、跳躍して木を蹴って枝の上に、そして枝を伝って飛ぶ。

 修行を初めて七年。俺は……自由を手に入れた。


「っっっしゃぁぁぁぁ───っ!!」


 俺は叫んだ。

 長く見た夢が、炭鉱夫の夢が、男に会う夢が、すぐそこまであった。

 何分走っただろうか。

 五分? 十分?……どうでもいい。

 だって、森の出口が見えたから。

 森の出口からは光がさしている。それが俺には祝福の光に見えた。


「行くぞ、炭鉱───!!」


 待ってろよ、男の世界……俺は炭鉱夫になる!!

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