第二章
聖女の父ヤルダバオト
聖女の村・成人の儀。
今日は成人聖女たちにとって特別な日。
『聖女神教』の司祭たち、アレクサンドロス聖女王国の重鎮たちが祝いに来た。
それだけじゃない。全ての聖女たちの父、神ヤルダバオトが、雲の上に浮かぶと言われている離宮から地上に降り、聖女たちを祝福しに来たのだ。
聖女村にある大神殿に、着飾った成人聖女たちが集まり、神殿の外には聖女村に住む聖女たちが、年代問わず集まっていた。
成人の儀。
聖女神教の司祭やアレクサンドロス聖女王国の重鎮たちが、成人の祝辞を述べているが……どうも全員が上の空だ。
司祭も重鎮も皆聖女。聖女たちの視線は一人……神ヤルダバオトに向けられていたからである。
そして、誰も聞いていない祝いの言葉が終わり、いよいよヤルダバオトの挨拶に。
ヤルダバオトはゆっくりと、神殿の祭壇に上がる。
『うん───やはり、近くできみたちを見るのはいいね。娘たちの成長を目で、肌で感じれる』
聖女たちは、この言葉に蕩けそうになった。
幼女も老女も関係ない。この世界で唯一の男に、骨抜きになった。
もちろん、エクレールやフローズン、ウィンダミアやアストラルも同様だ。
『まずは十五歳になった娘たち、おめでとう。すくすく成長してくれて嬉しいよ。エクレール』
「───へ?」
『ウィンダミア、フローズン、アストラル、パラム、エイブリー、レレ、ミミ、トユネ、ロウラ───』
ヤルダバオトは、成人した聖女の名前を、それぞれの顔を見ながら言った。
一瞬、何を言われているのかわからないエクレール。まさか……ヤルダバオトが、自分の名を?
『きみたちに幸福が訪れるよう、僕は祈ろう』
ここで、成人聖女が何人か気を失った───感極まりすぎたのである。
他の成人聖女たちも、危うく気を失いそうだった。
まさか、名前を覚えてもらえるとは……。
そして、ヤルダバオトの話は続く。
『それと、この場を借りて───きみたちに伝えておかないといけないことがある』
それは、間違いなく───すべての始まりになる言葉だった。
『以前からずっと考えていたんだ。人の住むこの世界に、神である僕が干渉を続けていいのかって……人の世界は人の物、僕が何かを与え続けていいのかってね』
ヤルダバオトの表情は雲っていた。
聖女たちの間に、不穏な空気が漂い始める。
『僕は神だ。でも……導くだけでなく、見守り、人の決断を尊重するのも神の仕事なんだ。みんなが僕を慕い、信奉してくれているのは本当に嬉しい。でも……それじゃ駄目だ。神に縋り、祈るだけじゃなく、人の力で世界をよりよくする。それこそが真の人たる姿なんだ』
ヤルダバオトは、何やら悟っていた。
聖女たちは、ヤルダバオトの話に聞き入っている。
『僕は、聖女たちに僕が直接力を与えることはもうしない。全ては、人の心の赴くままに』
これには、動揺が広がった。
つまり……聖女はもう、生まれないということだ。
これに反発したのは、聖女神教の大司祭であるアウローラだった。
「お、、お待ちください!! それはつまり、ヤルダバオト様の寵愛が……聖女は、もう生まれないということですか!?」
「ううん、そうじゃない。聖女は生まれるよ」
「え……」
「アウローラ。この世界に聖女はなくてはならない。それは僕も十分承知している……だけど、力ある者をむやみやたらに増やしても、世界のためにはならない」
「つ、つまり……」
ヤルダバオトは優しく頷いた。
「僕の力の一部を、オルレアンの子に託した」
オルレアンの子。
聖女オルレアン。
この話を聞いていた聖女村の聖女たちは、言葉を失っていた。
「オルレアンと僕の子、セイヤ。彼に『聖女任命』のスキルを与えた。聖女の力があふれる世界に、聖女を任命する力を持った男の子がどういう世界を作っていくのか。オルレアンみたいな優しい子の息子なら託せる。そう思ったんだ」
「せ、セイヤ……ま、まさか……報告にあった、忌み子」
「忌み子……?」
アウローラの言葉に、ヤルダバオトの目がスゥーッと細くなる。
聖女たちが震えた。だが、その気配は一瞬で消える。
ヤルダバオトは目を閉じ……開く。
「ああ、行っちゃったのか……会いたかったなぁ」
ヤルダバオトは残念そうに微笑んだ。
◇◇◇◇◇◇
成人の儀が終わり、村長のクリシュナは急ぎセイヤの小屋へ。
だが……そこはすでにもぬけの殻だった。
「あ、あのガキ……!! に、逃げた!! 逃げおった!!」
「お母さん、落ち着いて。私が『
オージェがセイヤの寝床であるゴザに触れて魔法を使う───すると、荷物をまとめ、窓から外を覗き、成人の儀が始まると同時に小屋を抜け出すセイヤの姿が見えた。
「……完全に逃げましたね。むしろ、成人の儀を狙って逃げ出す算段を付けていたようです」
「おのれ……!! 育ててやった恩を忘れおって!!」
クリシュナはギリギリと歯ぎしりをするが、もう遅い。
オージェは、クリシュナに聞いた。
「お母さん。あの子をどうするおつもりですか?」
「決まっておる。セイヤには聖女を自由に生み出せるスキルが備わっている……その力があれば、アレクサンドロス聖女王国の軍力は格段に上がる。バルバトス帝国の醜女どもを殺すいい機会じゃ」
「なるほど。『男』の国を滅ぼす、ですか」
「そうじゃ。アレクサンドロス聖女王国こそこの世界の中心!! 聖女を増やし軍事力を増強すれば……ふふ、あたしもまだまだ上っていける」
「お母さん……」
クリシュナは、ヤルダバオトの想いを全く理解していなかった。
だが、これもまたヤルダバオトの望むこと。人と人が作る世界がどうなるのか───それこそ、醜い争いが勃発し、互いに滅ぼし合うことにもなる。
◇◇◇◇◇◇
アレクサンドロス聖女王国は間違いなく、この世界で最も大きな王国だ。
だが……大きいのと、聖女を保有する数が世界一ということだ。
アレクサンドロス聖女王国とはまた別に、バルバトス帝国という国がある。
ここは、聖女の保有数こそ少ないが、強大な技術力と軍事力を持つ『男』が王を務める国だ。
聖女もいる。だが……その聖女たちは、自ら意志でバルバトス帝国にいた。
アレクサンドロス聖女王国は、この聖女たちを『裏切り者』と呼び、抹殺の機会をうかがっている。
だが、いくら聖女の力が強大でも、バルバトス帝国の軍事力には敵わない。
クリシュナは、オージェに言う。
「動ける者を集めてあのガキを探せ!! 連れ戻すんじゃ!!」
「わかりました。足取りは私が捉え、追手を差し向けましょう」
オージェの能力なら、セイヤがどこへ行ったかわかる。
クリシュナは嗤った。
「くかか……この世界を浄化する時が来た」
◇◇◇◇◇◇
成人の儀は終わったが、成人した聖女にとってはこれからが本番だった。
王国の重鎮、司祭、そしてアウローラ大司祭の前で、自らの魔法を見せる『聖演武』というパフォーマンスを披露する。
そこで力を見せ、認められることで初めて、王国の聖女としてスカウトされるのだ。
だが、成人した聖女たちは皆、演武に集中できていなかった。
理由は簡単……ヤルダバオトの話で、少なからず動揺していたからだ。
一通りの演武を終え、結果を待つばかりだ。
聖女は大聖堂のホールに集められ、結果を待っていた。
「…………」
「エクレール、どうしたの?」
「ん、さっきの話……セイヤがどうこうって」
「ああ……」
考えこむエクレールに話かけたのはフローズンだった。
先ほどのヤルダバオトの話……セイヤが特別な存在ということ。
「チッ……なぁ、やべぇんじゃねぇか?」
「ん~? なにがですかぁ?」
そこに、ウィンダミアとアストラルも加わった。
演武を終えたが、やはりセイヤのことが気になるようだ。
「決まってんだろ。セイヤが聖女を任命できる?……あの野郎、アレクサンドロス聖女王国にとって重要な存在だぞ。ヘタすりゃあたしらより立場が上だ」
「げ……マジかも」
「アストラル、おめーの薬品実験のことチクられたらどうなっかなぁ?」
「そ、それを言うならウィンダミアだって!! あんなにボコしてたくせにぃ!!」
「ふん。別にどうだっていい……で、おめーらはどうよ? エクレール、フローズン」
「そうですね……まぁ、家畜として聖女を生み出す装置として扱われるのでは? 私だったら、余計な意志は持たせずに飼い殺しますね」
「…………」
「おい、エクレール?」
エクレールは、むすっとしていた。
「なーんかつまんない……あたしのオモチャなのに」
「確かに。セイヤくんってば私たちの所有物なのに、他の人があーだこーだ……やかましいですね」
フローズンが爪を噛む。
すると、司祭の一人がホールへ。
「今回の聖演武、実に見事だった……が、諸々の事情により今回は合格者なしとする」
当然、大聖堂内は騒がしくなる。
だが、司祭が手を挙げると静かになった。
ここで、大聖堂の司祭室から、大司祭アウローラが現れる。
聖堂内は静かになり、アウローラが皆を見渡しながら言う。
「先ほどのヤルダバオト様の話を聞いていたな? どうやら我々は神に見捨てられたようだ」
アウローラもまた、ヤルダバオトの想いを理解していなかった。
「ヤルダバオト様の力を受け継ぎし者セイヤ。奴はこの村を脱走したらしい」
これに、エクレールたちが反応した……が、アウローラの話は続く。
「これは、王国や教会だけの問題ではない……我々聖女すべての問題だ。どのような手段を用いても構わん。セイヤを捕らえるのだ」
この日、神ヤルダバオトが聖女を見捨て、力の全てを『神の子』セイヤに託したと、全ての聖女に通達された。
セイヤは気付いていない。
炭鉱夫になるために冒険を始めたばかりなのに、これから幾重にも聖女たち、そしてそれ以外の組織や国家に狙われることになるなど。
「……セイヤ」
「セイヤくん♪」
「へへ、セイヤ」
「セイヤくぅん」
聖女村の幼馴染たちは、暗い笑みを浮かべて嗤っていた。
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