セイヤの武器

「五日後、か」

「ああ……」


 フローズンにやられた次の日。

 いつも通りに薬草採取に来た俺を見て、アスタルテは特に何も言わなかった。

 最近はやられてもあまり傷はなかったのに、今日はボロボロだった。

 俺が魔力の修行をしていることはとっくにバレていた。おかげで、エクレールたちのいびりが苛烈になり、全身ボロボロだった。

 それに、村の聖女たちにも魔法を喰らった……本当に最低なところだ。


「聖女の連中か」

「……バレてた。俺が魔力の扱いを学んでること」

「それはそうだろう。聖女が見ればわかる。お前の魔力の波が穏やかに循環しているからな。修行を積んでいることなど誰でもわかる。それに、身体も鍛えている。薬草採取のついでに身体を鍛えているなんて、子供でもわかる」

「じゃあなんで!! 村の連中は……」

「簡単だ。お前が僅かばかりの魔力や身体を鍛えたところで聖女の敵ではないからだ。だが……そのフローズンとかいう娘に殺意を抱いたのは失敗だったな」

「…………」


 確かに、今思えば愚かだった。

 そりゃそうだ。俺がこうして鍛えているのと同じく、同世代の聖女たちも鍛えているんだ。

 聖女は、強くなれば男が百人がかりで挑んでも無傷で勝てる。そういう生き物だ。


「だが、成人の義が五日後、聖女村はお前を一生家畜として扱うということがわかったのは僥倖だ。セイヤ、三日後に最終試験を行う」

「……え」

「最後の修行だ。私に一撃入れろ」

「はぁ? 今まで一度も」

「……今のお前なら不可能じゃない。いいか、三日後だ。その後、準備をして五日後に村を出ろ」

「わかった」


 この日も、いつも通りの訓練を行った。

 弓、魔力、格闘、棒術、ナイフ……アスタルテは今の俺なら一撃入れることができると言っていたが、組手でも一撃入れることができなかった。

 

 それに、最後の修行……アスタルテとの別れが近づいていた。


 ◇◇◇◇◇◇


「せ~い~やぁ?」

「え……エクレール。な、なにか用?」


 修行を終えて小屋に戻ると……エクレールがいた。

 長く伸びた髪をツインテールにし、シャツとスカートというラフな服だ。

 

「あのね。四日後に成人の義があるの。そこで王国や教会の人の目に止まれば、お城に行けるの」

「……そ、そうなんだ」

「うん!」


 エクレールは、馬鹿に嬉しそうだった。

 なぜ、こんなことを言いに来たのか。

 今朝は拷問に等しい電撃を俺に浴びせたくせに。『聖技』とかいう聖女の魔法練習の実験台としての、生きた的として。

 すると、エクレールの家からクリシュナのババぁが出てきた。


「セイヤ。四日後、お前の外出を禁じる。いいかい、絶対に小屋から出るんじゃないよ」

「…………はい」

「おばあちゃん、ちゃんと理由を言わないと!! ふふ、王国や教会の人にセイヤが見られるとマズいもんね~♪」

「うんうん。さすがエクレール、その通りだ。忌み子のセイヤなんか見られたらどう思われるか……」


 クリシュナはエクレールに甘い。気味悪い笑顔でデレデレしてる。


「セイヤ。成人の義が終わったらお前を村の共有財産にするからね。あたしらの家だけじゃなく、呼ばれたら村のどこにでも行ってなんでもやるんだ。いいね、それがこれからのお前の仕事だよ!!」

「…………はい」

「ふん。ちょっと魔力を扱えるからって勘違いしないことだね。お前のちっぽけな魔力程度をどうこうしたところで、この村じゃ五歳児にも負けるんだ」

「……っ」

「さぁエクレール、おめかししようねぇ♪ ああそうだ。さっきいい知らせが入った。なんと、成人の義に『神』が舞い降りると通達があった!! ふふ、神に会えるなんて五十年ぶりのことさね」

「か、神様!! ほんと!? 聖女の父、偉大なる神ヤルダバオト様が!?」

「ああそうだ。いやぁ楽しみだねぇ……ささ、お家にお入り」

「はーい!! ああもう邪魔!!」

「ぐぁぁっ!?」


 エクレールは紫電を纏わせた拳で俺を殴り家に。

 地面を転がった俺は、痛む顔を押さえて小屋に入った。


「……神」


 神がいたら聞きたい。なんで俺を作ったのか……って。


 ◇◇◇◇◇◇


 三日後。

 聖女村は成人の義ムードに包まれていた。

 ドレスやら宝石やら、行商人が村にやってきては市場を開いている。

 聖女たちの関心は『神』とやらに移ったおかげで、俺への暴力も一時的に収まった。

 エクレール、フローズン、ウィンダミアも、ドレスや宝石選びに夢中だ。

 ただ一人、アストラルは俺に構ってきた。


「セイヤくん。成人の義だから苛められないって喜んでます?」

「……べ、べつに」

「んふふ。知ってますよ? 成人の義が終われば君は村の共有財産!! 赤ん坊から大人まで、きみは村の所有物!! ああかわいそう。きみ、なんのために生まれてきたのかな?」

「…………」

「忌み子、女しか生まれない聖女なのに生まれた忌み子。ふふ、かわいそう~♪」


 アスタルテは陰気に笑う。

 こいつは、直接的な暴力はあまりしない。ほぼ毒薬を飲ませるか、言葉で俺をえぐる。

 言い返せばきっと、ウィンダミア辺りに言い付ける。そうすれば待っているのは圧倒的な暴力だ……こいつは、自分の手を汚さずに俺を苦しめることが好きなんだ。


「今日も元気に薬草取り~♪ これから一生薬草採取~♪ 誰もいない、誰も知らない、哀れな忌み子は死ぬまで奴隷~♪」

「……っ」

「あら? あはは、森の動物にでも慰めてもらうのかな~?」


 これ以上聞きたくなかった俺は逃げ出した。

 籠を背負い、森の中へ。


 ◇◇◇◇◇◇


 森の中に入ると、アスタルテが待っていた。

 いつもと雰囲気が違う───ああ、もう始まっているんだ。

 アスタルテは素手。近くにはコンパウンドボウとナイフ、矢筒があった。


「これまでの全てを使い、かかってこい」

「───っ!!」


 俺は籠をアスタルテに投げつけ、コンパウンドボウに飛びつく。

 一瞬で弓をロッドに変え、一緒に拾った矢を素手で投げた・・・・・・


「む」

「───ッシ!!」


 まさか、矢を投げるとは予想してなかっただろ?

 アスタルテの顔面に向かって投げた矢を首をひねって躱し、俺はロッドの射程内へ。

 アスタルテの胴を狙い薙ぐ───アスタルテは身体をくの字にして躱す。

 俺はロッドから手を放し、そのままハイキックで首を狙った。


「甘い」

「っ!!」


 だが、脚はあっさり受け止められる。

 俺は魔力で足を強化。掴まれる寸前で軌道を変え、距離を取る。

 そう、できることをすべてやる。

 俺は小石を拾い、一つをアスタルテに、もう一つをアスタルテの頭上に投げる。

 目を魔力で強化……見える見える。アスタルテの動きがスローに見える。


「投石……ふん、頭上は目くらましか」

「だっ!!」


 投げた石は躱された。

 だが、俺はすぐに別の一つを投げる。持っていた石は三つだ。


「虚を突いての二発目か……だが」


 アスタルテは、それすら躱した。

 だが、気付いていない。俺の真の狙い。


「反射、だろう?」

「!?」


 最初に投げた石が木に反射、三個目に投げた石に当たり、背後からアスタルテを襲うように計算して投げた石が、あっさり躱されたのだ。

 

「バケモノかよ……背中に目でもあるのか?」

「ふん。さぁな……で、次の手は?」

「───っく」


 俺は苦しそうに唸り、後退りをする。

 すると、アスタルテもジリッと近づく。


「失望させるな。引いても無駄だぞ」

「……わかってる。ってか、逃げる気なんてない」

「なら、かかってこい。これは卒業試験だぞ」

「……ああ、よーくわかってるよ」


 俺は、ニヤッと笑って人差し指を突きつけた。


「俺の勝ち、だ」

「なに───?」


 ポトリ、と……アスタルテの肩に小石が落ちてきた。

 アスタルテはハッとして上を見て、忌々しそうにつぶやく。


「二発目……目くらましではなかったか」

「ああ。曲線を描くように大きく投げて、あんたに命中するように誘導した。魔力で視力強化してるおかげで、いろんな動きがスローに見えるんだよね」

「…………ま、あたしの負けだね」


 アスタルテは、素直に負けを認めた。

 そして、俺に言う。


「確かに、聖女の連中は魔力の扱いなんて子供のころに習う。お前じゃどうあがいても勝てない」

「……じゃあ」

「だが、強化した貴様の視力は聖女を遥かに越える。最大射程は五キロだったか? 魔力で強化した程度でそこまで目がよくなるわけがない。これはお前の能力とでもいうべきか……そうだな、『鷹の目ホークアイ』とでも名付けておくか」

「ホークアイ……」

「お前の武器は視力だ。覚えておけ。そして……これにて修行を終了とする」


 俺の七年の修行が終わった。

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