第512話 泥酔者

「仕方ねーな。ベルガー! 水だ!飲ませて薄めろ!」 


 そう言われてカウラは図書室を飛び出していく。アイシャはすぐさま携帯端末で救急車の手配をしている。


「ったく西園寺!餓鬼かオメーは!」 


「心配しすぎだよ。こいつはいつだって……」 


「馬鹿!」 


 軽口を叩こうとしたかなめの頬を叩いたのは真剣な顔のアイシャだった。


「本当にアンタと誠ちゃんじゃあ体のつくりが違うの分からないの?こんなに飲んだら普通は死んじゃうのよ!」 


 アイシャはかなめの手からほとんど酒の残っていないラム酒の瓶を取り上げた。


「このくらいで死ぬかよ……」 


 そう言ったかなめだが、さすがに本気のアイシャの気迫に押されるようにしてそのまま座り込んだ。


「らいりょうぶれすよ!」 


 むっくりと誠が起き上がった。その瞳は完全に壊れた状態であることをしめしていた。


「ぜんぜん大丈夫には見えねーけど」 


 ランがよたよたと座り込む誠を助け起こす。だが、誠の視界には彼女の姿は映っていなかった。誠はふらふらと体勢を立て直しながら立ち上がる。そしてかなめとアイシャに向かってゆっくりと近づき始めた。


「さいおんじしゃん!」 


 突然目の前に立つふらふらの誠に魅入られてかなめはむきになって睨み返した。


「は?なんだよ」 


 そして突然誠の手はかなめの胸をわしづかみにした。かなめはその出来事に言葉を失う。


「このおっぱい、僕を誘惑するらめにおっきくらったってアイシャらんが……」 


 誠の言葉に自分の胸を揉む誠よりも先にかなめは視線を隣のアイシャに向ける。明らかに心当たりがあると言うようにアイシャは目をそらす。


「らから!今!あの……」 


「正気に戻れ!」 


 そう言って延髄斬りを繰り出すかなめだが、いつものパターンに誠はすでに対処の方法を覚えていた。加減したかなめの左足の蹴りを受け流すと、今度はアイシャの方に歩み寄る。


「おお、今度はアイシャか……」 


 かなめは先ほどまで自分の胸を触っていた誠の手の感触を確かめるように一度触れてみた後、アイシャに近づいていくねじのとんだ誠を見つめていた。


「何かしら?私はかまわないわよ、かなめちゃんみたいに心が狭くないから」 


 アイシャの発言に部屋中の男性隊員が期待を寄せたぎらぎらとしたまなざしを向ける。それに心震えたと言うようにアイシャは誠の前に座った。


「あいひゃらん!」 


 完全にアルコールに支配された誠を余裕を持った表情でアイシャは見つめる。だが、誠は手を伸ばすこともせず、途中でもんどりうって仰向けに倒れこんだ。


「大丈夫?誠ちゃん」 


 拍子抜けしたアイシャが手を貸す。だが、その光景を見ている隊員達はわざとアイシャが誠の手を自分の胸のところに当てようとしているのを見て呆れていた。


「らいりょうぶれす!僕はへいきらのれす!」 


 そう言うとアイシャを振りほどいて誠は立ち上がる。だが、アイシャは名残惜しそうに誠の手を握り締めている。全男性隊員の視線に殺意がこもっているのを見てランですらはらはらしながら状況を見守っていた。


「ぜんぜん大丈夫に見えないんだけど……部屋で休んだほうがいいんじゃないの?」 


「こいつ……部屋に連れ込むつもりだよ」 


 かなめに図星を指されてアイシャがひるむ。だが、誠はふらふらと部屋を出て行こうとする。


「どこ行くのよ!誠ちゃん」 


「ああ、カウラひゃんにあいさつしないと……こうへいらないれひょ」


 かなめとアイシャは顔を見合わせる。こんなに泥酔していても三人の上官に気を使っている誠に、それまで敵意に染められていた周りから一斉に同情の視線が注がれることとなる。


「神前……苦労してんだな」 


 ランはそう言いながら他人事のように誠達を見つめていた。


「おい!上官だろ?介抱ぐらいしろよ」 


 かなめの言葉にランは首を振るとグラスの底に残ったビールを飲み干す。


「大丈夫なんじゃねーのか?いつもはオメー等にKOされて言えなかった神前の本音も聞きてーしな」 


 明らかに他人を装うランにかなめは頭を抱えて自分の行為を悔いた。


「それにちゃんとテメーの尻はテメーで拭けよ。知らねーぞ、あいつカウラにも同じことするつもりだぞ。そうなりゃこういうことに免疫のねーカウラだ……まあアタシはかまわねーけどな」 


 ランの言葉にかなめとアイシャは目を見合わせて立ち上がる。当然のように野次馬を気取るサラや島田が立ち上がってそのあとをつけていく。


「カウラひゃん!」 


 そんな誠の声にかなめとアイシャ、そして野次馬達は階段を駆け下りた。壁際に水を入れた瓶を持ったカウラを追い詰めて立つ誠。その姿を見て飛び掛ろうとするかなめをランが引っ張る。


「野暮なことすんな」 


 そう言うと先頭に立ち階段に伏せて二人を見つめるラン。アイシャもその意図を悟って静かに伏せていた。


「なんのつもりだ?神前」 


 カウラは冷たい調子で言う。だが、かなめもアイシャもその声が僅かに震えていることに気がついていた。完全に傍観者スタンスのサラがアイシャの顔を覗き込む。


「どうですか、クラウゼ少佐。このまま神前君はがんばれますかね」 


「いやー無理でしょう。彼はどこまで言っても根性無しですから。根性があれば……」 


 島田との付き合いが公然のものであるサラの言葉に思い出されたさまざまな自分の誘いのフラグをへし折ってきた誠の態度にアイシャはこぶしを握り締める。


「僕は……僕は……」 


「僕がどうしたんだ?飲むか?水」 


 そう言うとカウラは誠の頭から氷の入った水をかけた。野次馬達の目の前には、誠でなく自分達を見つめているカウラの冷たい視線が見えた。


「つっ!つっ!つっ!冷たい!」 


 思わず誠はカウラから手を離す。同情と自責の念。思わず照れながら立ち上がる野次馬達。


「クラウゼとクバルカ中佐……それに西園寺。いい加減こういうつまらないことを仕組むの止めてくれないか?」 


「そうだ!止めろっての!」 


 立ち去ろうとする二人の手を掴んで拘束するサラと島田。ランとアイシャが振り返った先では彼女達を見て囁きあう隊員の顔が見える。かなめもその攻め立てるような視線に動くことが出来ずにラン達と立ち往生していた。


「なにするのよ!島田君!」 


「離せ!」 


 ばたばた足を持ち上げられて暴れるランとアイシャ。カウラは二人を簡単に許すつもりは無いというように仁王立ちする。


「わかったから!こんどから誠ちゃんで遊ぶの止めるから!」 


「覗きは止める!だから離せってーの!」 


 ランの懇願に島田は二人の足から手を離す。カウラはそれだけではなくそのままラン達のところまで歩いてきた後、野次馬組を睨みつけた。


「ったくオメー等がはっきりしないのがいけねーんだ……って、寝てやがるぞ、あいつ」 


 そんなランの言葉にかなめとカウラは誠に目をやった。誠は酒に飲まれて倒れこんだまま寝息を立てていた。


「風邪引くからな、そのままにしておいたら。アイシャ、カウラ、かなめ。こいつの体を拭いて部屋に放りこんでこい。それとあくまでつまらねーことはするなよ」 


 頭を描きながらランはそのまま呆れたような顔をしてビールを求めて図書館へと帰って


「結局これか……」


 かなめはそうつぶやいて苦笑いを浮かべるカウラに目をやった。

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