第511話 劇飲み会

「どけ!」 


 そう言うとアンを張り飛ばしたのはかなめだった。そして誠の手のコップに珍しく自分のラム酒でなくビールを注いだ。


「これは飲めるだろ?」 


 かなめは満足げな表情を浮かべる。そして誠がそのビールに目をやると、かなめは背後でビールを持って待機していたカウラを見つめる。カウラは明らかに失敗したと言う表情を浮かべていた。そして今度はかなめはアイシャを見つめた。その様子を横目で伺いながら、サラ、島田、ヨハンと言ったこの部屋に通いなれた面々が手際よく皿と箸とグラスを配っていく。


「みんな酒は行き渡ったかしら?」 


 あくまでも仕切ろうとするアイシャにつまらないと言った顔をするかなめは、必要も無いのにそれまでラッパ飲みしていたラム酒をグラスを手にしてなみなみと注いだ。


「えーと。まあどうでもいいや!とりあえず乾杯!」 


 アイシャのいい加減な音頭に乗って部屋中の隊員が乾杯を叫ぶ。


「まあぐっとやれよ。どうせ次がつかえてるんだろ?アンには悪いが順番と言うものがあってな」 


 かなめはニヤニヤと笑いながらグラスを開けるべくビールを喉に流し込んでいる誠を見つめる。そしてその隣にはいつの間にかビール瓶を持って次に誠に勺をしようと待ち構えるアイシャが居た。


「はい!誠ちゃん」 


 アイシャは誠の空になったグラスにビールを差し出す。


「オメー等……またこいつを潰す気か?」 


 本当に酒を飲んでいいのかと言いたくなるようなあどけない面立ちのランがうまそうにビールを飲みながらそう言った。見た目は幼く見えるが誠が知る限りランはここにいる女性士官では一番の年配者である。先日かなめにビールを飲まされてからその魅力に取り付かれた彼女はすっかりビール党となり最近は変わったビールを取り寄せて振舞うのを趣味としていた。


「良いんですよ!こいつはおもちゃだから、アタシ等の!」 


 そう言い切ってかなめはそばに置かれていた唐辛子の赤に染まったピザを切り分け始める。


「マジで勘弁してくださいよ……」 


 かなめとアイシャに注がれたビールで顔が赤くなるのを感じながらそう言った誠の視界の中で、ビールの瓶を持ったまま躊躇しているエメラルドグリーンの瞳が揺れた。二人の目が合う。カウラは少し上目遣いに誠を見つめる。そしてそのままおどおどと瓶を引き戻そうとした。


「カウラさん。飲みますよ!僕は!」 


 そう言って誠はカウラに空のコップを差し出した。誠が困ったような瞳のカウラを拒めるわけが無かった。ポニーテールの髪を揺らして笑顔で誠のコップにビールを注ぐカウラ。その後ろのアンは喜び勇んでビールの瓶を持ち上げるが、その顔面にかなめの蹴りが入りそのまま壁際に叩きつけられる。


「西園寺!」 


 すぐに振り返ったカウラが叫ぶ。かなめはまるで何事も無かったかのように自分のグラスの中のラム酒を飲み干していた。かなめも手加減をしていたようでアンは後頭部をさすりながら手にしたビール瓶が無事なのを確認している。


「西園寺。オメーはなあ……やりすぎなんだよ!」 


 ランはそう言うとかなめの頭を叩いた。倒れたアンにサラとパーラが駆け寄る。


「大丈夫?痛くない?」 


「ひどいな、西園寺大尉は」 


 サラとパーラに介抱されるアンに差し入れを運んできた男性隊員から嫉妬に満ちた視線が送られている。誠はこの状況で自分に火の粉がかかるいつものパターンを思い出し、手酌でビールを注ぎ始めた。


「お姉さま。僕も今回はやっぱりかなめお姉さまが悪いと思います!アン、大丈夫そうだな」 


「そうですね」 


 自分の味方になると思っていたかえでと渡辺が敵に回ったのを見てかなめは表情を曇らせた。かなめはいらだちながら再びラム酒の瓶をあおった。


「よく飲むなあ……少しは味わえよ」 


「うるせえ!餓鬼に意見されるほど落ちちゃいねえよ!」 


 ランから文句を言われているかなめだが、そっと彼女は切り分けたピザを誠に渡した。


「あ、ありがとうございます」 


「礼なんて言うなよ。そのうちオメエが暴れだして踏んだりしたらもったいないからあげただけだ」 


 そう言うかなめの肩にアイシャが手を寄せてうなづいている。その瞳はすばらしい光景に出会った人のように感嘆に満ちたものだった。


「なんだよ!」 


「グッジョブ!」 


 思い切り良く親指を立てるアイシャにかなめはただそのタレ目で不思議そうな視線を送っていた。


「ったく何がグッジョブだよ」 


 誠は苦笑いを浮かべて注がれたビールを飲み干した。明らかに部隊で根を詰めて絵を描き続けてきた反動か、意識がいつもよりもすばやく立ち去ろうとしているのを感じる。そしてそのままふらふらとカウラを見つめる誠。その目は完全に据わっていた。カウラも少しばかり引き気味に誠を見つめる。ランは誠に哀れみの視線を送っていた。


「あーあ、なんだか顔が赤いわよ。誠ちゃんいつものストレスが出てきたのね」 


 アイシャはラム酒をラッパ飲みしているかなめを見つめてため息をつく。


「なんだよ、そのため息は。アタシになんか文句あるのか?」 


「ここにいる全員が西園寺の飲み方に文句があるんじゃねーのか?」 


 開き直るかなめに突き刺さるようなランの一言。かなめは周りに助けを求めるが、いつもは彼女の言うことにはすべてに賛成するかえでもアンの介抱をしながら責める様な視線を送ってくる。


「ああ、いいもんね!私切れちゃったもんね!神前!こいつを飲め!」 


 そう言うとかなめは手にしたラム酒をビールだけで半分出来上がった誠の半開きの口にねじ込んだ。ばたばたと手を振って抵抗する誠だが、相手は軍用の義体のサイボーグである。次第に抵抗するのを止めて喉を鳴らして酒を飲み始めた。


「あっ、間接キッス!」 


 突然そう言ったのはカウラだった。意外な人物からの意外な一言にうろたえたかなめは瓶を誠の口から引き抜いた。そのまま目を回したように誠は倒れこむ。その顔は真っ赤に染まり、瞳は焦点を定めることもできず、ふらふらとうごめいている。


「馬鹿野郎!神前を殺す気か?ちょっと起こせ!」 


 蛮行もここまで来るといじめだった。そう思ったランは手にしていたコップを置くと顔色を変えて誠に飛びついた。そしてそのまま口に手を突っ込んで酒を吐かせようとするが、誠は抵抗して口を開こうとしない。

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