第495話 コスプレ三昧

「あ!外道がサボってますよ」 


 劇場の中から甲高い声が響く。そこにはフリフリの魔法少女姿の小夏がかなめを指差して立っていた。


「おい、ちんちくりん!人を指差すなって習わなかったのか?」 


 そう言ってかなめは小夏にずんずんと近づいていく。小夏の周りには慣れている誠ですらどうにも近寄りがたいオーラをまとった男達と小夏の友達の中学生達が遠巻きに立っていた。


「とう!」 


 突然の叫び声と同時に、誠の目の前ではかなめの顔面に何かが思い切り飛び蹴りをしている姿が見えた。その右足はかなめの顔面を捉え、後ろへとよろめかせる。そして何者かが頭を振って体勢を立て直そうとするかなめに向かって叫んだ。


「やはり寝返ったな!キャプテンシルバー。このキラットシャムが成敗してあげるわ!」

 

 それはピンク色を基調としたドレスを着込んだシャムだった。手にステッキを持って頭を抱えているかなめに身構える。


「テメエ……テメエ等…… 」 


 かなめは膝をついてゆっくりと立ち上がる。サイボーグの彼女だから耐えられたものの、生身ならばいくら小柄のシャムの飛び蹴りといっても、あの角度で入れば頚椎骨折は免れないと思いつつ、誠はシャム達の様子をうかがった。


「さすが師匠!反撃ですよ」 


「違うわ!サマー。私はキラットシャム!魔法で世界に正義と愛を広める使者!行くわよ……グヘッ!」 


 シャムの顔面をわしづかみにして締め上げるかなめの顔には明らかに殺気が見て取れた。


「卑怯だよ!かなめちゃん。ちゃんとこういう時の主人公側のせりふが続いているときは……痛い!」 


「ほう、続いているときはどうなんだよ?良いんだぜ、アタシはこのままお前の顔面を握りつぶしても、なあ神前」 


 そう話を振ってくるかなめに観衆は一斉に眼を向ける。


 明らかに少女を痛めつけている軍服を着た女とその仲間。群集はかなめへの反撃を誠に要求していた。


「あのー、二人ともこれくらいにしないと……」


 何も知らない群集ではなく誠はかなめの怖さは十分認識していたのでできるだけ穏便にと静かに声をかける。 


「おお、そうか。神前もここでこいつの人生を終わらせるのが一番と言うことか。安心しろ、シャム。痛がることも無くすぐに前頭葉ごと握りつぶして…… 」 


 そこまでかなめが言ったところで今度は竹刀での一撃がかなめの後頭部を襲った。


「いい加減にしろよな!馬鹿共!とっとと引っ込んで持ち場に戻ってろ!」 


 再び幼女ランの登場である。しかし、彼女は黒をベースにしたゴスロリドレスと言った格好をしており、よく見ると恥ずかしいのか頬を赤らめている。かなめもさすがにシャムの顔面を握りつぶすつもりは無いと言うようにそのまま痛がるシャムから手を離すと、今度はランに目を向けた。


「これは中佐殿!すっかりかわいらしくなって……ぷふっ!」 


 途中まで言いかけてかなめは笑い始めた。こうなると止まらない。ひたすら先ほど指をさすなと言った本人がランを指差して大笑いしている。


「おい、聴いたか?あの子……中佐だってよ」 


「すげーかわいいよな。でも中佐?どこの軍だ?司法局は遼州全域から兵員集めてるからな……遼南?」 


「でもちょっと目つき悪くね?」 


「馬鹿だなそれが萌えなんだよ。わからねえかなあ……」 


 周りのカメラを持った大きなお友達に包囲されてランは写真を撮られている。そのこめかみに怒りの青筋が浮いているのが誠にも分かった。


「すいません!以上でアトラクションは終了ですので!」 


 そう言うと誠はランとかなめの手を引いてスタッフ控え室のある階下の通路へと二人を引きずっていった。シャムと小夏も誠の動きを察してその後ろをついていく。


 関係者以外立ち入り禁止と書かれた扉を開いた。そのまま舞台の袖が見えるがそちらには向かわず舞台の裏側に向かう通路を一同は進んだ。そしてそのまま雑用係をしているらしい警備部員が雑談している前を抜けて楽屋の扉を開いた。


 そんな誠の前に立っていたのはこれまた派手な金や銀の鎧を着込み、そのくせへそを出したり太ももを露出させているコスチュームを着た第三小隊隊長、嵯峨かえで少佐だった。


「ああ、今着替えたところだが……これからどうすれば?」 


 かえでは何度か右目につけた眼帯を直しながら誠に聞いてくる。だが、その視線がシャムに手を引かれて入ってきたかなめに気がつくとすぐに頬を染めて壁の方に向かってしまう。


「お姉様が来てるって何で知らせないんだ!」 


 かえでは小声で誠にささやいた。


「そんなこと言われても……」 


「はいはーい。かなめちゃん!これ」 


 雑用に走り回る警備部の面々に鈴木リアナ中佐がジュースを配ってまわる。どう見ても軍の重巡洋艦級の運用艦『高雄』の艦長、しかも産休明けとは思えないような気の使い方である。


「リアナさんこっちもお願い!」 


 そう言って手を上げるのは、音響管理端末を吉田と一緒に動作確認をしているリアナの夫である菱川重工の技師鈴木健一だった。


「ったくめんどくせえなあ」 


 そう言いながらかなめはジュースのプルタブを開けた。そんな彼女を見て大変なものとであったとでも言うような表情でサラとパーラ、そしてレベッカが箱を抱えて近づいてきた。


「西園寺さん。これ」 


 おずおずとレベッカが箱を差し出すが、中身を知っているかなめは思い切りいやな顔をした。


 これから上映されるバトル魔法少女ストーリー『魔法戦隊マジカルシャム』のメインキャストでの一人、キャプテンシルバーの変身後のコスチューム。ぎらぎらのマント、わざとらしくつけられたメカっぽいアンダーウェア、そしてある意味、かなめにはぴったりな鞭。


「やっぱやるのか?終わったら」 


 約二時間の上映が終わったら開催される予定の撮影会。昨日もこのイベントが嫌だと寮で暴れていたかなめである。


「ここまできたらあきらめなさいよ」 


 そう言ったのは司法局実働部隊技術部部長、そして影の最高実力者とも言われる許明華きょめいか大佐だった。彼女もまた肩から飛び出すようなとげのがる鎧と機械を思わせるプリントのされたタイツを着ている。


「あのー、姐御?なんか怖いんですけど」 


 そう言ったのはかなめだった。


 確かに明華の顔には白を基調にしたおどろおどろしいメイクが施されている。役名『機械魔女メイリーン将軍』。本人は気乗りがしないと言うことがそのこめかみの震えからも見て取れた。


「皆さんおそろいで……」 


 奥の更衣室から出てきたのは両手に鞭のようなバラのツルをつけてほとんど妖怪のような格好をさせられた司法局実働部隊のたまり場『あまさき屋』の女将、家村春子だった。


「お母さん大丈夫?」 


 その姿に少し引いている娘の小夏が声をかける。


「なに言ってるの!これくらいなんてことはないわよ……ねえ!」 


 そう言って春子はジュースを配りに来たリアナに声をかける。


「そうよ!いっそのこと私がやりたかったくらいですもの」 


 リアナはすっかり彩り豊かな衣装に囲まれて興奮しているようで、顔が笑顔のままで固定されているようにも見えた。


「それと、これ神前君ね」 


 レベッカは誠に数少ない男性バトルキャラ『マジックプリンス』の衣装を手渡した。


「やっぱり僕も……」 


 誠もその箱を見て落ち込んだ。


「テメエのデザインじゃねえか!アイシャとシャムと一緒に考えたんだろ?それにしてもアイシャが何でこういう格好しねえんだよ!伊達眼鏡の一般教師なんて……誰でもできるだろうが!」 


 かなめは思わず衣装を投げつけんばかりに激高する。


「私がどうかしたの?」 


 そう言って控え室に入ってきた伊達眼鏡のアイシャがコスプレ中の面々を見て回る。明らかにいつも彼女が見せるいたずらに成功した子供のような視線がさらにかなめをいらだたせた。その後ろからは疲れ果てたと言う表情のカウラがしずしずと進んでくる。


「おい、大丈夫なのか?受付の方は」 


 心配そうにランがアイシャを見上げている。


「大丈夫よ。キム君とエダ、それに菰田君が仕切ってくれるそうだから……」 


 その視線はダンボールを手に更衣室に入ろうとするかなめに向けられた。


「早く着替えて見せてよ。久しぶりにキャプテンを見たい気が……」 


 アイシャがそこまで行ったところでかなめが髪をとかしていたブラシを投げつける。


「テメエ等!後で覚えてろよ!」 


 かなめは捨て台詞と共に更衣室に消える。アイシャは自分の額に当たったブラシを取り上げてとりあえずその紺色の長い髪をすく。


「あのー、僕はどこで着替えればいいんでしょう……」 


「ここね」 


「ここだな」 


「ここしかねーんじゃねーの?」 


 誠の言葉にアイシャ、かえで、ランが即座に答える。


「でも一応僕は男ですし……」 


 そう言う誠の肩にアイシャは手をやって親指を立ててみせる。


「だからよ!ガンバ!」 


 何の励みにもならない言葉をかける彼女に一瞬天井を見て諦めた誠はブレザーを脱ぎ始める。


「あのー……」 


『何?』 


 誠をじっと見ている集団。明華、ラン、リアナ、かえで、カウラ、アイシャ、シャム、小夏、春子。


「そんなに見ないでくださいよ!」 


「自意識過剰なんじゃねーの?」 


「そんなー……クバルカ中佐!」 


 一言で片付けようとする副部隊長に誠は泣きつこうとする。だが、健一もニヤニヤ笑うだけで助け舟を出す様子も無かった。


 ついに諦めた誠は仕方なくズボンのベルトに手をかけるのだった。

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