もとをただせば

第496話 事の発端

「また……映画を作ることになったんだけど……ねえ……」 


 司法局実働部隊隊長室。通称『ゴミ箱』でこの部屋の主、嵯峨惟基特務大佐は口を開いた。


 呼び出された司法局の人型機動兵器アサルト・モジュール部隊の第二小隊隊員である神前誠曹長も配属して半年が過ぎ、この部屋の異常な散らかりぶりに慣れてきたところだった。


 応接セットをどかして床に敷いた緋毛氈ひもうせんの上には『遼州同盟機構軍軍令部』と書かれた紙とすずりが転がっているのは一流の書家でもある嵯峨に看板の字の依頼が来たのだろう。かと思えば執務机にはいつものとおり、万力がボルトアクションライフルの機関部をくわえている。そしてどちらの上空にも窓からの日差しで埃が舞っているのが目に見えた。


「なんでこの面子?」 


 明らかに不機嫌なのは西園寺かなめ大尉。喫煙可と言うことで口にタバコをくわえて頭をかいている。隣で嵯峨の言葉に目を輝かせているのは司法局実働部隊の巡洋艦級運用艦『高雄』副長のアイシャ・クラウゼ少佐と第一小隊のエースとして軍関係者には知らないものがいないと言うナンバルゲニア・シャムラード中尉の二人だった。186cmの長身の誠の隣に彼より少し小さいアイシャ、170cmに若干届かないかなめと小柄を通り越して幼く見えるシャム。まるでマトリューシカ人形だと思って思わず誠の口もとに笑みが浮かぶ。


「豊川市役所ですか?飽きもせずにそんな馬鹿なこと言ってきたの。俺は付き合いませんよ」 


 頭を掻きながら抜け出すタイミングを計っているのは、電子戦では右に出るものはいないと言う切れ者で知られる第一小隊の電子戦担当の吉田俊平少佐だった。面白いものには食いつく彼がいつでも抜け出せるようにドアのそばにいるのは東和軍の領空内管理システムのデバック作業中に呼び出されたせいなのは誠にもわかった。


「これも任務ですよ。市民との交流を深めるのも仕事のうちですから」 


 完全に諦めたと言う表情でそう言うのは、第二小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉だった。嵯峨の言葉を聞いてアイシャの反対側に立って、隣の誠を前に押し出すように彼女が半歩下がったのを誠は見逃さなかった。


「カウラの言うとおりよ。これもお仕事。だからあなた達でなんとかしなさい」 


 執務机に座って頭の後ろに手を組んでいる嵯峨の隣には、司法局実働部隊の最高実力者として知られた技術部部長許明華大佐が控えている。そしていろいろ愚痴を言いたい隊員達でも彼女の言葉に逆らう勇気のあるものはこの部屋にはいなかった。司法局実働部隊アサルト・モジュール部隊の前隊長で現在は実働部隊の上部組織である遼州同盟司法局の幹部に引き抜かれた明石清海あかしきよみ中佐も諦めた調子でうなづいていた。


「それで隊長。映画と言ってもいろいろありますが……」 


 アイシャのその言葉に嵯峨は頭を掻きながら紙の束を取り出した。


「まあ……内容は……去年と同じでこっちで決めてくれって。なんなら投票で決めるのがいいんでないの?」 


 そう言って全員に見えるようにその紙をかざす。


『節分映画祭!希望ジャンルリクエスト!』 


 明華はすぐにその紙の束を受け取ると全員にそれを渡した。


「希望ジャンル?私がシナリオ書きたいんですけど!」 


 そう言ってアイシャは鉄粉の積もっている隊長執務机を叩く。その一撃で部屋中に鉄粉と埃が舞い上がり、椅子に座っていた嵯峨はそれをもろに吸い込んでむせている。


「オメエに任せたらどうせ18禁になるだろうが!」 


 そう言ってかなめはアイシャの頭をはたく。カウラはこめかみに指を当てて、できるだけ他人を装うように立ち尽くしている。


「どうせ俺が撮影とかを仕切れと言うんでしょ?」 


 かなめとアイシャのにらみ合うのを一瞥すると吉田はそう言ってため息をついた。


「まあな。吉田は去年の実績もあるしな。それに一応アーティストのビデオクリップとか作ってた実績もあるし、その腕前を見せて頂戴よ。どうせ素人の演技だ。お前さんの特殊技術で鑑賞にたえるものにしてくれねえと俺の面子がねえからな」 


 そう言うと嵯峨は出て行けというように左手を振った。


 全員が廊下に出たところで独り言のように吉田がつぶやく。


「あのなあ、アイシャ」


「何、ロボ少佐」


 アイシャの毒舌を聞きながら吉田は頭を掻きつつ振り返る。


「一応、俺等でジャンルの特定しないと収拾つかなくなるぞ。島田とか菰田あたりが整備の連中や管理部の事務屋を動員してなんだかよくわからないジャンルを指定してきたらどうするつもりだよ」 


 そう言うと吉田はアンケート用紙をアイシャから取り上げた。誠はいい加減な吉田がこういうところではまじめに応対するのがおかしくなって笑いそうになって手で口を押さえた。


「あれこれ文句言ったくせにやる気があるじゃないの?」 


 そんなアイシャの言葉に耳を貸す気はないとでも言うように吉田は投票用紙を持って自分のホームグラウンドであるコンピュータルームを目指す。吉田が扉のセキュリティーを解除すると、一行は部屋に入った。


「ここが一番静かに会議ができるだろ?」 


 そう言うと吉田は椅子を入ってきた面々に渡す。誠、アイシャ、かなめ、カウラ、シャム、吉田。


「そこで皆さんに5つくらい例を挙げてもらってそれで投票で決めるってのが一番手っ取り早いような気がするんだけどな」 


 そう言うと吉田は早速何か言いたげなシャムの顔を見つめた。


「合体ロボが良いよ!かっこいいの!」 


 目を輝かせてシャムが叫んだ。めんどくさそうな顔でかなめはシャムを見つめる。だが、シャムはかなめを無視してアイシャに期待一杯の視線を投げかける。


「私は最後でいいわよ」 


 そう言うとアイシャは隣のカウラを見つめる。アイシャに見つめられてしばらく考えた後、カウラはようやく口を開いた。


「最近ファンタジー物を読んでるからそれで……」 


 カウラは一言意見を言ってやり遂げたと言う表情を浮かべている。その瞳が正面に座っているかなめに向かう。そこに挑発的な意図を見つけたのか、突然立ち上がったかなめは手で拳銃を撃つようなカッコウをして見せた。


「やっぱこれだろ?」 


「強盗でもするの?」 


 突っ込むアイシャをかなめはにらみつける。多少はその意見に賛同しているようで吉田がそれとなく口を開いた。


「刑事もののアクションか。うちなら法術特捜の茜とかからネタを分けてもらえるかもしれないな。あっちはいろいろ捕物の経験もあるだろうし」


「そうですね……」 


 誠は愛想笑いでそれに相槌を入れる。 


「はい、刑事物と」 


 そう言うと吉田の後ろのモニターに『西園寺 刑事物』と言う表示が浮かんでいた。


「えーと。ロボ、ファンタジー、刑事物と。おい、神前。お前は何がしたい」 


 そう言って吉田が振り向く。誠は周りからの鋭い視線にさらされた。まずタレ目のかなめだが、彼女に同意すれば絶対に無理するなとどやされるのは間違いなかった。誠の嗜好は完全にばれている。いまさらごまかすわけには行かない。


 カウラの意見だが、ファンタジーは誠はあまり得意な分野では無かった。彼女が時々アニメや漫画とかを誠やアイシャの影響で見るようになってきたのは知っているが、その分野はきれいに誠の抑えている分野とは違うものだった。


 シャム。彼女については何も言う気は無かった。シャムのロボットモノ好きはかなり前から知っていたが、正直あの暑苦しい熱血展開が誠の趣味とは一致しなかった。


 そこでアイシャを見る。


 明らかに誠の出方を伺っていた。美少女系でちょっと色気があるものを好むところなど趣味はほとんど被っている。あえて違うところがあるとすれば神前は原作重視なのに対し、アイシャは18禁の二次創作モノに傾倒しているということだった。

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