果てしない馬鹿達

第494話 市民会館

 それから同じように途中まで進んでは戻ると言う動作を三回繰り返した後、ようやく車はいつもの駐車場に到着した。


「カウラちゃんて……結構頑固よねえ……」 


 助手席から降りたアイシャが伝説の流し目でカウラを見つめた。カウラはとりあえず咳払いをしてそのまま立ち去ろうとする。


「おい!鍵ぐらい閉めろよ。それとも何か?お前も今のアイシャの流し目でくらくらきたのか?」 


 後部座席からようやく体を引っ張り出したかなめが叫ぶ。その言葉を口にしたのがかなめだったことがつぼだったようでアイシャは激しく腹を抱えて笑い出した。以前、かえでがこの流し目を見て頬を染め、それからはすっかりかなめと並ぶ身も心も捧げたいお姉さまの一人となっていることが彼女の流し目を『伝説』と呼ばせることになった。カウラはあわてて車のキーを取り出して鍵をかける。


 そのまま造花とちょうちんに飾られたアーケードの下を四人は進む。いつもの司法局実働部隊のたまり場、小夏の実家の『あまさき屋』とは逆方向の市民会館に向かって歩く。そしてフリーマーケットの賑わいを通り過ぎた先にどう見ても怪しい集団が取り巻いている市民会館にたどり着いた。


 年は30歳前後が一番多いだろう。彼等は二種類に分類できた。


 一方は迷彩柄のベストや帽子をかぶり、無駄に筋肉質な集団。そしてもう一方はアニメキャラのプリントされたコートなどに身を包む長髪が半分を占める団体である。


「おい、アイシャ。お前どういう宣伝をやったんだ?」 


 違和感のある観客を見てかなめはものすごく不機嫌そうな顔をする。アイシャはただニヤニヤと笑うだけで答えるつもりは無い様だった。そのまま彼らから見つからないように裏口の関係者で入り口に向かう。そこにはすでにシャムが到着していた。いつものように東和軍と共通のオリーブドラブの制服。そして帽子だが、シャムの帽子には猫耳がついている。


「お前も相変わらずだなあ……」 


 呆れながら声をかけるかなめを見つけるとシャムはそのまま中の通路に走り出した。


「おい!アイシャ!これ!」 


 そう言ってゴスロリドレスを着込んでステッキを持った少女がめがねをアイシャに渡す。


 誠が目をこすりながら見るとその少女はランだった。その鋭い目つきは明らかにこの格好をさせられていることが気に入らないらしい。特徴的なランの眼光はぎらぎらと輝きながら誠達を威圧した。


 さすがに上官をこれ以上苛立たせまいとアイシャがめがねをかけて息を整える。それを見たランが怒りに任せるように一気に爆発した感情に任せてしゃべりだした。


「おい、アイシャ!あの連中はなんだ?アタシは子供達が楽しむための子供向け映画だから出るって言ったんだぞ!それになんでこの格好で舞台挨拶しろって……オメー!なんかたくらんでるんじゃねーのか?え?」 


 そう言って食って掛かろうとするランだが、アイシャは腰を落としてランの視線に自分の視線を合わせると頭を馬鹿にしたように撫ではじめた。


「馬鹿野郎!アタシの頭を撫でるんじゃねー!」 


「だってかわいいんだもの。ねえ!」 


 そう言って今度は誠に話題を振ってくる。


「まあ、ネットで人気投票やったらクバルカ中佐の格好が一番好評だったんで……まあ魔法少女モノですとライバルキャラが人気になるのはよくあることですから」 


 誠のフォローは何の足しにもならなかったようで、ランは誠の鳩尾に一撃した後そのまま奥へと消えていった。鳩尾を押さえてうずくまる誠を看病しようとするのはカウラだけだった。かなめは腹を抱えて笑い、アイシャはそのまま奥へと消えていく。


「しかし、傑作だぜあのガキ。ああいった格好すると本当にガキだな」 


 かなめの笑いはそう簡単には止まりそうに無い。そこにサラが現れた。


「ちょっと!誠君達。遊んでないで手伝ってよ!あなた達、入場整理の係でしょ?」 


 すぐさまきびすを返して音響用のコードを持って走り回る島田を追いかける。


「入場整理ってあれか?」 


 かなめは入り口にたむろした集団を思い出していた。


「あまり係わり合いにはなりたくないな」 


 歯に衣着せないカウラの一言。誠も中身は彼等と大差ないのでとりあえず愛想笑いを浮かべて立ち上がった。いまだに腹部に痛みが残り渋い笑みが自然とこぼれる。


「大丈夫か?」 


 気遣うカウラを制してそのまま誠は歩き始めた。


 今回の映画、『魔法戦隊マジカルシャム』の服飾およびメカ、敵の機械魔人のデザインをしたのは誠である。とりあえず観衆の期待がそれなりに高いと言うことも分かって、誠はやる気を見せるべくそのままロビーへとたどり着いた。


 先頭の客は誠も何度かコミケで顔を合わせたことのある大手同人サークルの関係者だった。その前に立つアイシャと世間話をしている。


「ずいぶん来てるな。結構入るんだろ?この劇場って」 


 かなめはタバコを手にしてそのまま喫煙コーナーへと向かう。


「ええ、五百人弱は入ると思いますよ」 


 その言葉にかなめは絶句してタバコを落としそうになる。カウラはロビーに広がる独特な雰囲気にいつものように飲まれていた。かなめはそのまま足早に喫煙コーナーのついたての向こうに消えた。そんな光景を見ていた誠に近づいてきたのはキムとエダだった。


「それじゃあカウラさんと……西園寺さんは入り口でこの券を販売してください。それと神前はクレーム対策な」


 そう言ってキムが笑う。


「無料じゃないのか?」 


 そう言って迫るカウラにキムは親指で客と談笑をしているアイシャを指差した。


「ああ、あの人が漫画研究会の活動資金にするんだとか。それに確かに吉田少佐はきっちり画像処理の料金とか請求するとか言ってたし」 


「俺がどうかしたって?」 


 劇場の扉からは顔中埃だらけの吉田が現れる。キムとエダは敬礼した後すばやく立ち去ってしまう。


「それにしても客よく集めたな。入場料は五百円か。高いのか安いのか……」 


 そう独り言を言うと吉田は再び劇場の中に消えていく。


「何しにきたんだ?吉田の奴」 


 いつの間にかタバコを吸い終えて戻ってきたかなめは誠の隣で屈伸をしている。


「客の様子でも見に来たんだろ?じゃあ私達もいくぞ!」 


 こういう場所でも責任感を発揮するカウラはゆったりした歩き方でロビーへと歩き始めた。


「これか」 


 カウラはそう言うとエダが用意したチケットの入った箱を見た。隣には釣り用の小銭、そして隣にはパンフレット。そしてその隣には……。唖然とする誠とカウラを見るとアイシャは手早く雑談をしていた客に挨拶をして誠達に近づいてくる。


「これを売るのか?」 


 かなめはそう言うと薄いオフセット印刷の雑誌を手に取る。表紙の絵はシャムの作だった。金髪の男性とひげ面の男が半裸で絡み合っている絵にかなめは明らかに引いたように見える。


「大丈夫よ。今日はあまり女性客にはアピールしていないから売れないと……」


「そういう問題じゃねえ!」 


 かなめはそう言うと上着を脱いで同人誌の山にかぶせる。それを見たアイシャはやり取りを興味深そうに眺めていた観客に向かって手を広げて見せた。


「皆さん!ここで当部隊西園寺大尉によるストリッ……フゲ!」


 そこまでアイシャが言ったところでかなめは彼女の前に積まれた同人誌を一冊丸めて思い切り叩く。ヘッドロックをアイシャにかけるとワイシャツの下のふくらみが際立つ。そしてそんなかなめの姿に観衆は盛り上がる。


「ナイスよ……かなめちゃん。その反応を待っていたの」 


 首を締め上げられながらにんまりと笑うアイシャにかなめの腕の力が抜ける。アイシャは器用にそこを抜け出し手をたたいて観客に向き直った。


「それでは皆さん!では受付を開始します!」 


 アイシャはそう言うと彼女の体を張った芸に感心する知り合い達に愛想笑いを浮かべながら手を広げる。いつの間にか受付と書かれたテーブルに座っていたカウラが準備を済ませて先頭に立っていたアイシャの知り合いらしい無精髭の男から札を受け取る。


「五百円に……それじゃあこれがお釣りで」 


 準備が念入りだった割りにカウラはこういう客を相手にするのは苦手らしくなんともぎこちない感じで受付をする。だが、一部の熱い視線が彼女に注がれているのが、そう言うことには疎い誠にもすぐに分かった。


「誠ちゃん、ちょっと列の整理お願いできるかしら?それとかなめちゃんは邪魔だからそのまま帰っていいわよ」 


「んだと!コラァ!」 


 食って掛かろうとするかなめを押さえつけて誠はそのまま受付のロビーから外に並んでいる列の整理に当たることにした。とりあえず今のところは混乱は無い。だが……。誠は隣に立っているかなめの様子を伺っていた。明らかに不機嫌である。右足でばたばたと地面を叩いていて、観客達を嘗め回すように見つめる。


 元々それほどかなめの顔つきは威圧的ではない。どちらかと言えば色気のある顔だと誠は思っていた。遼州や地球の東アジア系にしては目鼻立ちははっきりしていて、特徴的なタレ目には愛嬌すら感じる。


 だが、明らかに口をへの字にまげて、ばたばたと貧乏ゆすりを続けていて、しかも着ている制服は東和軍と同じ。一部のミリタリー系のマニアが写真を取ろうとするたびに威嚇するように目を剥く。先ほどのアイシャとのやり取りで一回り大柄なアイシャの頭を楽に引っ張り込んだ力を見ていた客達はそんなかなめにはむかう度胸は無いようで静々と列は進む。


「なんか、僕はすることあるんですかね……」 


 噛み付きそうなかなめの表情を見ると不器用で何度も釣の勘定を間違えているカウラの受付で苛立った客達もするすると会館のロビーへと流れて行く。


「そこ!タバコ!」 


 そう叫んでかなめが一人の迷彩服の男に近寄っていく。誠もこれはと思いそのままかなめの後をつけた。


「禁煙ですか……消します」 


 かなめの迫力に負けて男はすぐに持っていた携帯灰皿に吸いかけのタバコをねじ込む。それを見ると不思議そうな顔をしてかなめは誠の待つロビーの前の自動ドアのところに帰ってきた。


「くそったれ、もう少し粘ったらタバコを没収してやろうと思っていたのに」 


 そう言うとかなめは今度は自分でポケットからタバコを取り出しそうになってやめる。その様子を誠に見られていかにもばつが悪いと言うように空を見上げる。次第にアイシャの交友関係から発展して集まった人々はいなくなり、町内の見知った顔が列に加わっているのが見える。


「おい、もう大丈夫だろ?戻ろうぜ」 


 そう言うとまるで誠の意思など確認するつもりは無いと言うようにかなめは受付へとまっすぐに向かっていく。誠もそれに引き摺られるようにして彼女の後を追った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る