第453話 構図
「黙ってねえで考えろ」
誠にそう言うかなめだが案が思いつきそうに無いのはすぐにわかる。
「じゃあ……胡州風に十二単とか水干直垂とか……駄目ですね。わかりました」
闇雲に言ってみても、ただアイシャが首を横に振るばかりだった。かなめはアイシャの余裕の表情が気に入らないのか口元を引きつらせる。
「もらってうれしいイラストじゃないと。驚いて終わりの一発芸的なものはすべて不可。当たり前の話じゃない」
「白拍子や舞妓さんやおいらん道中も不可ということだな」
かなめの発想にアイシャは呆れたような顔をした後にうなづく。それを聞くとかなめはそのままどっかりと部屋の中央に座り込んだ。部屋の天井の木の板を見上げてかなめはうなりながら考える。
「西洋甲冑……くの一……アラビアンナイト……全部駄目だよな」
アイシャを見上げるかなめ。アイシャは無情にも首を横に振る。
「ヒント……出す?」
「いいです」
誠は完全にからかうような調子のアイシャにそう言うと紙と向かい合う。だがこういう時のアイシャは妥協という言葉を知らない。誠はペンを口の周りで動かしながら考え続ける。カウラの性格を踏まえたうえで彼女が喜びそうなシチュエーションのワンカットを考えてみる。基本的に日常とかけ離れたものは呆れて終わりになる。それは誠にもわかった。
「いっそのこと礼服で良いんじゃないですか?東和陸軍の」
やけになった誠の一言にアイシャが肩を叩いた。
「そうね、カウラちゃんの嗜好と反しないアイディア。これで誠ちゃんも一人前よ。堅物のカウラちゃんにぴったりだし。よく見てるじゃないのカウラちゃんのこと」
満面の笑みで誠を見つめるアイシャ。しかしここで突込みがかなめから入ると思って誠は紙に向かおうとする。
「それで誰が堅物なんだ?」
突然響く第三者の声。アイシャが恐る恐る声の方を振り向くとカウラが表情を殺したような様子で立っていた。
「あれ?来てたの」
「鍵が無いんだ、それに私がいても問題の無い話をしていたんだろ?」
そう言って畳に座っているかなめの頭に手を載せる。かなめはカウラの手を振り払うとそのまま一人廊下に飛び出していった。
カウラはじっと誠に視線を向けてきた。
「プレゼントは絵か」
「ええ、まあ……」
そう言う誠にカウラは微笑んでみせる。
「とりえがあるのは悪いことじゃない」
そう言うとカウラは誠から目を離して珍しいものを見るように誠の部屋を眺め回した。
「漫画が多いな。もう少し社会勉強になるようなものを読んだほうが良いな」
誠もアイシャも歩き回るカウラを制するつもりも無かった。どこかしらうれしそうなそんな雰囲気をカウラはかもし出していた。
「気にしないで作業を続けてくれ。神前は本当に絵がうまいのは知っている話だからな」
そう言うとカウラは棚の一隅にあった高校時代の練習用の野球のボールを手にする。
「カウラちゃんあのね……」
アイシャがようやく言葉を搾り出す。その声にカウラが振り向く。引きつっているアイシャの顔に不思議そうな視線を投げかけてくる。
「あれでしょ?もらったときに見たほうが楽しみが増えたりするでしょ?」
「そう言うものなのか?クラウゼのふざけた意見を取り入れた絵だったりしたら怒りが倍増するのは確実かもしれないが」
今度はカウラはその視線を誠に向けてくる。確かに先ほどの意見のいくつかを彼女に見せれば冷酷な表情で破り捨てかねないと思って愛想笑いを浮かべる。
「なるほど、内緒にしたいのか。それなら別にかまわないが……西園寺!」
カウラの強い口調に廊下で様子を伺っていたかなめが顔を覗かせる。
「こちらは二人に任せるが貴様の明日の都心での買い物。私もついて行かせてもらうからな」
「なんでだよ。アタシも秘密にしておいて……」
そこまで言ったところで先ほどとはまるで違う厳しい表情のカウラがそこにいた。
「まあ数千円の買い物ならそれでもかまわないが貴様は……」
カウラは呆れたようにかなめを見つめる。誠も昨日、かなめが気に入らないと買うのをやめたティアラの値段が数百万だったことを思い出しニヤニヤ笑っているかなめに目を向けた。
「なんだよ、実用に足るものを買ってやろうとしただけだぜ。アタシの上官が貧相な宝飾品をつけてそれなりの舞台に立ったなんてことになったらアタシの面子が丸つぶれだ」
そう言うと立ち上がり、かなめは自分より一回り大柄なカウラを見上げる。だがカウラもひるむところが無かった。
「身につけているもので人の価値が変わるという世界に貴様がいたのは知っている。だが、私にまでそんな価値観を押し付けられても迷惑なだけだ」
カウラの言葉がとげのように突き刺さったようでかなめは眼光鋭くカウラをにらみつけた。
「そんなに難しく考えるなよ。要するにだ。アタシの満足できる格好でそう言う舞台に出てくれりゃあいい。それだけの話だ」
そこで話を切り上げようとするかなめだが、カウラはそのつもりは毛頭無かった。
「貴様の身勝手に付き合うのはごめんだな。それならアイシャにも買ってやる必要があるんじゃないのか?」
カウラの言葉に手を打つかなめをアイシャはまばゆい光をまとっているような目で見つめる。
「ああ、そうだな。オメエいるか?」
かなめは渋々そうつぶやいた。だが目の前には満面の笑みで紺色の髪を掻きあげるアイシャの姿がある。
「断る理由が無いじゃないのよ……お・ひ・め・さ・ま!」
「気持ち悪りい!」
しなだれかかるアイシャをかなめは振り払う。だが、その状況でカウラはかなめに高額な宝飾品を断る理由が無くなった。
「でもあまり派手なのは……」
そんなカウラの肩に自信を持っているかなめが手を乗せる。
「わかってるよ。アタシの目を信じな」
かなめには自信がみなぎっている。そんな表情は模擬戦の最中にしか見れないものだった。隣のアイシャもうれしそうに妄想を繰り広げている。
「じゃあ私の目にもかなうもので頼む」
カウラは場が明らかにかなめのペースに飲まれていると感じて不安げに誠に目をやりながら引き下がろうとする。だが、この状況でかなめが彼女を巻き込まないはずが無かった。
「あれ?ついてくるって言わなかったか?自分のセンスで選ぶんだろ?まあセンスがテメエにあればの話だがな」
かなめはそう言って目じりを下げる。カウラはおどおどと戸惑う。アイシャはまだ妄想を続けていた。
「安心しろよ。アタシが行く店は信用が置けるところばかりだからな。つまらないものはアタシが文句を言って下げさせて見せるぞ」
かなめは当然のように胸を張る。それをカウラはさらに心配性な表情で見つめる。すっかり四人で中心街に向かうことになってため息を漏らす誠だった。
「で……僕の絵は?」
「楽しみにしている。西園寺の贈り物よりはな」
カウラはそう言って出て行った。
「結構な出費になりそうね」
にやけたアイシャだが、かなめは別のそれを気にする様子は無かった。
「まあ、何とかなるだろ。あんまり根はつめるなよ」
そう言うとかなめは右手を上げてそのまま出て行く。それにつられて興味を失ったようにアイシャも続いた。
誠はようやく独りになって礼服姿のカウラを想像しながら下書きに取り掛かろうとした。
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