第452話 コスチューム

「ご馳走様。それじゃあ僕は……」 


 誠が立ち上がるのを見るとアイシャも手を合わせる。


「ご馳走様です。おいしかったわね。それじゃあ、私も誠ちゃんの部屋に……」 


「なんで貴様が行くんだ?」 


 カウラの言葉にただ黙って笑みを浮かべてアイシャが立ち上がる。その様子を見てそれまで薫の動きに目を向けていたかなめも思い出したような笑みを浮かべる。


「じゃあアタシもご馳走様で」 


「貴様等は何を考えてるんだ?つまらないことなら張り倒すからな」 


 誠達の行き先が彼の部屋であることを悟ったカウラが見上げてくるのをかなめは楽しそうに見つめる。


「ちょっと時間がねえんだよな、のんびりと説明しているような」 


 そう言って立ち上がろうとするかなめを追おうとするカウラを薫が抑えた。


「なにか三人にも考えがあるんじゃないの。待ったほうが良いわよ、誠達が教えてくれるまでは」 


 カウラは薫の言葉に仕方がないというように腰掛けて誠達を見送った。


「なあ、悟られてるんじゃねえのか?」 


 階段を先頭で歩いていたかなめが振り向く。


「そんなの決まってるじゃないの。誠ちゃんが画材を買ったことはカウラちゃんも知ってるのよ。問題はその絵のインパクトよ」 


 そう言ってアイシャは誠の肩を叩いた。


「なんでお二人がついてくるんですか?」 


 さすがの誠も自分の部屋のドアを前にして振り返って二人の上官を見据える。


「それは助言をしようと思って」 


「だよな」 


 あっさりと答えるアイシャとかなめに誠はため息をついた。おそらく邪魔にしかならないのはわかっているが、何を言っても二人には無駄なのはわかっているので誠はあきらめて自分の部屋のドアを開いた。


「なんだ変な匂いだな、おい」 


「エナメル系の塗料の匂いよ。何に使ったのかしら」 


 部屋を眺めている二人を置いて誠は買ってきた画材が置いてある自分の机を見つめた。とりあえず誠は椅子においてあった画材を机に並べる。


「あ!こんなところにフィギュアの原型が」 


 幸いなことにアイシャは以前誠が作ったフィギュアの原型に目をやっている。誠はその隙にと買って来た並べた画材見回すと紙を取り出す。


「しかし……凄い量の漫画だな」 


 本棚を見つめているかなめを無視して机に紙を固定する。誠は昔から漫画を書いていたので机はそれに向いたつくりとなっていた。手元でなく漫画にかなめの視線が向いているのが誠の気を楽にした。


 そして紙を見て、しばらく誠は考えた。


 相手はカウラである。媚を売ったポーズなら明らかに軽蔑したような視線が飛んでくるのは間違いが無かった。胸を増量したいところだが、それも結果は同じに決まっていた。


 目をつぶって考えている誠の肩をアイシャが叩く。


「やっぱりすぐに煮詰まってるわね」 


 そんな言葉に自然と誠はうなづいていた。それまで本棚を見ていたかなめもうれしそうに誠に視線を向けてくる。


「まあ、アタシ等の方が奴との付き合いが長いからな」 


「そうよね。あの娘が何を期待しているかは誠ちゃんより私達のほうが良く知っているはずよね」 


 自信満々に答えるアイシャに嫌な予感がしていた。完全に冗談を連発するときの二人の表情がそこにある。そしてそれに突っ込んでいるだけで描く気がうせるのは避けたかった。


「じゃあ、どういうシチュエーションが良いんですか?」 


 誠は恐る恐るにんまりと笑う二人の女性士官に声をかけた。


「まず、ああ見えてカウラは自分がお堅いと言われるのが嫌いなんだぜ。知ってるか?」 


「ええ、まあ」 


 はじめのかなめの一言は誠も知っているきわめて常識的な一言だった。アイシャは例外としてもそれなりになじんだ日常を送っている人造人間達に憧れを抱いているように見えることもある。特にサラのなじんだ様子には時々羨望のまなざしを向けるカウラを見ることができた。


「それに衣装もあんまり薄着のものは駄目よ。あの娘のコンプレックスは知ってるでしょ?」 


 アイシャの指摘。たしかに平らな胸を常にかなめにいじられているのを見ても、誠も最初から水着姿などは避けるつもりでいた。


「あと、露出が多いのも避けるべきだな。あいつはああ見えて恥ずかしがり屋でもあるからな。太ももや腹が露出している女剣士とかは避けろよ」 


 そんな的確に指摘していくかなめを誠は真顔で覗き見た。一年以上の相棒として付き合ってきただけにかなめの言葉には重みを感じた。確かに先日海に行ったときも肌をあまり晒すような水着は着ていなかった。ここで誠はファンタジー系のイラストはあきらめることにした。


「それならお二人は何が……」 


『メイド服』 


 二人の声があわさって響く。それと同時に誠は耐え難い疲労感に襲われた。


「かなめちゃんまねしないでよね!それにメイド服なら……」 


「着せてそれを参考にして描けばいいじゃねえか。それに神前……」 


 ニヤニヤと笑いながら近づいてくるかなめに誠は苦笑いで答える。かなめのうれしそうな表情に誠は思わず身構える。


「考えにはあったんだろ?メイドコスのカウラに萌えーとか」 


 心理を読むのはさすが嵯峨の姪である。誠は思わず頭を掻いていた。


「ええ、まあ一応」 


 そんな誠の言葉にかなめは満足げにうなづく。だが突然真剣な、いつも漫画を読むときの厳しい表情になったアイシャがいつもどおりに誠に声をかける。


「まあ冗談はさておいて、何が良いかしら」 


「冗談だったのか?」 


 かなめの言葉。彼女が本気だったのは間違いないが、それにアイシャは大きなため息で返す。そんな彼女をかなめはにらみつける。いつもどおりの光景がそこにあった。


「当たり前でしょ?メイド服は私のプレゼントだけで十分。他のバリエーションも考えなきゃ」 


 自信満々にアイシャは答える。かなめは不満げに彼女を見上げた。


「そこまで言うんだ、何か案はあるのか?」 


 もはや絵を描くのが誠だということを忘れたかのような二人の言動に突っ込む気持ちも萎えた誠は椅子に座ってじっと二人を見上げていた。


「一応案はあるんだけど……誠ちゃんも少しはこういうことを考えてもらいたい時期だから」 


 アイシャは神妙な顔でそう言った。


「何の時期なんだよ!」 


 かなめが突っ込む。だが、アイシャのうれしそうな瞳に誠は知恵を絞らざるを得なかった。


「そうですね……野球のユニフォーム姿とか」 


 誠はとりあえずそう言ってみた。アンダースローの精密コントロールのピッチャーとして草野球リーグでのカウラの評判は高かった。俊足好打で知られているアイシャを別格とすれば注目度は左の技巧派として知られる誠の次に評価が高い。


「なるほどねえ……」 


 サイボーグであるため大の野球好きでありながらプレーができずに監督として参加しているかなめが大きくうなづいた。


「でも、意外と個性が出ないわよね。ユニフォームと背番号に目が行くだろうし」 


 アイシャの指摘は的確だった。アンダースローで司法局実働部隊のユニフォームを着て背番号が18。そうなればカウラとはすぐわかるがそれゆえに面白みにかけると誠も思っていた。


「それにカウラちゃんのきれいな緑の髪が帽子で見えないじゃない。それは却下」 


 そんな一言に誠は少しへこむ。


「そう言えば去年の時代行列の時の写真があっただろ?あれを使うってのはどうだ?」 


 かなめはそう言って手を打った。豊川八幡宮での節分のイベントに去年から加わった時代行列。源平絵巻を再現した武者行列の担当が司法局実働部隊だった。鎧兜に身を固めたカウラやかなめの姿は誠の徒歩武者向けの鎧を発注するときに見せてもらっていた。凛とした女武者姿の二人。明らかに時代を間違って当世具足を身につけているアイシャの姿に爆笑したことも思い出された。


「あの娘、馬に乗れないわよね。大鎧で歩いているところを描く訳?それとも無理して馬に乗せてみせる?」 


 アイシャの言葉にまた誠の予定していたデザインが却下された。鉢巻に太刀を構えたカウラの構図が浮かんだだけに誠の落ち込みはさらにひどくなる。


「あとねえ……なんだろうな。パイロットスーツ姿は胸が……。巫女さんなんて言うのはちょっとあいつとは違う感じだろ?」 


「巫女さん萌えなんだ、かなめちゃん」 


 アイシャがかなめの言葉を聞くと満面の笑みを浮かべる。


「ちげえよ馬鹿!」 


 ののしりあう二人を置いて誠は頭をひねる。だが、どちらかといえば最近はアイシャの企画を絵にすることが多いこともあってなかなか形になる姿が想像できずにいた。


 かなめも首をひねって考えている。隣で余裕の表情のアイシャを見れば、いつものかなめならすぐにむきになって手が出るところだが、いい案をひねり出そうとして思案にくれていた。

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