第454話 貴賓室

「いつも混むわねえ、この道。地下鉄で正解だったわよ」 


 翌日、アイシャは東都の中心街、造幣局前の出口階段から外界に出ると、目の前を走る国道に目を向けた。そこには歩いたほうが早いのではと思わせるような渋滞が繰り広げられている。


「まあな。アタシがいつ来てもこんな感じだから……って、ここらに来る用事ってあるのか?特にオメエに」 


 ダウンジャケットを着込んだかなめが知った風につぶやく。これから彼女の顔が利くという宝飾ブランドの店に行くというのに、その服装はいつもと変わることが無かった。誠もアイシャもカウラも取り立てて着飾ってはいない。そして周りを歩く人々の気取った調子に誠は違和感を感じながら慣れた調子で歩き始めたかなめを見つめていた。


「結構ゲームの中の人のイベントとか新作発表会なんかがこのあたりのホールでやることがあるから。ねえ、先生」 


 にやけた目つきでアイシャに見つめられて誠は思わずうなづく。かなめはそれを見るとそのまま迷うことなく広い歩道が印象的な中央通りを歩き始めた。確かにアイシャの言うとおりだったが、大体そう言うときは同好の士も一緒に歩いて街の雰囲気とかけ離れた状況を作り出してくれていて誠にとってはそれが当たり前になっていた。


「でも、本当にこんな格好で良いのか?」 


 誠の耳元にカウラが口を寄せてつぶやく。誠も正直同じ気持ちだった。


 少なくとも公立高校の体育教師の息子が来るには不釣合いな雰囲気。現役の士官でもこんなところに来るのは資産家の娘のかなめのような立場の人間だけだろう。そと思いながらすれ違う人々から視線を集めないようにせかせかと誠とカウラは歩く。


「なによ、二人とも黙っちゃって」 


 かなめの隣を悠々と歩いていたアイシャが振り向いてにんまりと笑う。


「だってだな……その……」 


 思わずカウラはうつむく。アイシャにあわせて立ち止まったかなめも満足げな笑みを浮かべている。


「なにビビッてるんだよ。アタシ等は客だぜ?しかもアタシの顔でいろいろとサービスしてくれる店だ。そんなに硬くなることはねえよ」 


 そう言ってそのままかなめは歩き始める。調子を合わせるようにアイシャはかなめについていく。


「本当に大丈夫なのか?」 


 誠にたずねるカウラだが、その回答が誠にはできないことは彼女もわかっているようで、再び黙って歩き始める。


 次々と名前の通ったブランドの店の前を通る。アイシャはちらちらと見るが、どこか納得したようにうなづくだけで通り過ぎる。かなめにいたっては目もくれないで颯爽と歩いている。誠とカウラはそのどこかで聞いたようなブランド名の実物を一瞥してはかなめから遅れないように急いで歩くのを繰り返していた。


「そこだ」 


 かなめが指差す店。大理石の壁面と凝った張り出すようなガラスの窓が目立つ宝飾品の店。目の前ではリムジンから降りた毛皮のコートの女性が絵に描いたように回転扉の中に消える。


「帰りたいなあ……」 


 カウラはうつむくと誠だけに聞こえるようにそうつぶやいた。


「よろしくて?行きますわよ」 


 振り返ってそう言ったかなめの雰囲気の変わり具合に誠もカウラも唖然とした。かなめは悠然と回転ドアに向かう。そこにはいつもの粗暴な怪力と言う雰囲気は微塵も無い。カジュアルな雰囲気のダウンジャケットも優雅な物腰のかなめが着ていると思うと最高級の毛皮のコートのようにも見えた。


「変わるものねえ」 


 そう言いながらアイシャがついていく。その言葉を聴いて振り向いてにっこりと笑うかなめは誠にとっても別人のものだった。


 回転扉を通ると店内には数人の客が対応に当たる清楚な姿の女性店員と語らっているのが見える。店のつくりは誠がこれまで見たことがあるようなデパートの宝飾品売り場などとは違って展示されているのは数は少ないが豪華なケースに入った指輪やネックレスやティアラ。その中身も誠は美術館等で目にしそうなものばかりだった。


「これは西園寺様……」 


 落ち着いた物腰でかなめに近づいてくる女性の店員。それほど若くは見えないが清潔感のある服装が際立って見える。


「久しぶりに寄らせていただきましたわ。神田さんはいらっしゃるかしら」 


 所作も変われば声色も変わる。その豹変したかなめにアイシャは一人、生暖かい視線を送る。カウラは店員が声をかけてきたときから凍ったように固まっている。誠も似たような状況だった。


「わかりました……それでは奥にご案内しますので」 


 そう言って歩き出す店員にかなめは当然のように続いていく。そのいかにも当然と言う姿に誠もアイシャも戸惑いながらついて行こうとする。


「カウラさん!」 


 誠に声をかけられるまで硬直していたカウラが驚いたようにその後につける。店内でもVIP扱いされるにしては貧相な服装のかなめ達を不思議そうに見る客達の視線が痛かった。


「どうぞ、こちらです」 


 黒を基調とする妖艶な雰囲気の廊下から金の縁がまぶしい豪華な客室に通された。誠達の後ろにいつの間にかついてきていた若手の女性店員が扉のそばに並ぶ。穏やかに先輩とわかる店員が合図すると彼女達は静かにドアの向こうに消えていく。


「皆さんもお座りになられてはいかがです?」 


 すでにソファーに腰掛けているかなめの言葉に誠とカウラは引きつった笑みを浮かべていた。明らかにいつもの彼女を知っている三人には違和感のある言葉の調子。仕方なく誠達はソファーに腰掛けた。


「いつもお友達を紹介していただいてありがとうございます。この方達は……」 


 明らかに不釣合いな誠達を見回す店員をかなめは満足げに眺める。


「職場の同僚ですわ。一応この二人に似合うティアラを用意して差し上げたくて参りましたの」 


 『二人』その言葉に口を開けるアイシャ。まさに鳩が豆鉄砲を食らった顔というものはこう言うものかと誠は納得した。


「あら、そうなんですか。大切なお友達なのですね」 


 そう言って微笑む店員。明らかに動揺しているカウラとやけに落ち着いているアイシャがいた。


「いえ、友達ではありませんわ。ただの同僚ですの」 


 穏やかな声だがはっきりと響くその声に少し店員はうろたえた。だが、それも一瞬のことですぐに落ち着きを取り戻すとドアへと向かっていく。


「それでは用意をさせていただきますので」 


 それだけ言って女性店員は出て行った。


「貴賓室付……さすがというかなんと言うか……」 


 そう言ってカウラは周りを見回す。真顔になったアイシャがゆっくりと視線をかなめに向ける。


「かなめちゃん。気持ち悪いわよ」 


「うるせえ。テメエ等は黙ってろ」 


 一瞬だけいつのもかなめに戻る。それを見て誠は安心して成り行きに任せる決意を固めた。

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