第441話 世間話
「でも安心したな。貴様がこんなになじんでいるとは……本当に」
とりあえず仕事の話を終えたエルマは手にしたミックス玉の入ったボールをアイシャの真似をしながらかき混ぜる。その言葉にかなめは眉をひそめた。
「なじんでる?こいつが?全然駄目!なじむと言う言葉に対する冒涜だよそりゃ」
かなめはそのまま手にしたジンのグラスを傾ける。カウラは厳しい表情でかなめをにらんでいる。
「ほら、見てみろよ。ちょっと突いたくらいでカッとなる。駄目だね。修行が足りない証拠だよ」
「そうねえ。その点では私もかなめちゃんに同意見だわ」
手を伸ばしたビールのジョッキをサラに取り上げられてふてくされていたアイシャが振り向く。その言葉に賛同するように彼女から奪ったビールを飲みながらサラがうなづき、それを見てパーラも賛同するような顔をする。
「そうかな。まだやはり慣れているとは言えないか……」
カウラは反省したように静かにつぶやく。その肩を勢い良くアイシャが叩いた。
「その為の誕生日会よ!期待しててよね!」
アイシャはそこで後悔の念を顔ににじませる。誠はすぐにかなめに目をやった。かなめはにんまりと笑い、烏賊ゲソをくわえながらアイシャを見つめている。
「ほう期待できるわけだ。どうなるのか楽しみだな」
「なるほど。分かった。期待しておこう」
納得したようにカウラは烏龍茶を飲む。そこでアイシャの顔が泣きべそに変わる。
「良いもんね!じゃあ誠ちゃんのお母さんに電話して仕切っちゃうんだから!」
そう言うとアイシャは腕の端末を通信に切り替える。だが、彼女の言った言葉を聞き逃すほどかなめもカウラもお人よしではなかった。
「おい、アイシャ。こいつの実家の番号知ってるのか?」
かなめの目じりが引きつっている。隣でカウラは呆然と音声のみの通信を送っているアイシャを眺めている。
「実家の番号じゃないわよ。薫さんの携帯端末の番号」
その言葉で夏のコミケの前線基地として誠の実家の剣道場に寝泊りした際に仕切りと母の薫と話をしていたアイシャのことを思い出して呆然とした。
「あのー本気ですか?アイシャさん……あのー」
アイシャに近づこうとする誠をサラとパーラが笑いながら遮る。呼び出しの後、アイシャの端末に誠の母、神前薫の顔が映る。
『もしもし……ってクラウゼさんじゃないの!いつも誠がお世話になっちゃって』
「いいんですよ、お母様。それと私はアイシャと呼んでいただいて結構ですから」
微笑むアイシャをカウラは敵意を込めてにらみつける。烏賊ゲソをかじりながらやけになったように下を見ているかなめに誠は焦りを感じた。
『でも……あれ、そこはなじみのお好み焼き屋さんじゃないですか。また誠が迷惑かけてなければいいんですけど』
「今日は今のところ大丈夫」
サラ大きくうなづきながらつぶやいた。誠はただその有様を笑ってみていることしかできなかった。
「大丈夫ですよお母様。しっかり私が見ていますから」
「なに言ってるんだよ。誠の次につぶれた回数が多いのはてめえじゃねえか」
ぼそりとつぶやいたかなめをアイシャがにらみつける。
「なんだよ!嘘じゃねえだろ!」
かなめが怒鳴る。だがさすがに誠の母に知られたくない情報だけに全員がかなめをにらみつけた。かなめはいじけて下を向く。
『あら、西園寺のお嬢さんもいらっしゃるのかしら』
薫の言葉にアイシャは画面に向き直る。
「ええ、あのじゃじゃ馬姫はすっかりお酒でご機嫌になって……」
「酒で機嫌がいいのは貴様じゃないのか?」
今度はカウラが突っ込みを入れる。再びアイシャがそれをにらみつける。
『あら、今度はベルガー大尉じゃないですか!皆さんでよくしていただいて本当に……』
そういうと薫は少し目じりをぬぐう。さすがにこれほどまで堂々と母親を晒された誠は複雑な表情でアイシャを見つめる。
『本当にいつもありがとうございます』
「まあまあ、お母様。そんなに涙を流されなくても……ちゃんと私がお世話をしますから」
そう言ってなだめに入るアイシャをランはただ呆れ返ったように見つめている。その視線が誠に向いたとき、ただ頭を掻いて困ったようなふうを装う以外のことはできなかった。
「それじゃあ誠さんを出しますね」
「え?」
そういうとアイシャは有無を言わさず端末のカメラを誠に向ける。ビールのジョッキを持ったまま誠はただ凍りついた。
「ああ母さん……」
『飲みすぎちゃだめよ。本当にあなたはお父さんと似て弱いんだから』
薫はそう言ってため息をつく。
「やっぱり親父も脱ぐのか?すぐ脱ぐのか?」
ニヤニヤ笑いながら顔を近づけてくるかなめを誠は押しやる。カウラもかなめを抱えて何とか進行を食い止める。
『お酒は飲んでも飲まれるな、よ。わかる?』
「はあ」
母の勢いにいつものように誠は生返事をした。
「おい、クリスマスの話がメインじゃなかったのか?」
思い出したようなランの言葉にアイシャは我に返った。誠達に腕の端末の開いた画像を見せていた彼女はそのまま自分のところに腕を引いた。
『クリスマス?』
薫は不思議そうに首をひねる。
「いえ、カウラちゃんの誕生日が12月24日なんですよ」
アイシャはごまかすように口元を引きつらせながらそう言った。その言葉に誠の母の表情が一気に晴れ上がる。
『まあ、それはおめでたい日にお生まれになったのね!』
「ちなみに八歳です」
「余計なことは言うな」
かなめの茶々をカウラはにらみつけて黙らせる。それを聞いて苦笑いを浮かべながらかなめはグラスを干した。
『じゃあ、お祝いしなくっちゃ……ってクリスマスイブ……』
そう言うとしばらく薫は考えているような表情を浮かべた。
「そうですね。だから一緒にやろうと思うんですよ」
アイシャの言葉にしばらく呆然としていた薫だが、すぐに手を打って満面の笑みを浮かべる。
『そうね、一緒にお祝いするといいんじゃないかしら? 楽しそうで素敵よね』
「そうですよね!そこでそちらでお祝いをしたいと思うんですが」
ようやくアイシャは神妙な顔になった。その言葉の意味がつかめないというように薫は真顔でアイシャを見つめる。
『うれしいんですけど……うちは普通の家よ。それに夏にだっていらっしゃったじゃないの』
「でも剣道場とかあるじゃないですか」
食い下がるアイシャだが薫は冷めた視線でアイシャを見つめている。
『道場はその日は休みだし、たしかうちの人も研修の予定が入っていたような……』
そこで少し考え込むような演技をした後、アイシャは一気にまくし立てた。
「そんな日だからですよ。みんなでカウラの誕生日を祝っておめでたくすごそうというわけなんです」
アイシャを見ながらカウラは烏龍茶を飲み干す。
「完全に私の誕生日ということはついでなんだな」
乗っているアイシャを見つめながらカウラがぼそりとつぶやく。
『そういうこと。じゃあ協力するわね。誠もそれでいいわよね!』
笑顔を取り戻した母に誠は苦笑いを浮かべる。
「まあいいです」
誠はそう答えることしかできなかった。その光景を眺めていたエルマが不思議な表情で誠に迫ってきたのに驚いたように誠はそのまま引き下がる。
「今の女性が君の母親か?若いな」
エルマの言葉にかなめがうなづいている。ランは渋い顔をして誠を見つめているが、それはいつものことなので誠も気にすることもなかった。
「アタシもそう思ったんだよ。まるで姉貴でも通用するだろ?なにか?法術適正とかは……」
「母からは聞いていませんよ。そんなこと。それにそういう言葉はもう数万回聴きました」
夏のコミケでいやになるほどかなめに話題にされた話を思い出してそう言って誠はビールをあおる。空になったジョッキ。ランの方を見れば彼女も飲み終えたジョッキを手に誠をにらみつけている。
「じゃあ、ちょっと頼んできますね。クバルカ中佐は中生で、西園寺さんは良いとして」
「引っかかる言い方だな」
かなめはそう言いながらジンのボトルに手を伸ばす。
「じゃあ、誠ちゃん私も生中!サラとパーラの分も」
「私はサワーが良いな。できればレモンで」
エルマの言葉を聴いて誠は立ち上がった。そのまま階段を降りかけて少し躊躇する。
「まあ、神前君。注文?」
時間を察したのか春子が上がってこようとしていた。そして階下には皿を洗う音だけが響いている。
「ロナルドさん達は?」
誠の言葉に春子はそのまま一階に戻る。誠が降りてくるとすでにロナルド達の居たテーブルはきれいに片付けられていた。
「ええ、島田さんが部隊から呼び出しがかかったということで……スミスさん達はそれについていかれましたわ」
そういいながら春子は伝票を取りに走る。皿を洗っていた小夏がひょこりと顔を出す。そんな娘を見て安心した笑みを春子が浮かべた。
「神前君、クバルカ中佐、サラちゃんとパーラちゃん、それにクラウゼ少佐が生中。それにベルガー大尉が烏龍茶……でいいかしら?」
いつものことながら注文を当ててみせる春子。
「それとお客さんがサワーが良いって言う話しなんですが……」
誠の言葉に晴れやかな表情を浮かべる春子。
「それならカボスのサワーが入ったのよ。嵯峨さんがどうしてもって置いていくから司法局の局員さんだけが相手の特別メニューよ」
いつものように春子は嵯峨の話をする時は晴れやかな表情になる。それを見ながら誠は笑顔を向ける。
「じゃあ、お願いしますね」
そういうと誠は二階への階段を駆け上がった。そこには沈痛な表情のカウラがいた。
「エルマさんも来たいんだってよ。カウラちゃんの誕生日会」
アイシャの言葉にかなめは大きくうなづく。だが、明らかにカウラの表情は硬い。普段なら呆れるところだがそういう感じではなくどう振舞えば良いのか戸惑っている。そういう風に誠には見えた。
「駄目なのか?カウラ」
心配そうな表情でライトブルーの髪を掻き揚げるエルマの肩にカウラはそっと手を乗せた。
「そんなことがあるわけないだろ。私達は姉妹なんだ」
「じゃあ、お姉さん命令。二人とも特例のない限り参加すること。以上!」
アイシャは得意げに命令する。確かにカウラもエルマもアイシャから見れば妹といえると思って誠は納得した。
「おい、特例って……」
「馬鹿ねえ、かなめちゃんは。急な出動は私達の仕事にはつきものでしょ?」
そうアイシャに指摘されてかなめはふてくされる。だが、正論なので黙ってグラスのジンをなめる以外のことはできなかった。
「そうか……ありがとう」
エルマが不器用な笑いを浮かべる。その表情にサラが何かわかったような顔でうなづく。
「どうしたの、サラ」
アイシャの問いにサラはそのままアイシャのところまで這っていって耳元で何かをささやく。アイシャはすぐに納得したとでも言うようにうなづく。
「内緒話とは感心しないな」
カウラの言葉にアイシャとサラは調子を合わせるようににんまりと笑う。
「私が男性と付き合ったことがないということを話題にしているわけだ」
そんなエルマの一言にアイシャとサラは引きつった笑みを浮かべた。
「馬鹿だねえ……テメエ等の行動パターンは読まれてるんだ。こんな副長の指示で動くとはもう少し空気を読めよ」
階段をあがってきた小夏から中ジョッキを受け取ったランの言葉にカウラが大きくうなづいていた。
「私達は生まれが特殊な上に現状の社会では異物だからな。仕方のない話だ」
そう言いながらカウラがちらりと誠を見上げる。その所作につい、誠は自分の頬が赤く染まるのを感じていた。
「これで後はお母さんと話をつめて……」
アイシャが宙を見ながら指を折っているのが目に入る。
「お母さんて……こいつとくっつく気か?」
かなめの一言にアイシャは頬を両手で押さえて照れたような表情をつくる。
「私は無関係だからな」
カウラはそう言って烏龍茶を煽る。
「本当に楽しそうな部隊だな。神前曹長」
そんなエルマの一言に引きつった笑みしか浮かべられない誠が居た。
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