第440話 幼帝と少年

「おい、叔父貴じゃねえの?この餓鬼。いつの間にか小さくなっちゃって……誰かみたいに」 


 誠もカウラもしばらくはかなめの言葉の意味が分からずに呆然としていた。


「おい、あたしにも送れ!」 


 上座で一人仲間はずれにされていたランが叫ぶ。かなめはしばらく呆れたように頭を掻くと自分の端末を起動させて、すぐに画像データを検索しその画像を三人の腕の端末に転送した。


 そこにはまるで中国の古代王朝の幼帝といった雰囲気の少年が映っていた。明らかに先ほどの少年と比べるとひ弱でか細い印象があるが、同一人物と思いたくなるぐらいに似通っていた。


「これは?誰だ」 


 カウラの一言にかなめは呆れたようにため息をついた。そして彼女はそのまま自分の座っていた席の前に置かれていたグラスを手にとって口に酒を含む。


「遼南の献帝……ムジャンタ・ラスコー陛下。つまり叔父貴本人だ」 


 かなめの言葉にカウラと誠はしばらく思考が停止した状態になっていた。


 写真にひきつけられる誠達。ようやくカウラが口を開いた。


「エルマ。これは……」 


 カウラも意味がわかってまじめな顔でエルマに向かう。


「部下が撮影したものだ。私もこの少年と嵯峨特務大佐とのつながりを見つけたのは偶然でな。たまたまテレビでやっていたこの前の大戦の映像を見てピンと来ただけだったが……」 


 そんなエルマがかなめを見つめる。


「あれ?ジョージ君がどうしてこんな偉そうなかっこうしてるの?」 


 パーラをいじるのに飽きたアイシャがサラを引きずって誠の端末まで来るとそう叫んだ。その言葉で誠もこの少年のことを思い出した。寮の近くで何度か見かけた少年。その憎たらしい態度に頭にきたことは何度か有った。


「ジョージ君?知り合いか何かなのか?」 


 ランの言葉にアイシャはにんまりと笑ってうなづく。


「ええ、うちの寮の近くの子らしくて時々遊びに来るわよ」 


 そこまでアイシャが言ったところでかなめが飛び起きてアイシャの襟首を掴み上げる。そのままぎりぎりとアイシャの首をかなめは締め上げていく。アイシャはさすがに突然の攻撃に正気を取り戻してかなめの腕を掴んで暴れる。


「おい!なんでアタシを呼ばなかった!こいつは!」 


「苦しい!助けて!でもカウラちゃんも誠ちゃんも知ってるわよねえ。時々遊びに来る……って苦しい!」 


 アイシャがもがくのを見てかなめは手を放す。そして彼女の視線は自然と誠の方を向いてきた。


「え?確かに見たことがありますけど……でも……」 


「でもじゃねえんだよ!アメちゃんの外ナンバーの車に乗ってる叔父貴と同じ顔をした餓鬼。これだけで十分しょっ引いたっていい話になるんだぞ」 


 誠を怒鳴りつけるかなめの肩をランが軽く叩く。


「なんだ!姐御も怒れよ。こいつ等……」 


 ランは冷静な表情で階段の方を指差す。そこにはかなめの怒鳴り声に気づいたロナルドが死んだような目をして部屋を覗き込んできていた。


「合衆国がどうしましたか?」 


 再び死んだ青い瞳が二階の宴会場をどん底の気分に叩き込んだ。


「そのーあれだ!大使館かCIAの連中が……」 


 かなめの一言。だが、どちらもロナルドが籍を置く海軍との間には軋轢がある。


「そうですよね。あいつらはいつだって好き勝手やるんだ。他にも陸軍の連中が……」 


「ささ、スミス大尉。お話は下で」 


 島田がそう言ってロナルドの肩を叩く。何かろれつが回らない調子で叫んでいるロナルドを誠達は見送る。


「ったく……で。この餓鬼の身元。どこまで割れてんだ?」 


 すっかり場を仕切り始めたランの鋭い視線がエルマに飛んだ。


 誠は退屈したように頭を掻く。カウラもランの視線から目を背ける。


「実際近くの子供だと思ってたから……ねえ」 


 アイシャはそう言うと後ろで彼女を盾にしてランから隠れていたサラとパーラに目を向ける。


「あの……」 


「わかった。つまりオメー等は何も知らないと」 


 そう言って端末の幼帝時代の嵯峨をランはまじまじと見つめる。明らかにその異常な食いつきに気づいたのはかなめだった。


「なんだ?中佐殿は枯れ専だと思っていたのですが叔父貴が好きだとか?あれが小さかったらとか考えている……とか?」 


「何が言いてえんだ?あ?」 


 ランに凄まれてかなめはすぐに引っ込む。隊の笑い話にランが隊長の嵯峨に気があると言う冗談が囁かれているが、それが事実だったのかと思うと誠は少し引いた。


「大使館の車で動いているってことは……アタシ等は監視されていたってことか。目的はこいつだろうがな」 


 ランは視線を誠に向ける。誠はただ愛想笑いを浮かべる。


「確かに君に関するデータはどの国も欲しがっているのは事実だ。近藤事件での衆人環視下での法術展開。あれに食いつかない軍や警察関係者はいなかっただろう」 


 そう言いながらエルマは感心するように誠を見つめてくる。それが気に入らないアイシャが誠の腹にボディーブローを決める。


「隊長のクローンの製造が行われたということだとすると……アメリカ陸軍の関係者と言うことか」 


 カウラの言葉にエルマもうなづく。嵯峨は先の大戦でアメリカ軍の捕虜としてネバダ州の実験施設に送られていたことは隊では口外できない秘密の一つだった。誠達も生きたまま解剖され標本にされた嵯峨が再生して研究者を惨殺する映像を見たことがあった。


「……っておい。他にも乗っている人物がいるじゃねえか」 


 エルマに話せない事実を回想していた誠達にランが声をかけた。すぐに手元の端末の画像を拡大する。


 ランの言葉通り後部座席に後頭部が見える。そのまま拡大するとそれが長髪の女性のものであることがわかる。


「同行した研究員か何かか?」 


 かなめはエルマにたずねた。


「それは断定できないな。この状況の報告をしてきた警備の者の話ではこの少年よりも少し年上の少女だったと聞いている」 


 エルマの言葉をさえぎったランがまじまじと画面を見つめていた。


「そうとも言えねーよな。うちの明華の姐御だって16歳で遼北の人民軍技術大学出て技術畑を歩いてきたって例もあるわけだしな。思ったより天才と言うのは多くいるもんだぜ」 


 ランはそう言うと自分の中で納得したというようにもとの上座に戻ってしまう。


「つまりオメエ等は餓鬼に遊んでもらってたわけだ……同レベルで」 


 かなめのタレ目が誠達を哀れむように視線を送ってくるのがわかる。誠はただ頭を掻くだけだった。


「でも……私達には何も出来ないわよね。この子の人権がどうだとか言うのは筋違いだし、うちの周りをこの子が歩いていたってかなめちゃんみたいに無理にしょっ引くわけにも行かないんだから」 


 アイシャもそう言うと置き去りにされていた豚玉をかき混ぜ始める。


「確かにそうだが、先日の同盟厚生局と東和軍部の法術研究のが発覚した直後だ。可能性は常に考慮に入れておくべきだろう」 


 エルマの言葉にアイシャはあいまいにうなづく。カウラもようやく納得したように皿に乗せてあった烏賊玉に手を付けた。

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