第439話 偶然の産物
それぞれの鉄板の上ではお好み焼きの焼ける音が響き始めていた。
「早く!誠ちゃんの烏賊玉、出来てるわよ」
「え?アイシャさん焼いちゃったんですか?」
誠は驚いて自分の空になった材料の入ったボールを見た。その前の鉄板には自分のミックス玉を焼きながら誠の烏賊玉にソースを塗っているアイシャがいる。
「もしかして迷惑だった?」
アイシャは落ち込んだように見上げてくる。それがいつもの罠だとわかっていても誠はただ愛想笑いを浮かべるしかない。
「別にそう言うわけでは……」
誠はそう答えるしかなかった。それを聞くとアイシャの表情はすぐに緩んだ。そしてそのままこてで誠の烏賊玉を切り分け始めた。
「そう言えばクリスマスの話はどうしたんだ?」
誠に媚を売るアイシャの姿に、苛立ちながらかなめは吐き捨てるように口を開いた。彼女の方を向いたアイシャは満面の笑みで笑いかける。
「なんだよ気持ちわりいなあ」
そう言って引き気味にかなめはジンの入ったグラスを口にする。そんなかなめが面白くてたまらないというようにアイシャは指差して誠に笑いかける。
「あの、クラウゼさん。人を指差すのは……」
「誠ちゃんまでかなめちゃんの味方?所詮……私の味方は誰もいないのね!」
アイシャは大げさに肩を落としうつむく。いつものアイシャのやり方を知っているサラとパーラが複雑な表情で彼女を見つめていた。
「クリスマスねえ。クラウゼも少しは素直にパーティーがしたいって言えばいいのによー」
ランは一人、エイ鰭をあぶりながらビールを飲んでいる。
「だって普通じゃつまらないじゃないですか!」
そう言ってアイシャは立ち上がりランの前に立った。ここで場にいる人々はアイシャがすでに出来上がっていることに気づいていた。
「つ……つまらないかなあ」
さすがに目の据わったアイシャをどうこうできるわけも無くランは口ごもる。誠が周りを見ると、かなめは無視を決め込み、カウラはエルマとの話を切り出そうとタイミングを計りつつ烏賊ゲソをくわえている。
パーラとサラ。本来なら酒の席で暴走することが多いアイシャの保護者のような役割の二人だが、完全に彼女達の目を盗んで飲み続けて出来上がったアイシャにただじっと見守る以外のことは出来ないようだった。
「やっぱりクリスマスと言うと!」
そう言うとアイシャはランの前にマイクを気取って割り箸を突き出す。
「そうだなー、クリスマスツリーだな」
「ハイ!失格。今回はカウラちゃんのお誕生日会なのでツリーはありません!」
アイシャはハイテンションでまくし立てる。その姿をちらりと見た後、ランは腹を決めたように視線を落とした。
「じゃあ次は……」
獲物を探してアイシャは部屋を見渡す。偶然にもたこ焼きに手を伸ばそうとしていたパーラの視線がアイシャとぶつかってしまった。顔全体で絶望してみせるパーラに向かってアイシャは満面の笑みでインタビューに向かった。
「何よ!この酔っ払いが!」
パーラの叫びが響く。そんなパーラの反応を見るとアイシャは割り箸でその頭をむやみに突きまわす。それを苦笑いを浮かべながらエルマは眺めていた。
「楽しそうな部隊だな。ここは」
半分以上は呆れていると言う顔の彼女に合わせてカウラは無理のある笑みを浮かべる。
「あんた、何か言いたいことがあってこいつに声をかけたんじゃねえのか?」
タコの酢の物に手を伸ばしたかなめの言葉にエルマは表情を切り替える。
「ああ、そうだ。今夜は例のカネミツが司法局実働部隊に搬入されるらしいな」
「どこでその情報を?」
カウラの問いにエルマは首を振る。
「機動隊の方と言うことは警備任務があったんじゃないですか?」
誠が適当に言った言葉にうなづき、エルマはそのまま腕の端末に手を回す。
「神前曹長はなかなか鋭いな。私は新港でのカネミツの荷揚げ作業の警備担当だった」
「だけどそれだけで私に声をかけたわけじゃないんだろ?」
カウラの言葉を聞きながらエルマは端末の上に浮かぶ画面を検索している。
「何も無ければ……確かにな。貴様のことなど忘れていたかもしれない」
そう言って笑みを浮かべるエルマが端末の上に画像を表示させた。
闇の中に浮かぶ高級乗用車。見たところ東和では珍しいアメリカ製の黒塗りの電気自動車である。そこには少年が一人、窓の外に顔を出した運転手のサングラスの男の顔も見える。
「外ナンバーか……新港。監視している連中がいたところで不思議は無いな」
カウラはそう言って自分の端末にその写真をコピーした。それをわざわざ立ち上がって覗き込むかなめ。しかし、それを見たかなめの表情が急に変わった。
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