第438話 悲壮

「良く混ぜた方が良いな」 


 カウラの助言に頷くとエルマはどんぶりの中のものをかき混ぜ始めた。


 一方、誠はかき混ぜるのに夢中なカウラとエルマから見えないように春子から手招きされていた。同じように春子に呼ばれたパーラと一緒に立ち上がると階段に向かって静かに歩き始めた。


「神前君。どうにかしてくれる?」 


 春子は困ったように階下を指差す。誠の背中に心理的な理由による汗が広がる。


「来てるんですか?スミス大尉」 


 そんな誠の問いに春子は大きくうなづいた。


 誘われるままに誠は階下に下りた。そこには島田とキム、菰田に囲まれて赤い顔をして酒を飲み下しているロナルドの姿があった。その目だけ死んでいる上官の姿にすぐに誠は後悔の念に囚われていた。


「よう!」 


 島田が手を上げる。その複雑そうな笑みに弱ったように誠は軽くそれに答えながら近くの空いた椅子を運んで彼らの隣に腰掛ける。


「やっぱりノーマルがいいですよね。エンジンは下手にいじると……」 


 誠はそう言ってカラカラと笑うがさらに場の雰囲気は冷たくなった。


「それが……」 


 島田が口を開く。ロナルドはその表情を見ながら皮肉めいた笑みを浮かべた。


「なかなか調整がうまく行かなくてね。しばらく時間はかかりそうなんだ」 


 焼酎入りの炭酸を飲み終えた菰田の言葉。さらに場は落ち込んでいく。島田の頬が引きつっている。ロナルドは目の前のウィスキーのグラスを傾けている。


「でも調整とかはうちの機材で……」 


「さすがの俺も無理だわ。しばらくは搬入した新型の調整で動けなくなる」 


 島田の言葉がさらに落ち込んだ空気に止めを刺す。キムは笑ったままロナルドを見つめている。ぼんやりとした表情でロナルドは皿の上のホルモンを転がす。


「でも……」 


「ああ、お前さんにはわからんか。じゃあ上に行ってこい」 


 島田の一言。もうたまらなくなって誠は立ち上がる。


「すまないな。俺の個人的な問題だと言うのに」 


『酔っ払いアンちゃん!出て来いよ!』


 上の階でかなめの叫び声が響く。それを聞きながらロナルドは強がった笑みを浮かべる。とりあえずいじる対象として誠を呼んだだけあって少し緊張したような調子の声が響いている。


「申し訳ないですね」 


 そう言うと誠は座っていた椅子を元の位置に戻す。


「君の気にすることじゃない」 


 強がるようにロナルドが吐いた言葉になんとなく勇気をもらえた誠はそのまま彼らを置いて二階へと上がった。


「大丈夫なのかよ……」 


 かなめは弱ったように誠に囁く。カウラも大きなため息をつく。


「大丈夫には見えないだろうが。それより島田はこんなことをしていて良いのか?」  


「明華の姐御が気を使ったんだろうな。大変だな島田の奴も。たぶんこのままとんぼ返りで隊に戻ってカネミツの整備手順の申し渡しとかをやるんだろうから……つらいねえ」 


 そう言うとかなめは階下の男達を見捨てるように座敷の自分の鉄板に向かった。


「私に気を使う必要は無いぞ」 


 呼ばれたからと言うことで誠を気遣うエルマの言葉だが、さすがにカウラ達は下の階の葬式のような雰囲気に付き合うつもりは無かった。


「気にするなって。個人的なことに顔を突っ込むほど野暮じゃねえから」 


 鬱陶しい空気を纏ったロナルドの雰囲気がうつっていた誠の肩をかなめがバシバシと叩く。


「そうか?」 


 かなめの言葉にランは小さな彼女が持つと大きく見える中ジョッキでビールを飲んでいた。それを心配そうにエルマが見つめている。


「ああ、大丈夫ですよ。クバルカ中佐は二十歳過ぎていますから」 


 なだめるように言った誠をランがにらみつける。


「悪かったな。なりが餓鬼にしか見えなくて」 


 ギロリとランが誠をにらむ。確かにその落ち着いた表情を見ると彼女が小学一年生ではなく、司法執行機関の部隊長であることを思い知らされる。誠の額に脂汗がにじんだ。


「そんなこと無いですよ!」 


 ランはふてくされたように目を反らした。その様子をいかにもうれしそうにアイシャが見つめている。彼女にとって小さい身体で隊員たちを恫喝して見せる様子は萌えのポイントになっていると誠も聞いていた。このままでは間違いなくアイシャはランに抱きついて頬ずりをはじめるのが目に見えていた。


「それより、もしかしてエルマさんの誕生日も12月24日なんですか?」 


 焦って口に出した言葉に誠は後悔した。予想通りエルマは不思議な生き物でも見るような視線をまことに向けてくる。


「誕生日?」 


「どうやら起動した日のことを指すらしいぞ。まあ、エルマの起動は私よりも二週間以上遅かったな」 


 カウラの言葉で意味を理解したエルマがビールに手を伸ばす。


「そうだな。私は一月四日に起動したと記録にはある。最終ロットの中では遅い方では無いんだがな」 


 エルマの言葉を聞きながら誠は彼女の胸を見ていた。確かにカウラと同じようにつるぺったんであることが同じ生産ラインで製造された人造人間であるということを証明しているように見えた。


「あれ?誠ちゃん……」 


 誠の胸の鼓動が早くなる。声の主、アイシャがにんまりと笑い誠の目の動きを理解したとでも言うようににじり寄ってくる。


「レディーの胸をまじまじと見るなんて……本当に下品なんだから」 


「見てないです!」 


 叫んでみる誠だが、アイシャだけでなくかなめやサラまでニヤニヤと笑いながら誠に目を向けてくる。


「こいつも男だから仕方がねえだろ?」 


「そうよねえ。でもそんなに露骨に見てると嫌われるわよ。ねえ、カウラちゃん」 


「ああ……」 


 突然サラに話題を振られてカウラは動揺しながら烏龍茶を飲む。誠もその雰囲気に先ほどロナルドが纏っていた通夜の帰りのような気分が変わるのを感じていた。

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