幸福と不幸
第437話 再会
「ここかよ……また」
ランは上座で一人飲むヨーグルトを飲みながら短い足で胡坐をかいていた。あまさき屋の二階の座敷。何度と無く来ているだけにランの苦笑いも誠には理解できた。
「でも……いいの?私達までカウラちゃんのおごりなんて」
そう言いながら来客も待たずに突き出しの胡麻豆腐を出してもらってそれを肴にアイシャはビールを飲む。彼女のわき腹を突いてサラが困った顔を浮かべるが、まるで気にする様子も無くアイシャはジョッキを傾ける。
「私達にとってはベルガー大尉と同じ妹に当たるんですね。本当に楽しみです」
笑顔のパーラ。隣のエダはすでにカウラに同席するなら自腹でと言われたキムが一緒にいた。
「でも残念ですね。島田先輩は別件があるって言ってましたから」
「神前君。気にしなくても良いって!」
赤い髪を振りながらサラが元気に答える。誠も笑みを浮かべながら主賓の到着を待っていた。
「すまん、待たせたな……って、同僚達も一緒か?」
階段からコートを抱えたエルマが顔を出した。アイシャが隣の席に座れと指差すが、愛想笑いを浮かべたエルマはそのままかなめの隣のカウラと向かい合う鉄板の前に腰掛けた。
「どうも私の部隊では一人が飲みに行くと言い出すと、いつでもこんな有様なんだ。ここはうちの隊舎みたいなものだ。楽にしてくれ」
カウラの一言で緊張していたエルマの表情が緩む。エルマについてきた小夏にランが手を上げる。小夏はそのそばにたどり着くとランの注文を受付始めた。
「もう五年経つんだな……社会適合訓練所を出てから」
「ああ」
そう言ってカウラとエルマは見詰め合う。その様子をこの上なくうれしそうな表情のアイシャが見つめている。
「昔なじみの再会だ。くだらねえこと言うんじゃねえぞ」
すでに自分のキープしたジンを飲み始めているかなめがいつものように奇行に走るかもしれないアイシャに釘を刺す。誠はその隣でいつ始まるかわからないアイシャの悪ふざけに警戒しながら正座で座っていた。
「今の品の無い発言をしたのが西園寺大尉だ。あの胡州帝国四大公家の筆頭、西園寺家の次期当主だ」
カウラの言葉に眉を引きつらせながらかなめがエルマに顔を向ける。
「エルマ・ドラーゼ警部補です」
「これはご丁寧に。ワタクシは胡州、藤の内府。西園寺公爵息女、かなめと申しますの。よろしくお願いできて?」
わざとらしく上品な挨拶を繰り出すかなめの豹変振りにエルマは目がでんぐり返ったような表情を浮かべる。時々かなめのこういう気まぐれに出会ってきた誠は苦笑いを浮かべながらエルマが落ち着くのを待っていた。
「あらあら……皆さんどういたしましたの?ささ、皆さん今日はカウラ様からおごっていただけると言う仰せなのですから……どうされました騎士クバルカ様」
「キモイぞ西園寺。それと払うのはテメーだ」
時々お嬢様を気取ることもあるかなめだが、初めてその現場に立ち会ったランが複雑な表情でかなめをにらんでいる。タレ目のかなめは満面の笑みでランを見つめている。
「まあ、失礼なことを仰られますのね。おーっほっほっほ」
かなめが口に手を上げて笑い始める。カウラとアイシャの二人はこういう状況のかなめには慣れているので完全に普通に振舞っている。それを見てサラは階段の方に歩き始めた。
「小夏ちゃん!料理をお願い」
「ハーイ!」
小夏の声が聞こえるとかなめはそのまま目の前のグラスのジンを飲み干す。そうして大きくため息をつき。彼女を見つめているエルマを見つめながらにんまりと笑った。
「やってらんねえなあ」
「ならやるな」
お嬢様モードからかなめはいつもの調子に戻った。頭を掻きながら手酌でジンを飲み始める。
「それにしても本当に綺麗な髪よね。カウラちゃんもそうだけど……」
そう言ってアイシャがエルマに近づいていく。だが、危険を察知したカウラが彼女の這って来た道をふさいでしまう。
「ええ、本来は毛髪は不要として設計されていますから。起動前の培養成長期末期に毛髪の育成工程の関係で髪質が向上しているらしいんです」
エルマの説明を聞きながらさすがに彼女の髪をいじるわけにも行かず、アイシャは手前のカウラの髪を撫で始める。
「便利よね。私の頃にはそんな配慮なんて無いもの。ああ、そう言えばサラも起動調整のときに髪の毛がどうとか言ってなかった?」
アイシャににらまれて階段の手前でサラは苦笑いを浮かべる。
「たぶん気のせいよ。エダも私も製造準備はゲルパルト降伏以前だもの。アイシャとは大差ないわよ」
パーラの言葉にアイシャは納得したようにうなづく。そしてアイシャはそのままエルマの後ろに座る。
「そう言えば紹介まだよね。私……」
「順番にしろ。今回はエルマは私の部下に会いに来たんだ。次は……神前」
カウラがアイシャをさえぎって誠をにらんでくる。仕方なく誠は頭を掻きながら立ち上がる。彼を見るとエルマはうれしそうな表情で緊張している誠に目を向けてきた。
「おい、アタシはどうするんだ?」
頭を掻きながらかなめがカウラを見つめる。
「貴様はさっき済んだろ?」
カウラの言葉にかなめは拳を握り締める。誠はカウラに見つめられるままに立ち上がった。
「ああ、済みません」
「謝る必要は無いんだがな。そこの小さいのは別にして」
思わず発した言葉にかなめは切り替えしてみせる。さすがの誠も少しむっとしながら彼女を見つめた。
「神前誠曹長です。一応カウラさんの小隊の三番機を担当しています」
「ああ知っている」
一言で片付けるエルマに誠は落ち込みながら座った。仇を討つというように彼に親指を立てて見せながら立ち上がったのはアイシャだった。
「私はアイシャ・クラウゼ。一応、運用艦『高雄』の副長をやっているわ」
「ええ、存じております」
また一言。アイシャまで前のめりになるのを見てサラとパーラが彼女の前に立ちはだかってその場を押さえる。
「じゃあアタシが……」
「お待たせしました!」
ランが立ち上がろうとしたタイミングで小夏がお好み焼きを運んでくる。
「本当にいつも有難うね。すっかりごひいきにしていただいちゃって」
それに続いてきたのは紺色の留袖姿の小夏の母春子だった。手際よく小夏を補佐して料理を並べていく。
「へえ、お好み焼きですか」
「エルマさんでしたよね。東都ではこんな店いくらでもあるでしょ」
春子はそう言いながらエルマの前にえび玉を置く。エルマは首を左右に振って珍しそうにえび玉の入ったどんぶりを覗き込んだ。
「そんなこと無いですよ。と言うかどうしてもうちは機動隊と言うこともあって、外食はカロリーが高めな食事ばかりなので」
そう言うとエルマは具の入ったどんぶりに箸を入れる。その表情が和らぐのが誠には安堵できるひと時だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます