第436話 ニュースソース
「ああ、神前。この前の豊北線の脱線事故の時の現場写真はどのフォルダーに入っているんだ?」
気分を変えようとカウラが誠に言葉をかけてきた。ぼんやりと正面を見つめて脱力しているロナルドを誠はちらりと見た。
「ええ、確か……ケーキの形のアイコンを付けて……」
誠は口をつぐむ。そして自分を悲しそうな目で見ているロナルドと視線が合うのを感じた。
『馬鹿!ケーキなんて言ったら』
『大丈夫ですよ、スミスさんはアメリカの方ですから結婚とケーキが頭の中でつながるなんてことはたぶんないですから』
渡辺からのコメント。だが、明らかにカウラに目をやるロナルドの視線は死んだようなうつろな光を放っている。
『じゃあ、あの視線はなんなんだよ!』
ランの怒りのコメント。渡辺とアンは頭を掻いて上官を見つめる。
「戻りました……」
かなめが落ち込んでいるかえでをつれて部屋に戻ってくる。かえではあからさまに哀れむような視線でロナルドを見た。
『わかってないんじゃないですか!かえでさんは!』
『そんなこと私に言わないでください!』
渡辺の弁明もむなしくかえではそのまま真っ直ぐにロナルドのところに歩いていった。
「今回は……ご愁傷様です」
「馬鹿野郎!」
かえでの言葉を聞くとさすがのランも慌てて持っていたペンをかえでの後頭部に投げつけた。
急に立ち上がったロナルドの表情の死んだ顔に、思わず誠はのけぞりそうになった。かなめの頬がひくついている。カウラは目を逸らして端末の画面を凝視している。そしてこの場を収める責任のあるランは泣きそうな顔でロナルドを見つめていた。
「みんな。いいんだよ、そんなに気を使わなくても。人生いろんなことがあるものさ」
そう言ってロナルドは乾いた笑いを浮かべる。どう見ても気を使わなくて良いと言うようには見えないその顔に全員が引きつったような笑みを浮かべていた。
「すみません!」
「お邪魔します!」
そう言って現れたのは島田と小火器管理主任のキム・ジュンヒ少尉だった。キムの手には紙箱が握られている。
「スミス大尉」
「私は特務大尉だ」
こめかみを引きつらしてロナルドはキムの言葉を訂正する。それを軽い笑顔で耐え切ったキムはそのままロナルドの机に箱を置いて蓋を開いた。
「頼まれていたナインティーイレブンのロングセフティーの組みつけが終わったんで届けに来たんですけど」
そう言うとキムは箱の中からロナルドの愛銃を取り出した。ゴツイ大型拳銃ガバメントのクローン。それを見るとロナルドは口元に少しだけの笑みを浮かべて受け取った。何度かかざしてみた後、マガジンを抜いて重さを確かめるようなしぐさをしてみせる。
「バランスが変わったね」
ようやく死んだ目に光が入った。
「まあレールにライトを付けると若干前が重くなると言ってたじゃないですか。そこでスライドの前の部分の肉を取って若干バランスを後ろに持っていったんですよ。どうです?」
キムの説明を聞いてロナルドは銃を何度か握りなおした後、静かに箱に戻した。
『駄目か?やっぱり駄目か?』
かなめのコメントが誠の端末の画面に表示されたとき、キムの後ろから島田がロナルドの前に顔を出す。
「特務大尉。それと例のブツ。到着しているんですけど……」
その言葉はまるで魔法だった。キムの銃を受け取って少し落ち着いたロナルドの表情がぱっと明るく変わる。
「例のブツってオリジナルのシリンダーヘッドか?」
シリンダーヘッド。ロナルドはガソリン車の規制の少ない東和勤務になってすっかりクラシカルなガソリン車改造の趣味にはまり込んでいた。二輪車で同じガソリン車マニアの島田とは良いコンビと言え、ロナルドが配属数週間後には手に入れていた初代ランサーエボリューションのレストアをしたのも島田だった。
「オリジナルじゃあ無いんですが、無理なボアアップ改造されてたこれまでのとはかなり違いますよ。エンジンも無茶が無くなって良い感じに吹き上がりますし」
島田のこの言葉が決定打だった。ロナルドはそのまま島田の肩を叩く。
「じゃあ、行こう。クバルカ中佐!ちょっと駐車場まで行って来ますから!」
導かれるようにしてロナルドは島田についていく。彼の姿がドアに隠れたとき、全員が大きなため息をtついた。
「島田、キム。お手柄だな」
ランはそう言いながら隊長の椅子に座りなおした。軽く手を上げてキムが出て行く。
「助かったー」
かなめは大きく安堵の息をつく。カウラもようやく肩の荷が下りたというように伸びをしてみせた。
安堵の空気が室内を包む。かなめは思わずポケットからタバコを取り出している。かえではぼんやりと正面を見つめ、渡辺とアンは顔を見合わせて微笑んでいた。
「ああ、ちょっと待ってください……カウラ!」
先ほどまでの沈痛な面持ちがすっかり明るい少女のものとなったランが、カウラに向かって声をかけた。
椅子に浅く座ってノンビリとしていたカウラがそんなランに目を向ける。
「私ですか?」
「おう!東都警察の第三機動隊の隊長さんからご指名の通信だ」
そう言ってランは画面を切り替える。誠は思わず隣のカウラの画面を覗き見ていた。見覚えのあるライトブルーのショートカットの女性が映っていた。
「カウラ、先日は久しぶりだったな」
艶のある声に誠の耳に響いた。彼の目の先にかなめのタレ目が浮かんでいたのですぐに誠は下を向く。
「ああ、エルマも元気そうだな」
あまりにあっさりとした挨拶に茶々を入れようと顔を出していたかなめは毒気が抜かれたように呆然のカウラを見つめていた。
「同期で現在稼働中の連中にはなかなか出会えなくて……誰か仕切る奴が居れば会合でも持ちたいとは思うんだが」
「難しいな。それぞれ忙しいだろうし」
どうにも硬い言葉が飛び交う様に誠もさすがに首を傾げたくなっていた。人造人間でも稼働時間の長いアイシャ達と比べると確かにぎこちなさが見て取れた。特に同じ境遇だからなのだろう。カウラは誠達と接するときよりもさらに堅苦しい会話を展開していた。
「そうだ、実はこれから豊川の交通機動隊に用事があって近くまで行くんだが……例の貴様の部下達。面白そうだから紹介してくれないだろうか?」
誠とかなめがエルマの一言に顔を見合わせる。
「ああ」
「隊長命令ならば!」
かなめはがちがちとロボットがするような敬礼をしておどけてみせる。誠も笑顔でうなづいた。
「どうやら大丈夫なようだ。それともしかするとおまけがついてくるかも知れないから店は私の指定したところでいいか?」
そう言うとエルマに初めて自然な笑顔が浮かんだ。
「そうしてくれ。どうしてもそちらの地理は疎いからな、では後で」
敬礼をしたエルマの姿が消える。かなめは口を押さえて噴出すのを必死でこらえている。ランは困ったような笑みを浮かべてカウラを覗き見ている。
「カウラの知り合いか。今の時間に私用の電話……オメー等がやることじゃないな。何かあったと考えるべきだろうな」
そんなランの言葉に誠も少しばかりエルマと言う女性警察官の存在が気になり始めた。
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